第79話 楽しく勉強するには

 メアリーが私の着替えを持って来てくれた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 まぁ、急にノースコート伯爵家に連れて行かれたからね。それにメアリーはリリアナ伯母様に感謝する理由も無いしさ。

「ええ、従兄弟のサミュエルに勉強を教えるだけですもの。それで、メアリーもここにいるの?」

 近いから良いんじゃないかな? って思ったけど、やはり侍女はいるみたい。

「当たり前です」と言うメアリーだけど、屋敷から色々と持って来て貰いたい物がある。まぁ、歩いてもすぐだよね。

 サミュエルの勉強嫌いは根っこが深いから、素直には机に付いてくれそうに無い。本当はヘンリー辺りを連れて来て欲しいよ。ナシウスは駄目だよ。劣等感から穴を深く掘ってしまうからね。

 夕食の為に着替えるのはノースコート家でも一緒だ。そして、サミュエルもキチンと着替えるとそこそこ見れるよ。ちょっとだけ絞れば良い感じになるね。

 10歳になったら食事は一緒なんだね。あっ、ナシウスが10歳になったらヘンリーだけで子供部屋で夕食を食べるんだ。困ったなぁ。なんて考えているうちに夕食は終わった。美味しかったよ。それにボリュームたっぷり。ノースコート伯爵はパッと見た目は優しそうな紳士だ。

「ペイシェンス、サミュエルに勉強を教えてくれるのだな。感謝するぞ」

 一応、言葉では感謝してくれたけど、親戚の女の子が1人増えたことに関心は無さそう。嫡男のサミュエルの事にもあまり興味が無さそうだ。金持ちの貴族って冷たい感じがするな。ここに比べたらモンテラシード伯爵家の方が関係が密なのかな。サリエス卿なんかアマリア伯母様に言われて、わざわざ剣術指南に来てくれたし。

 うん、サミュエルの食事マナーに問題は無い。つまり、覚える気になれば、覚えられるのだ。音楽とか一度で聞き覚えるのだから、能力的には優れているとも言える。リリアナ伯母様もグレンジャー家の出身なのだから頭は良い筈だもん。

 拗らせ男子の改善計画。何だか萌えるテーマだけど、上手く行くかな?


 次の日、私はリリアナ伯母様に絵の具や木片を用意して貰った。

「何をするのか分かりませんが、どうにかサミュエルがAクラスから落ちないようにして下さい」

 流石、お金持ちは違うね。たっぷりの絵の具が用意されたよ。

「サミュエル、午前中は絵を描きましょう」

 勉強をさせられると構えていたサミュエルはホッとしたみたい。

「何を描くのだ?」

 小さな木片を見て訝しんでいる。本来なら習得できている筈なのに、サミュエルは綴りもあやふやだ。なので、カルタを作るよ。

「この表にある物の絵を描いていくのよ」

 私はサッサと描き始める。アルファベット全ての絵を描くの大変だもんね。

「サミュエルは分かりやすいのを描けば良いわ」

 サミュエルはカルタの意味が分かったようだ。

「こんなの子どもがする遊びじゃないか」

 それが出来てないから、するんじゃない。でも、そんな事を言ったらプライドが傷つくね。

「ほら、こうして遊ぶのよ。長い単語は得点が大きいわ」

 絵の左上にアルファベットを一文字書いてある。そのアルファベットで単語を作る。

「競争だな!」男の子って競争が好きだね。

「サミュエルが勝ったら、新しい曲をプレゼントするわ」

 あっ、サミュエルが笑う。嫌な予感しかしないよ。

「なら、ペイシェンスが負けたら乗馬訓練に付き合って貰うぞ。やはり乗馬はできた方が良いと思うからな」

 絶対に負けられないね! 私が本気なので、サミュエルも本気になる。勝ったぞ!


