第7話 気になる女……キース王子視点

 私はキース王子だ。王立学園の2年生になった。この1週間で多くの科目の飛び級するつもりだ。そしてダンスの終了証書を貰った。ラルフとヒューゴも貰えたので、この時間は自由に使える。それに、中等科に飛び級したペイシェンスも未だダンスの終了証書は貰えてない。勝ったぞ!

「空いた時間は乗馬訓練や剣術訓練をしても良いな」

「そうですね。免除はありがたいです」

 私達は機嫌よく廊下を歩いていたのだ。なのに彼奴がまた変な男に言い寄られていた。

「で、名前は?」などと尋ねられ、嬉しそうに彼奴は答えている。

「ペイシェンス・グレンジャーです。錬金術の授業を受けて、できる様なら履修届けを出すつもりです。錬金術クラブはその後に考えます」

 何者なのだ! 思い切り睨みつけてやった。その男は「分かった」と立ち去った。

 何だか腹が立って仕方ない。隙が多いから、変な男に言い寄られるのだ。

「お前はいつも変人に付き纏われているな!」

 嫌味を言ってしまった。なのに彼奴は相手にしない。

「キース王子、授業は?」

 ふふん、ダンスの苦手なお前には無理だろう。

「ダンスは終了証書を貰ったぞ!」

 終了証書を見せつけてやる。だが、彼奴も何故か手に持っている。

「ペイシェンスも貰ったのか? お前のダンスでは終了証書は貰えないだろう?」

 ペイシェンスも一応は踊れるようになっている。でも、それはリーダーが上手な場合だ。不思議に思っていると、ラルフが教えてくれた。

「あのカエサル様は変人ですが、バーンズ公爵家の嫡男ですから、きっとダンスも習得されているのでは?」

 ラルフは貴族に詳しい。いや、全てに詳しいのだ。

「えっ、あの変人が……王家の親戚は変人ばかりだ」

 公爵家と言うことは、元は王族だ。ラフォーレ公爵もかなり変わっているし、あのカエサルも親戚になるのか。それにしてもバーンズ公爵家、あれが嫡男で大丈夫なのかと心配していたが、ヒューゴに驚かされた。

「バーンズ公爵といえば、バーンズ商会を経営されているのですよね。凄い遣手だと父が褒めていましたが……あの方が嫡男なのですか。付き合えるかな?」

 バーンズ公爵は商会をしているのか。貴族が商売をするとは知らなかった。それにヒューゴが父親に近づくように言われるほど、豪勢なのだろう。胸がムカムカする。

「ヒューゴ様、錬金術クラブに入れば仲良くなれますよ」

 あの女をときたら、とんでもない事を言い出した。

 私達3人は反射的に「嫌だ!」と叫んでいた。それが普通の反応だ。ヒューゴ、そんな事はしないと信じているぞ。

「やはりお前の周りには変人が集まる。変人に好かれる匂いでもしているのでは無いか?」

 あっ、しまった。私は失言が多いのだ。いくら変人とはいえ、彼奴も令嬢の端くれだ。匂いとかはマナー違反だ。謝ろうとしたが、彼奴は「失礼いたします」とその場を後にした。慇懃無礼な態度だ。

「キース王子、アレはまずいですよ」

 ラルフに咎められた。

「わかっている。言いすぎた」

 明日、昼食で会ったら謝ろうと思っていたのだが、寝ようとしても、彼奴がカエサルと仲良く踊っている姿が目に浮かんで眠れない。

「何故、彼奴のことが気になるのか? 容姿はルイーズに劣るし、家柄も、賜った魔法も大した事無い。マーガレット姉上と一緒だから、接する機会が多いのが悪いのだ」

 さっさと謝って、あんな変な女の事は忘れようと思うのに、夏の離宮で泳ぎを教えてやった時、意外と早く泳げるようになった事や、馬を大人しくさせられるのに怖がってポニーに乗りたがる情けない姿が思い出される。


 彼奴のせいで寝不足だ。その上、古典のテストは散々だった。古典が合格なら学年を飛び級して3年になれるのに! 全て彼奴のせいだ。

 いや、古典のテストで失敗したのは私のせいだ。それにラルフは本当なら古典を飛び級できる筈だ。なのに私に付き合っている。これは間違いだと思う。思うのだが、学年が違うのは嫌だ。でも、一度話し合った方が良い。


「ペイシェンスに謝ろう」

 そう思って上級食堂(サロン)に向かった。姉上とその学友はペイシェンスを私のテーブルに追いやっている。そんな事をするぐらいなら、別の席の方が気楽なのでは無いだろうか? 

 私は自分の学友の問題と姉上の学友の問題で苛つく。姉上の学友は美人揃いだし、名門の貴族の令嬢だ。でも、あまり好きにはなれない。きっと、リチャード兄上もあの中からは妃は選ばれないだろう。わたしも御免だ。

 あっ、ルイーズも駄目だな。美人で侯爵家の令嬢だし、光の魔法を賜っている。私も最初は惹かれた。その上勉強もできるが、時々、意地悪な視線を自分より下の貴族に向ける。気づかれて無いと思っているだろうが、ラルフだけでなく、ヒューゴですら知っている。

 でも、姉上の学友よりはマシだな。彼女らのペイシェンスへの態度でも底意地の悪さがハッキリとわかる。何故、あんな連中と姉上が一緒にいるのか不思議だ。寮に入りもしない、青葉祭でも自分勝手に振る舞っていた。そんな奴らに邪険にされている彼奴に腹が立つ。お前は母上から姉上の側仕えに選ばれたのだぞ。あんな毒虫は追い払うべきなのだ。

 自分の学友への問題を姉上の学友の問題にすり変えても意味もない。それなのに、澄まして食べているペイシェンスの気を引きたい衝動が抑えられない。

 昨日の私の失言を怒って、無視しているのだ。腹が立つ。だが、先ずは謝ろう。

「ペイシェンスはカエサルの錬金術クラブに入るのか?」

 謝ろうとしたのに、わざわざ不愉快なカエサルを持ち出してしまった。失敗だ!

