第45話 木曜は温室で

 木曜の2時間目は料理が免除なので温室で毒消し草の芽に魔力をほんの少しずつ注いでいく。こんな細かい作業は初めてだ。それに多く注いでもいけない。油断すると茎にまで魔力がいってしまいニョキと伸びるのだ。20個の種を植えたので、その1本に何箇所か小さな芽がある。チマチマとした作業を終えたら、腰を伸ばす。

「これを毎日しなくてはいけないのかしら? 土曜の朝は早起きしないといけないわ。メアリーが迎えに来る前に済まさないとね。日曜も少し早めに来ないと駄目かも」

 芽にだけ魔力を注ぐのは魔力の制御の良い訓練になりそうだ。これまで大雑把な生活魔法を使っていたのを反省する。

 茎がニョキとしていた毒消し草だけど、葉っぱが出てきて、少しは薬学で使った毒消し草に近づいているように思える。

「頑張ってマキアス先生を驚かそう!」

 なんて思ったけど、あの先生は手強そうだ。それに毎朝見回りをしているなら、私のしている事ぐらい知っているよね。

『カラ〜ン、カラ〜ン』昼食の鐘だ。

 土を弄ったので生活魔法を全身に掛けた。上級食堂サロンへ行かなきゃいけないんだろうけど、やはりマーガレット王女がいないのに彼処で食べるのは気が引ける。

「学食で十分ですもの」

 音楽クラブ費の件で話した時、マーガレット王女には木曜も上級食堂サロンで食べるようにと言われたのだ。あの時にちゃんと話し合うべきだったと反省! 先週は学食で食べようとした時にバッタリとキース王子に会って連れて行かれたのだ。

「キース王子は午前中は座学だよね。なら、早く上級食堂サロンに来られるわ」

 こんな時、初等科の時間表が3年間同じなのは便利だ。実技だと着替えや教室移動に時間がかかるけど、座学なら少し時間をずらせば良いと思った。それにペイシェンスは歩くの遅いからね。温室から歩いて学食に着く頃にはキース王子達は上級食堂サロンで食事をしているだろう。

「ペイシェンス、遅いぞ!」

 えっ、何でキース王子が上級食堂サロンへの階段の下にいるの?

「何処へ行っていたのだ?」

 まさか、私を待っていたの?

「薬草学の温室へ行っていました。まさかお待ちだとは思っていませんでした。申し訳ありません」

 私の謝罪など気にもとめず、さっさと階段を上がる。

「キース王子はペイシェンス様が学食にもいらっしゃらないから心配されていたのですよ」

 ラルフに言われて驚く。何を心配する事があるのか分からない。

「木曜の2時間目は料理は免除だから、錬金術クラブに入り浸っているのかと思ったのだ」

 キース王子は錬金術クラブがそんなに嫌いなんだね。人のクラブ活動に文句を付けないで欲しいな。私はキース王子の騎士クラブに文句つけて無いじゃん。

「今は毒消し草の栽培で大変なのです。あの毒消し草は本当に気難しくて厄介ですわ」

 まるでキース王子みたいだよ! とは口にしなかったよ。でも、キース王子の眉が少し上がった。失言レーダーに引っかかったのかな?

「それより、マーガレット王女は何を食べておられるのでしょう?」

 おお、ラルフはナイスフォローだよ。

「この前はハムステーキだと言われましたわ」

 ハムを切って焼くだけだ。どうやって失敗したのか理解不能だ。今日は何だろう?

「それなら美味しそうだ」

 キース王子の気も逸れたようだ。やれやれ

「マーガレット様の苦労を考えると此処で食べるのは気が引けますわ。次回からは下で食べます」

 やっと言ったよ! これで木曜はフリーだ。となる筈だったのに、何故かキース王子は頑固に言い張る。

「私は姉上から一緒に食べるようにと言われたのだ。だから約束を違える事はできない」

 そんな頑固な事を言わないで良いんじゃ無い? 学友と3人で楽しく食べなよ!

「そうだ、ペイシェンス様は終了証書を何科目も取ったのですね。キース王子は中等科になったら2コース選択される予定なので、どの科目の終了証書を取れば良いのか迷っているのです」

 ヒューゴ、私が反論しようとしたのを止めたの? えっ、私って地雷キース扱いなんですか? マジで?

「国語、算数、魔法学は簡単だと思います。春学期の期末テストでも先生に言っておけば6年のテストが受けられます」

 1年の時、歴史と古典は飛び級していなかったから外したよ。後の実技はダンスはもう取っているし、音楽と美術も取れそうだよね。

 それからは3人が魔法実技と体育の終了証書を頑張って取ろうと話すのを聞きながら黙って食べた。うん、私がこの席にいる意味ないよね。本当にキース王子の古典が苦手なのは痛い。きっと本気になれば歴史は飛び級できそうなんだもの。そしたら、魔法実技が飛び級か終了証書貰えたら、初等科3年に学年飛び級も可能なんだよね。

 サミュエルも期末テストの古典は大丈夫だろうか? なんて考えていた時、ふと良いアイデアを思いついた。サミュエルは音感に優れている。デーン語は古典に似ている。デーン語を習えば、古典への苦手意識が無くなるんじゃないかな? 試してみよう! サミュエルは音楽が好きだから、デーン語の歌とか良いかも。

