第25話 押しに弱い女

『やったね! これで色々な魔法灯を作れる。弟達の部屋にも作りたいな』

 錬金術3に飛び級したけど、春学期の間は錬金術2で復習しても良いとキューブリック先生の許可が出たのだ。いっぱい作るぞ! と気合を入れる。

「あっ、錬金術3は何処か空き時間に入るかな?」

 キューブリック先生は笑う。

「まぁ、入らなかったらこのままでも良いさ。ペイシェンスはいっぱい飛び級しそうだから、時間割の調整が大変そうだな」

 今は金曜の4時間目は空いているけど、月に1、2度は王宮にマーガレット王女と行くから詰めたく無い。後は料理が終了証書を貰った木曜の2時間目だ。キューブリック先生に尋ねたが、錬金術3はどちらにも無いそうだ。

「まぁ、秋学期にも履修登録をするから、その時に時間割を調整して錬金術3を取ったら良いさ」とキューブリック先生は軽く言う。中等科は単位制だから、春学期と秋学期で履修登録し直す学生もいるそうだ。

 ベンジャミンが「そんな面倒な事をしなくても錬金術クラブなら幾らでも学べるぞ」と言っている。確かにその通りだ。

 でも、音楽クラブの無い放課後はマーガレット王女の側仕えとして一緒に過ごさないといけないのだ。

 側仕えを辞めるつもりだったけど、続けるならちゃんとしたい。じゃないとキャサリン達と同じだ。良いとこ取りはしたく無い。

「錬金術クラブは無理なのです」

 ベンジャミンが真剣な顔で尋ねる。

「何故なのだ?」

「私はマーガレット王女の側仕えなのです。放課後は音楽クラブの日以外は、マーガレット王女の側にいなくてはいけませんもの」

 ベンジャミンは少し考えて笑う。

「なら、放課後以外の空いた時間に錬金術クラブに来れば良い。カエサル様はほとんど錬金術クラブで過ごしているからな」

 えっ、何だかクラブハウスに住み込んでいるようにきこえたよ。違うよね?

「少し考えてみますわ」と答えておく。だってやはり変人臭がするんだもん。

「兎に角、一度カエサル様と話してみろよ。きっと良いアイディアを出してくれるさ」

 ベンジャミンは押しが強い。私はつい「そうなのですか?」と答えてしまった。

「決まったな! 放課後が無理ならいつが空いている?」どんどん押してくる。

「木曜の昼は……」勢いに負けたよ。木曜は料理教室で昼食をマーガレット王女は食べるから、私はフリーなのだ。

「なら上級食堂サロンで」と言うので「駄目です。木曜は学食でのんびり食べる予定なのです」と言ってしまった。

「そうか、なら木曜に学食で!」

 これって約束しちゃったのかな? しまったなぁと押しの強さに負けたのを反省していたら「学食って誰でも食べて良いのか?」なんてベンジャミンが聞くんだよ。お坊ちゃまめ!


「ペイシェンスも次は薬草学だな。ついてこい」

 ベンジャミンも魔法灯を作り、キューブリック先生から合格を貰い飛び級した。

「飛び級は嬉しいが、私も錬金術3が入るかな?」

 あれ? 確かマーガレット王女がベンジャミンも必須科目は終了証書をたくさん取っていると聞いたけど?

「体育の実習が未だ合格できていない。カスバート先生は魔法使いコースの学生に厳しいのだ。不健康だと思い込んでいるのさ。それより私には古典が難問なのだ。このままでは卒業できるか不安になる。あんな滅びた科目に2コマも費やすなんて嫌だけど、仕方ない」

 私の視線で疑問が分かったみたい。

「それでも空き時間が多そうですが……」

「私は魔法使いコースの選択科目を全て取っているからな。どれを取ったら良いのか迷って、面白そうだから全て取ったが……薬学が1番難しい」

 薬草学はどうなんだろう? なんて考えながら、ベンジャミンと歩いていたが、校舎を出てしまった。寒いよ。

「おっ、すぐに温室に着くから我慢しろ」

 ベンジャミンは上着を脱いで掛けてくれた。紳士らしい態度だね。でも、寒くないのかな?

「私は大丈夫です」と断るが、笑われた。

「今年の冬は然程厳しくないと思うが、ペイシェンスは寒さに弱いのだな。私は北部出身だから、この程度は平気さ。それにすぐそこだ」

 温室に着いたから、上着を返す。

「ありがとうございました」と私がお礼を言っていると、ブライスも温室にやってきた。勿論、アンドリューも一緒だ。

「そんな奴にお礼なんか言わなくても良いぞ。錬金術クラブの廃部を免れる為に親切にしているだけだ。騙されるな!」

 ああアンドリューは面倒くさいね。下心があろうが、寒いと震えていた私に上着を貸してくれたんだよ。それにお礼を言うのはマナーでしょ。他人の事はほっといてよ。

「錬金術クラブを心配する暇があったら、魔法クラブの心配をするんだな!」

 ベンジャミンとアンドリューは顔を合わせると喧嘩だね。私は側を離れるよ。

「それにしても温室で授業なのですね」

 薬草学の1時間目を受けて無いから、驚いたよ。ブライスも罵り合っている2人から距離を取ったみたい。

「あっ、ペイシェンスは受けて無かったのか? 薬草学も薬学と同じマキアス先生なんだ。かなり手厳しいよ。1時間目は肥料を漉き込んで、畝を作ったのさ。いなくて正解かもね。少し制服も臭くなったから」