「まだ決めていません。錬金術の授業を取ってから考えます」

 素っ気ない返事に、頭に血が昇る。

「錬金術の授業を受けるのは本気だったのか?」

 変な女の気紛れだと思っていた。

「ええ、受けて錬金術ができるかどうか試したいと思っています」

 そんなにしてまで錬金術クラブに入りたいのか? そうだ、彼奴が自分で言っていた。カエサルと仲良くなりたいなら錬金術クラブに入れば良いと。

「もしかしてカエサル目当てなのか? バーンズ公爵家は裕福だそうだ」

 彼奴に馬鹿かと睨みつけられた。謝ろうとしたのに、何処を間違ったのだろう。

「マーガレット様、気分が優れませんので失礼致します」

 彼奴は慇懃無礼に立ち去った。

「キース、何を言ってペイシェンスを怒らせたの!」

 マーガレット姉上が怒っている。

「ペイシェンスがバーンズ公爵家の嫡男を狙っているだなんて知りませんでしたわ」

「あの方は変わっていらっしゃるから、子爵家でも狙えると考えたのでは?」

「そういえば、アルバートもラフォーレ公爵の息子ですわね。大物狙いなのね。身の程しらずだわ」

「コソコソと悪口を言っている学友を放置している姉上に叱られる覚えはありません。ペイシェンスに直接謝ります」


 私はペイシェンスを追いかけた。この寒いのに庭に向かっている。走るのが遅いから、すぐに追いついた。

「もう無理だ! マーガレット王女の側仕えは嫌だ。朝起こすのとか、音楽フェチな事ぐらいは良いよ。でも、あの取り巻き連中は大嫌い。それに意味がない授業を受けるのも嫌だ」

 寒い庭で叫んでいる。出ていけないではないか。側仕えを辞めるのは駄目だ。姉上を起こせるのはペイシェンスだけだ。

「青葉祭でも騎士クラブの男子目当てでマーガレット王女を放ったらかしにしたし、友だちぶっているくせに寮に入りもしない。それに難しい外国語は一緒に勉強しようともしない。きっと、マーガレット王女の学友になったのも、良いところに嫁に行く為に有利だとしか考えていないんだ。大嫌い!」

 叫ぶだけ叫んだら、スッとした様だ。あの連中は私も嫌いだから、聞いててスッとした。木の影から出て謝ろう。

「音楽クラブも辞めよう」

 なのにとんでもない事を言い出して、顔をバンと叩いて気合いを入れている。女がそんな事をするか? 音楽クラブは辞めては駄目だろう。ペイシェンスはあの変人アルバートに才能を認められているのだ。勿体無いじゃないか。

「あっ、お腹空いたな……下の食堂で食べたらいけないかな?」

 お腹がグウグウ鳴っている令嬢など見たことが無い。なのに私のお腹もグウウと鳴った。格好悪いな。

「誰? そこにいるのは」

 見つかったみたいだ。

「さっきは済まなかった。そして昨日の失言も許してくれ。私は自分の不甲斐無さを姉上の学友に良いようにされているお前にぶつけてしまったのだ。お前は母上に選ばれた側仕えだ。あんな毒虫連中は追い払え。文句があるなら母上に言わせれば良いのだ」

 一気に言ったが、お腹がグウウと鳴る。

「お腹空きましたね。そっちで見ているラルフ様やヒューゴ様もお腹が空いているでしょう。上級食堂サロンにお帰りなさい。キース王子、立ち聞きはマナー違反ですわよ」

 こんな寒い所に女1人で置いていけない。なのに、彼奴はのろのろ歩く。亀の方が速いぞ。

「さっさと歩け」とエスコートしようとするが断られた。嫌われているのだろうか?

「先に行って下さい」

 いや、ペイシェンスは自分が歩くのが遅いから、私に気をつかっているのだ。

「これを着ろ!」そんなに遅くしか歩けないなら、身体が冷え切ってしまうだろう。私は上着を脱いで彼奴に掛けてやる。

「えっ、駄目です」と返そうとするが、彼奴はとろい。私は走って上級食堂サロンへ帰った。

「キース王子、お寒いでしょう」ラルフが上着を譲ろうとする。

「男に上着を掛けるな。それに、これからは本気でテストを受けるんだ。私は自分の友達が優秀なのを妬んだりはしない」

 ラルフは微笑んで「食事にしましょう」と給仕を呼ぶ。この昼食の間に、ラルフとヒューゴと話し合って、前より学友として良い関係になれた。

 それにしても、ペイシェンスはやはり変な女だ。でも、意地悪では無い。気になって仕方がない女だ。

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