 キース王子ときたら、自分達が勝手に話すのは良いのに、私が他の事を考えているのは妙に察知するんだね。

「ペイシェンス、何を考えているのだ?」

 正直に答えるべきなのかな? キース王子も苦手な古典の話なんだけど……まぁ、良いか。

「私の従兄弟のサミュエルも古典が苦手なのです。春学期の期末テストで苦労しそうだと心配していたのですわ」

 古典と聞いただけでキース王子の眉が上がる。もう拒否反応が出るほど嫌いなんだね。

「お前の従兄弟も古典が苦手だとは聞いていたが、そんなに心配なのか?」

 家庭教師をしていたとは言えないよ。

「ええ、伯母から面倒を見て欲しいと頼まれていますから」

 ラルフもヒューゴも頷く。

「Aクラスから落ちてはいけないと思いますからね」

「親からも言われますし」

 3人も2年になり、自分達の成績が高順位だと分かったのでAクラスから落ちる事はないと安心しているが、1年の時は落ちるわけにはいかないと真剣だった。

「サミュエルは音感が良いので、デーン語を学ばした方が良いかもと思っていたのです」

 3人とも意味が分かっていない。

「デーン語は私も文官コースで取るつもりだ。兄上も外国語を習うべきだと言われているからな」

 相変わらず兄上リチャードラブのキース王子だね。

「私もマーガレット王女と一緒にデーン語を習っていますが、古典に似ているのです」

 聞いた瞬間にキース王子は拒否反応が出た。

「デーン語の授業は楽しいですよ。文法とかは似てますが、今も使われている言葉ですから」

 ほんの少し興味を持ったようだ。

「そうか滅びた帝国の言葉を勉強するより、やり甲斐がありそうだな」

 これでこの話題は終わりだと思っていたのに、何故かラルフが変な事を言い出した。

「ペイシェンス様もダンスは終了証書を貰ったのですよね。月曜の4時間目は空いているのでは無いですか?」

 意味不明だけど、逃げるが勝ちだ。

「いえ、その時間に薬草学3を取っているのです」

 これは本当だよ!

「さっき薬草学の温室にいたと言っていたが、嘘だったのか?」

 キース王子は面倒臭いね。

「授業は月曜の4時間目ですが、今は毒消し草を育てているので大変だと言ったでは無いですか。あの小さな葉っぱの芽に少しずつ魔力を注ぐのです。少しでも多く注ぐと茎がニョキと伸びて失敗になってしまうし、1本の毒消し草に何個も葉の芽はあるから、本当に大変なんです。チマチマと同じ事を何十回も……あの魔女先生! 私に生活魔法を使ってはいけないと言うなんて。これ、生活魔法でパパッとできるわ」

 あれこれ説明しているうちにハッと閃いた。マキアス先生は初めの授業で「薬草学はあんたの生活魔法ときっと相性が良いはずだよ」と言っていたのだ。

「やられたわ」と落ち込む私を3人は呆れて見ている。

「魔法使いコースの先生は変わった人が多いのだな。それにしてもペイシェンスも失敗するのか」

 キース王子は機嫌良さそうに笑う。その上、とんでもない事を言い出した。

「古典が苦手なサミュエルと一緒にペイシェンスに教えて貰おう。土日は暇なのだな、なら土曜の昼からにしよう」

 勝手に決めないでよ。土日は弟達エンジェルと過ごすんです。

「キース王子、王宮には私などより優れた家庭教師がおられるのでは?」お断りだよ! なのにラルフとヒューゴまでキース王子の尻馬に乗る。

「それは良い考えですね」

「何処で勉強しましょうか?」

 おい、私は断っているじゃん! ラルフとヒューゴは、キース王子の古典嫌いに手を焼いているようだ。私に押し付ける気満々だよ。NOと言える女になるぞ!

 私が勇気を振り絞ってキッパリ断ろうとした時、マーガレット王女が現れた。

「ああ、ペイシェンス、お腹が空いたわ。給仕を呼んでちょうだい!」

 他のテーブルにも家政コースの女学生が席につこうとしている。私が給仕を呼ぶ前にキース王子が指をパチッと鳴らすと、飛んできた。

「1番早く出来るもので良いわ」メニューも見ずに注文するなんてマーガレット王女らしくない。

「料理実習はどうなったのですか?」

 マーガレット王女は眉を顰める。

「今日は魚を焼いたのよ。でも、何故か炭になって流石に先生も食べられないと許して下さったわ。それに誰も魚を持つ事ができず大騒ぎだったから、先生もスープを作る余裕もなかったの。食堂へ行きなさいと言われたわ」

 魚はハードルが高そうだ。でも、よく聞くと切り身みたい。それに塩、胡椒を振って小麦粉を軽く叩いて、フライパンにバターを落として焼くだけだ。

 マーガレット王女は食べながらキース王子の話を聞く。

「良い事だと思うわ。私も苦手な料理や裁縫を頑張っているのですもの。キースも古典を頑張りなさい。ペイシェンス、教えてあげてね」

 NOと言える女にはなかなかなれそうに無い。

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