第6話 やり直し
怒るってエネルギーがいるね。お腹も空いたし、寒いから学食に行こうとしたら、木の影からグウウと音がする。
「誰? そこにいるのは」と聞いたけど、キース王子なのは明らかだ。あちゃあ、叫びまくっていたの聞かれちゃった?
「さっきは済まなかった。そして昨日の失言も許してくれ。私は自分の不甲斐無さを姉上の学友に良いようにされているお前にぶつけてしまったのだ。お前は母上に選ばれた側仕えだ。あんな毒虫連中は追い払え。文句があるなら母上に言わせれば良いのだ」
一気に謝ってくれたが、キース王子のお腹がグウウと鳴っている。それにキース王子の失言が切っ掛けで出てきたけど、問題の根っこはそこじゃ無い。マーガレット王女とその取り巻き達だ。
「お腹空きましたね。そっちで見ているラルフ様やヒューゴ様もお腹が空いているでしょう。
これで側仕えをクビになっても良い。もう、私は私のしたいようにするよ。先ずは学食で食べよう。
「さっさと歩け」キース王子がエスコートする気なのか待っている。
「先に行って下さい」
ペイシェンスは歩くのも遅いんだよ。走るのも遅かったから、キース王子に見つかったんだよね。恥ずかしいよ。
「これを着ろ!」と上着を脱いで、私に掛かる。
「えっ、駄目です」と返そうとするが、サッサと走り去っていた。足が速いね。追いつかないや。それに暖かい。
寒いからペイシェンスなりに早足で帰る。キース王子の上着は食堂に入る前に脱いだよ。そして、
私は王立学園に入学して初めて授業をサボった。冷静に考えてみる必要があったからだ。部屋の暖炉の前のソファーで履修要項と時間割表を見ながら、本当に自分が学びたい物を選ぶ。
「家政コース、マーガレット王女の側仕えを辞めるなら、取る必要があるのかしら?」
私はあの学友とは合わない。だからクビになっても仕方ない。なら、家政コースを選択する意味は無いのでは?
「興味のある授業だけにしようかな? 習字、カリグラフィーには興味あるんだよね。前世で格好良いと思っていたし。刺繍も内職に活かせるよ。染色と織物は絶対やりたい。音楽クラブを辞めるなら、手芸クラブに入りたいな」
突然、叫び声した。
「駄目よ。音楽クラブをやめるなんて!」
あっ、マーガレット王女が部屋に入って来た。
「今は家政コースの必須科目の裁縫の時間ですよ」
それでなくてもドレスを縫うの1コマじゃ無理そうなのに、サボったりしたら、先生に目をつけられるのでは?
「裁縫なんかどうでも良いわ。音楽クラブを辞めないで」
溜息しか出ないよ。音楽愛は良いけど、私はあの学友とは無理なんだ。理解して貰えるかな? まぁ、駄目なら側仕えをクビにして下さい。
「マーガレット様、私はご学友と上手くやっていけそうにありません。だから、音楽クラブは無理です。それと、自分の為にならない授業を受けるのも嫌です。だから、寮限定の側仕えなら続けても良いですが、それでご不満なら、辞めさせて下さい」
マーガレット王女が黙り込んだ。怒っているのだろう。クビ決定だね。父親と同じだよ。
「貴女はお母様と同じ事を言うのね。私が選んだ科目を本当にそれで良いと思っているのですかと何度も尋ねられたわ。私は寮に入らされた意味を理解していなかったのね。キャサリンやリリーナやハリエットを学友に選んだ時からお母様は間違っていると仰りたかったのだわ。幾度となく批判の目を送られたもの」
あの3人はマーガレット王女が学友に選んだのだ。驚いたよ。
「ビクトリア王妃様が選ばれたのだとばかり思っていました」
マーガレット王女は自嘲する様に笑った。
「私は彼女達の容姿や家柄、そして音楽の腕前で選んだの。それに寮に入る前は上手くいっていると思っていたの。綺麗な学友と音楽クラブで楽しかったし、時々は王宮に招いたり、屋敷に行ったりしていたのよ」
それは楽しいと思うよ。屋敷では下にも置かないもてなしだろうし。だってマーガレット王女も10歳や12歳だったんだもん。
「ご学友達と一緒におられても良いのですよ。私が無理なだけですから」
何年も一緒に過ごしたのだ。マーガレット王女が一緒にいたいと望むのも無理はない。親が嫌う相手でも友だちになる事も多いよね。それは本人の自由だと思う。
私は王妃様が選んだ側仕えだ。マーガレット王女が選んだ訳ではない。私は一歩引く。
「ペイシェンス、側仕えを辞めるつもりなの?」
それはマーガレット王女次第だ。
「寮限定の側仕えで良いのなら、続けても良いです。でも、私は自分が尊敬できない相手と一緒にいるのは無理なので、授業中は別行動させて下さい。昼食も下で食べます。本当に気楽で良いのです」
