第78話 リリアナ伯母様の頼み事
災いは忘れた頃にやってくる。天災では無いけど、リリアナ伯母様の頼み事は厄介だった。
午前中は弟達と勉強。そして午後からは火曜、木曜は乗馬訓練。何故か私も外されないまんまだ。時々、サリエス卿が剣術指導に来る。その時は美味しい軽食を用意しておくよ。サリエス卿との会話は楽しい。私もペイシェンスも知らない騎士団の話が聞けるからね。ユージーヌ卿は近衛騎士団なんだってさ。格好良いよね。オスカル様みたいだもん。なんて事を夢想する場合じゃなくなった。
父親も暗い顔で「明日ノースコート伯爵夫人が訪問される」と伝えた。アマリア伯母様より苦手そうだよ。来られる前から暗くなるね。
リリアナ・ノースコート伯爵夫人は3人の伯母様のうち一番美人だった。まぁ、年齢も若いしね。でもそれだけではない。場を支配する能力にも長けている様だ。アマリア伯母様やシャーロット伯母様みたいに人を探るような視線は送らない。微笑みと共に挨拶をする。こうゆう相手の方が怖いんだよ。
「まぁ、ペイシェンス。大きくなりましたわね。私は貴女が産まれた時に会っていますのよ」
笑顔って怖いよ。でも、赤ちゃんの時以来会ってない気がする。
「アマリアお姉様からしっかりしていると聞き、恥ずかしながらお願いに参りましたのよ」
これが厄介事なんだね。何だろ。
「私の愚息の勉強を見てやって欲しいのです。あの子はノースコート伯爵家の嫡男なのに末っ子のせいで甘やかしてしまったの。このままでは王立学園で恥をかいてしまいますわ」
家庭教師なの? バイト代くれるなら良いけど……条件を聞こう。
「あの、御子息の名前と年齢は? それと私は剣術や馬術は無理ですわ」
にっこり笑うリリアナ伯母様はとても若く見える。書斎に篭ってばかりの父親より数歳若く見えるよ。あれっ、リリアナ伯母様、父親と話してないね。無視ですか?
「10歳でサミュエル・ノースコートと言うのです。今年、王立学園に入学するのですが、このままでは来年はBクラスに落ちてしまいますわ」
あっ、能力別クラス編成はもしかして父親の発案だったのかも。リリアナ伯母様、それを怒っているんだね。だから、父親とは口をきかないんだ。
「でも、ノースコート伯爵家なら家庭教師も雇えると思いますが……」
おっ、リリアナ伯母様の笑みが深くなった。そりゃ、家庭教師ぐらいいくらでも雇えるよね。それで駄目だったんだ。従兄弟のサミュエルの家庭教師か。やれやれ
「リリアナ姉上、それはペイシェンスには肩の荷が重いのでは無いだろうか?」
父親の言葉にリリアナ伯母様の笑みが深くなり過ぎて、般若に見えるよ。
「我が家の恥を晒せと仰るの!」
わっ、凄い迫力。この迫力でも勉強させられないなら無理じゃないかな。
「伯母様、できるかどうかはわかりませんが、お引き受けしますわ。上級貴族の学生はBクラスに落ちるのを皆様恐れていますもの」
良かった。普通の微笑みに戻ったよ。なんて甘かった。異世界のケーキ並に甘かったよ。
「良かったわ。では、ペイシェンス早速屋敷にいらっしゃいな」
ええええ! 私の弟達との冬休みは? 父親に救いを求めるが、無理みたい。首を横に振っているよ。それどころか実家で遠慮がないリリアナ伯母様はテーブルの上の銀の鈴を振ってワイヤットを呼ぶ。
「ペイシェンスはこれからノースコート伯爵家に滞在します。後から侍女に荷物を持って来させなさい」
あれっ、弟達との別れは? 玄関前であっさり済ませたよ。泣きたい。
これって拉致監禁では? 従兄弟のサミュエルって、そんなに出来が悪いの。リリアナ伯母様、切羽詰まってるよね。
立派なノースコート伯爵家の馬車だけど、乗ったと思ったら着いたよ。あっ、豪華な屋敷だね。こんなに近いのに、援助してくれなかったんだ。恨んじゃいそう。
「さぁ、ペイシェンス。サミュエルを紹介しましょう」
そんな私の気持ちなんか無視ですね。仕方ないから伯母様の後ろから子供部屋に向かう。
この屋敷も玄関に入った時から暖かかった。でも、子供部屋は暑いくらい暖炉に火が燃えていた。勿体無いよ。異世界には地球温暖化とか無いのかもしれないけど、不必要に暖めるのは無駄だよ。
「サミュエル、貴方の従姉妹のペイシェンス・グレンジャーよ。一緒に勉強しなさい」
あっ、甘やかされっ子見つけた。サミュエルはくるくる金髪に灰青の目、そしてぽっちゃりさんだ。私はショタコンだし、ぽっちゃり体型もきらいじゃないよ。でも、母親が話しかけているのに無視してお菓子を食べ続けているのは駄目だよ。
「サミュエル様、ご機嫌よう。ペイシェンスです」
横に座って話しかける。やっと食べるのを止めたよ。
「新しい家庭教師なのか?」
うんざりした口調だね。きっと厳しくされて勉強に拒否反応が出ているんだろう。
「まさか、従姉妹だから遊びに来たのですよ。家には弟が2人もいるから勉強を見たりしていますけどね」
あっ、同じ年頃の男の子には興味を持ったみたい。
「何歳なのだ?」偉そうな口調だけど、今は我慢しよう。
「ナシウスは9歳、ヘンリーは7歳です」
「なんだ、年下じゃないか」
口に出しては言えないけど、ナシウスは貴方の百倍賢いよ。3歳も年下のヘンリーにも負けてるから、私が呼ばれたんじゃないの? まぁ、それは無いかな。
「サミュエル様は年が明けたら王立学園へ入学されるのですものね」
あっ、その話は嫌なんだね。ソッポを向いたよ。やだ、可愛いじゃない。拗ねているぽちゃ少年もなかなかイケる。私ってショタの守備範囲広いなぁ。
「ペイシェンス、貴女にサミュエルをお任せするわ」
あっ、丸投げで子供部屋を出て行ったよ。まぁ、良いよ。リリアナ伯母様には思う所あるけど、私は少年には優しいからね。もう少しサミュエルが勉強できるようになったら、ナシウスと友だちになって貰いたいな。ショタ増量作戦だ。
この時の私は、王立学園の初等科1年ぐらいは簡単だから楽勝だと考えていたんだよ。残念!