 昼からは、サミュエルが剣術訓練や乗馬をしている間に、沢山のカードを作る。これは歴史カードだよ。表には簡単な絵で歴史的事件を描いて、裏には事件と年代。

「数学は分数でつまずいているみたいね。知育玩具が欲しいわ」

 前世の知育玩具ってよく考えられていたよね。姉の子どもに買ったのを思い出す。

「確か丸い版になってて、半分とか4分の1とかに分けられるのよ」

 糸鋸は無くても生活魔法はある。木版に大きな丸を描いて、切りとる。それを何枚か作って、半分、4分の1とかに切って絵の具を塗る。これも競争(ゲーム)できるよ。箱に入れて、1枚ずつ取っていって丸を早く完成させた方が勝ちだ。


 お茶の時間もノースコート家にはある。羨ましいよ。でも、お菓子は砂糖ザリザリなんだね。サミュエル、そんなの食べたら太るよ。リリアナ伯母様は口にしないね。そりゃ、あれを食べたらスタイルキープできないものね。

「ペイシェンス、次は何をするのだ?」

 ほんの少しだけ、勉強に抵抗が無くなったようだ。

「新しいゲームですよ。今度も私が勝つでしょう」

「ふん、乗馬がそんなに苦手なのか。それでマーガレット王女様の側仕えができるのか?」

 したくてしているわけじゃないけど、痛い所を突くね。

「まぁ、ペイシェンス。乗馬ができないのですか?」

 おっと、リリアナ伯母様の笑みが深くなるよ。

「それはいけませんわ。ウィリアムは自分が嫌いだからと剣術や乗馬を息子に教えていなかったとアマリアお姉様から聞きました。本当に困った事だわ。ペイシェンスもサミュエルと一緒に乗馬訓練をしなさい」

 家では週2回だったのに、ここでは毎日なのか。踏んだり蹴ったりだ。

 でも、この乗馬訓練でサミュエルとの距離はより近くなった。誰でも自分より勉強ができる相手って劣等感を刺激されちゃうよね。私の不様な乗馬で溜飲が下がったようだ。

「ペイシェンス、もっと背筋を伸ばせ!」

 何でキース王子といい、偉そうに乗馬訓練に口を出すのかな。やられたら、やり返すぞ。

 サミュエルの綴り方はかなり進歩した。国語はこれで大丈夫だろう。数学もゲームで分数が理解できたみたい。1年のはこのくらいで良いよね。歴史はまだまだだね。魔法学はペラい教科書を丸暗記させたよ。クイズとアンサー形式で覚えさせたんだ。サミュエルは負けず嫌いだからね。これは飛び級できそう。問題は古典だよ。

「こんなの勉強する意味が分からない」

「まぁ、キース王子様と同じ意見ですね。でも、キース王子様は数学、国語、魔法学、音楽、ダンスが飛び級だったから、古典が苦手でも大丈夫でした。サミュエルは、国語、魔法学、音楽、美術、ダンスは良いですが、数学と歴史はまだ不安です。古典を頑張らないと危ないですよ」

 キツいかなと思ったが、正直な意見だ。

「そっか、キース王子様も苦手なのに古典を勉強されているのだな。なら、私も頑張らなければいけない」

 歴史のカードを増やしたし、1年ならこれで十分だ。数学は意外と計算は早い。ゲームの時なんか、文字数の合計とか私より早い時もある。何故、これで勉強嫌いだったのだろう。

「サミュエルは今まで何故勉強をしなかったのかしら? すれば出来るのに」

 褒められて照れるサミュエルだが、深刻な話になった。

「私は亡くなったジュリアス兄上の代わりなのだ。とても優秀だったジュリアス兄上は9歳になられた時に事故で亡くなられた。そしてノースコート伯爵家は跡取りを無くしたのだ。それから私が生まれた。姉上達とは10歳以上も離れている。つまり、私はジュリアス兄上が生きておられたら生まれなかったのだ」

 何をしても優秀だったジュリアスと比べられる。その上、姉達とは年が離れている。異世界では10歳の壁が大きい。常に1人で子守や家庭教師と育ったのだ。可哀想過ぎるよ。

「サミュエルはサミュエルよ。それに家のナシウスも来年は学園に入学します。きっと飛び級しますから、そのうち同級生になりますわ」

 サミュエルは微妙な顔をして笑った。

「それは勘弁して欲しいが、ナシウスとは友だちになっても良い。それと下の弟のヘンリーともだ。従兄弟なのだからな」

 何とかサミュエルが王立学園で落ちこぼれそうになくなったので、やっと屋敷に帰れる。

「ペイシェンス、とてもお世話になったわ。グレンジャー家の窮乏は知っていましたが、私は他家に嫁いだ身です。経済的援助はできませんでした。でも、今回の件は別です。サミュエルはノースコート伯爵家の嫡男なのですから」

 はっきりと口にしなかったが、父親への手紙には謝礼の小切手が入っていたみたい。初バイトだね。

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