自分の学友を尊敬できないと言われてショックかな。クビだよね。まぁ、弟達との時間は増えるかもね。夏休みとか一緒に過ごせるよ。
「あの子達が貴女に意地悪していたのは感じていたの。なのに何もしなかったのは悪かったわ。だから、側仕えを辞めるなんて言わないで」
そう言う問題じゃ無いんだよね。それも大事だけど、私がもう無理なんだよ。多分、ペイシェンスなら我慢できたのかも。『嫌よ!』おっ、久しぶりにペイシェンスから強い反応が返ってきた。頭は痛くなるけど、同じ意見で嬉しいよ。そうか、犠牲精神旺盛なペイシェンスでも我慢できないんだね。じゃ、辞めても良いんじゃない。
マーガレット王女が朝起きられないなら、寮暮らしは無理なのだ。王妃様も王宮に帰らせて監視されるだろう。
「マーガレット様、辞め……」側仕えを辞めると言いかけたけど、続けられなかった。
「ペイシェンス、側仕えを辞めるなんて言わないで。朝もなるべく自分で起きるようにするわ。それに、私も育児学なんか馬鹿馬鹿しいと思っていたの。簡単に単位が取れるので社交界デビューするのに便利だと言うから選んだだけなの。私は社交界なんか興味無いのに、いつの間にか影響されていたのだわ。ああ、お母様はそれを仰りたかったのね。苦手な実技を避けるのを叱られているのだとばかり思って、反発していたの」
まぁ、王妃様は苦手な実技を避ける態度も不満だったみたいだけどね。王女様なのだから、ちやほやされるし、甘い言葉は嬉しいから、苦手な事を避けるのも理解できる。私も乗馬は避けたいからね。
「王妃様は心からマーガレット様の事を案じておられるのですね。きっと、嫁がれて苦労されるのを防ごうとされているのですわ」
「まぁ、本当にその通りだわ。お母様の言葉もペイシェンスの言葉も受け入れ難いけど、私がこれで良いのか考え直す必要があるのだと気付かせてくれるわ。キャサリンやリリーナやハリエットとは距離を置くことにするわ。彼女達は私が臣下に降嫁したら、手のひらを返すでしょうから」
私はびっくりした。
「いえ、それは流石に無いでしょう。マーガレット王女は降嫁されても王女様ですわ」
「ペイシェンスは本当に世間知らずね。キースはお父様が退位されても王弟として、リチャード兄上を支えていくでしょう。でも、王女は政略結婚してどこへ嫁ぐかわからないのよ。もしかしたら敵国に嫁ぐ羽目になるかも。そんな時に彼女達がどう接するか分かったものじゃないわ」
あっ、前にキース王子やラルフやヒューゴと話した事がある。その時はピンと来なかった。それにマーガレット王女とこんなに関係が深くなるとも思っていなかった。
「正直に言って、側仕えに選ばれた時は迷惑に感じました。でも、今はマーガレット王女にお仕えできて楽しかったと思っています」
これで側仕えも終わりだね。少し寂しいよ。色々な欠点はあるけど、マーガレット王女は意地悪じゃないからね。
「ペイシェンス、何を言っているの。貴女はお母様に選ばれた側仕えなのよ。勝手に辞めたりできないわ。私が切るのは学友よ。あの子達と一緒にいるのは楽だけど、それではいけないのよ。やっと分かったのに、側仕えまで居なくなると困るわ」
マーガレット王女の笑みが深くなる。断れないんだね。でも、踏ん張るよ。
「寮での側仕えは続けますわ。でも、昼食は下の学食で取ります。それと音楽クラブは無理です」
あっ、怖い。こんな所は王妃様そっくりだ。
「ではペイシェンス、私にキースとその学友と4人で食べろと言うの? キャサリン達を切ると言ったでしょ。音楽クラブも除名するようにアルバートに言うわ。あの子達は社交界の話ばかりだし、音楽クラブにいるのは私の学友として箔が付くからに過ぎないわ」
えっ、そんな事をしたら仕返しが怖いよ。なんとか円満退職したい。
「ペイシェンス、私を舐めないで。キャサリンやリリーナやハリエットに負けるとでも思っているの?」
いや、マーガレット王女は負けないでしょうが、私は吹っ飛んでしまいますよ。
「ふふふ、お母様はそんな事を許されませんわ。安心なさい」
親に釘を刺すんだね。
「それでペイシェンスは何を取るつもりなの?」
何となく私はマーガレット王女に負けたようだ。でも、あの学友と一緒でないなら良いとしよう。私と別の授業の時は仲良くしても、それはマーガレット王女の問題だ。
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