「サミュエルは何を勉強しているの? 教えてよ」
子供部屋には立派な勉強机と椅子、そして家庭教師の椅子もある。
「ここにある本を覚えろと言われているのだ」
パラパラとめくる。うん、簡単だね。って事は、サミュエルはかなり拙い状態なんだ。本当にヘンリー以下だよ。
サミュエルは本を見るのも嫌そうだ。そりゃ、この状態は拙いからノースコート伯爵家も色々な家庭教師を雇った筈だ。それで余計に勉強嫌いを拗らせちゃったんだね。
「サミュエルは何をするのが得意なの?」
嫌いな勉強をさせるのは後にしよう。好きな事をさせてみよう。
「私は乗馬が好きだ」
うん、私と趣味が合わないね。次、行こう。
「他には?」あれっ、サミュエルが笑顔になったよ。その笑顔、リリアナ伯母様に似ているね。
「お前、乗馬が苦手だろう」
見抜かれた。フン、私を舐めるなよ。
「私は令嬢ですもの。乗馬が苦手でも問題ありませんわ。それより、サミュエルの得意な物はありませんの?」
サミュエルは嬉しそうに笑う。
「乗馬は令嬢でも必要だぞ。狩りに招待されたらどうするのだ?」
「家には馬はいません。だから狩りにも招待されませんわ」
馬がいないと聞いて驚いている。
「何故、馬がいないのだ? 馬がいないと馬車はどうするのだ?」
「馬は飼葉を食べるから飼いません。馬車を使う時は馬をレンタルするのです」
貧乏貴族の生活なんて知らないんだろうね。驚いている。
「へぇ、お前の家は貧乏なのか?」
本当の事だけど、失礼だよ。
「サミュエル、グレンジャー家は誇り高く清貧を貫いているのです。だから、不必要な暖房は有り得ません」
暖炉から燃えていない薪を退けたよ。
「お前、面白いな。家庭教師は何も言わなかったぞ。私も暑いと思っていたのだ」
サミュエルは勉強嫌いだけど、馬鹿では無さそうだ。まぁ、あのリリアナ伯母様の子だから馬鹿じゃ無いよね。
「で、乗馬以外の得意な事は無いのですか?」
「私は音楽が好きだ。でも、父上も母上も勉強しろとばかり言われるのだ」
まぁ、小学校低学年ぐらいしか進んでいないなら、上級貴族の親は焦るよね。でも、大丈夫だと思うよ。馬鹿じゃ無いなら、勉強のコツを覚えれば良いだけだもの。
子供部屋には楽器も揃っている。ハノンにリュートにフルー。今日は音楽を一緒に演奏しよう。
「私の作った新曲を弾きますね」
サミュエルは真面目に聞いていた。そして、それをリュートで弾いてみせる。
「まぁ、サミュエルは素晴らしい才能に恵まれているのね」
貴方はモーツァルトか。聞いたらすぐに弾けるんだね。心から褒めたのが分かったみたい。
「お前の新曲は素晴らしい。もっと聞かせて欲しい」
かなり距離が近づいたね。
「お前ではありません。ペイシェンスですわ」
「ペイシェンス、他の曲を弾いてくれ」
年上なのに呼び捨てですが、まぁ、良いでしょう。何曲か弾いてあげる。
「ペイシェンスは才能があるな。もしかして音楽クラブに入っているのか?」
もしかしてサミュエルは音楽クラブに入りたいのかも。
「ええ、マーガレット王女様の側仕えですから、クラブも一緒ですわ」
「良いなぁ。私も音楽クラブに入りたいのだが、母上に聞いても難しいと言われたのだ」
音楽クラブは推薦制みたいだからね。でも、サミュエルならアルバート部長も認めてくれるよ。彼は純粋な音楽馬鹿だからね。
「ねぇ、サミュエル、音楽クラブに推薦してあげると言ったら、一緒に勉強する?」
勉強と聞いただけで拒否反応を示す。どんだけ厳しくされたのかな? これは難しそう。このままじゃ、弟達との楽しい冬休みが無くなっちゃうよぉ。何とかしなきゃ!
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