 あの魔女っぽいマキアス先生なんだ。チェックし忘れていたよ。でも、面白そうだ。それに臭くなっても生活魔法で何とかなりそうだしね。

「おや、あんた。魔法使いコースに変更したのかい? 違うのかい? まぁ、良いさ。薬草学はあんたの生活魔法ときっと相性が良いはずだよ」

 マキアス先生に魔法使いコースにまた勧誘されたが、私は取るつもりは無いよ。攻撃魔法は無理だもの。でも、薬草学が生活魔法と相性が良いと言われて嬉しいな。

「ほら、こっちに来な!」

 マキアス先生は、わざと乱暴な口調な気がする。魔女のお婆さんぽさ全開だね。

「薬草学は、薬草を育てるところから始めるよ。ほら自分の畝を決めな。とっとと決めたら、そこに名札をつけるんだ。春学期は下級薬草をちゃんと育てるのが目標だよ。言っておくが、週に1度の授業だけで育てられると考えている怠け者は不合格決定だね」

 私は端っこの畝にした。つまり真ん中から選ぶ学生から遅れたのだ。温室だから、真ん中の方が暖かそうだもんね。

「ほら、選んだら種を取りに来るんだ。これは下級薬草の種だよ。普通は冒険者ギルドの下っ端が森から採ってくるのさ。だが、下級薬草は温室があれば冬から春までは栽培できるんだ。ちゃんと管理すればね」

 へぇ、冒険者ギルドの初心者は薬草採りなんだね。ラノベ小説みたいな話だ。一度、冒険者ギルドに行ってみたいな。メアリーを何とか説得できないかな?

「ほら、皆んな見ておくんだよ」

 学生を集めて、マキアス先生は種の撒き方を説明する。

「人差し指の第一関節まで穴を開けて、そこに一粒ずつ植えていくんだ。畝の端から端まで植えるんだから、考えて間隔を開けるんだよ」

 この温室全部を使って大丈夫なのかな? 薬草学はもう1コマあった筈だ。他の学年もあるよね?

「温室は何個もあるから、そんな心配せずにちゃんと育てるんだよ」

 えっ、マキアス先生は心を読めるの? 私が不思議そうな顔をすると、ケケケと笑う。

「さっさと種を撒いて、水をやりな」

 私は種を撒き、水をジョロで掛ける。

「この中には土の魔法使いもいるだろ。その学生は、土に育成の魔法を掛けな。ああ、土の魔法が使えない学生は気長に成長するのを待つしか無いね。毎日、水を遣らないと枯れるよ。水の魔法使いは、水に魔力を込めたら早く大きくなるよ」

 私はいつも温室や畑でする様に「大きくなれ!」と唱える。種から芽が出るかな? そのくらいの魔力を込めた。

「あれっ? 成長が止まらない」

 芽がどんどんと大きくなり、二葉から本葉が出てきた。

「やはりお前さんは魔法使いコースを取るべきなのさ。下級薬草は魔力に反応が良いからね。ほら、もう少し生活魔法を掛けてみな」

 私はもう一度「大きくなれ!」と唱える。

 本葉はどんどんと伸びていった。他の学生も驚いて見ている。

「ペイシェンスは薬草学1は合格だね。薬草学2にしな。ああ、空いた時間が無いなら、この時間で良いさ。何、薬草学2は上級薬草を育てるのが春学期の課題だから、来週までに下級薬草は育つだろう。それを収穫して育てれば良いだけさ。ほら、皆んなもぼんやりペイシェンスの畝を見ている暇があるなら、自分の畝に魔法を込めてみな」

 他の学生が畝に魔法を注いでいるのを見て、マキアス先生が「薬学クラブにはいらないかい?」と勧誘してきた。

「私は音楽クラブに入っていますから、無理です」と断ったけど、儲かりそうだよね。惜しいな!

「そうかい。でもあんたなら、立派な薬師になれそうなのにね。残念だ」

 薬師、なれるかどうかわからない文官より金になりそうな匂いがする。グラッとした。お金に弱いんだよ。

「おい、ペイシェンス。薬学クラブに入るぐらいなら錬金術クラブに入ってくれよ」

 ちゃっかりと真ん中の畝を取ったベンジャミンから声が掛かり「そうだった! マーガレット王女の側仕えなので放課後は無理なのよ」と我に返る。

「チッ、あんたは押しに弱そうな女だから、薬草を育てさせるのに丁度良いと思ったんだけどね。まぁ、放課後で無くても薬草は育てられるさ。考えておきな」

 私ってそんなにチョロそうですか? ガックリきたよ。

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