第77話 親戚とは……

 アマリア伯母様から話が通ったのか、サティスフォード子爵家のラシーヌ様から手紙が届いた。火曜と木曜の午後にアンジェラの馬術教師を遣すと書いてあったみたい。父親はそれだけを伝えたけど、私にも手紙が届いた。その中にはサティスフォード家にお茶に来て欲しいと書いてあった。

「お父様、どういたしましょう」

 私は手紙を父親に見せて判断を仰ぐ。

「うむ、馬術教師を派遣して下さるのだ。一度、挨拶に行った方が良いだろう」

 また弟達との時間が潰れるけど、これは馬術訓練の為だ。私はいつでも行けるので、こんな場合は相手に合わす事にする。

「メアリー、この手紙をサティスフォード子爵家に届けて」

 屋敷の場所が分かるかな? なんて心配しなくても良いみたい。すぐにメアリーは手紙を届け、そして返事を貰って帰ってきた。

「明後日、サティスフォード子爵家のお茶に招かれたわ。何か手土産が必要ね」

 クッキーはバターと砂糖が無いと焼けない。ここは薔薇で良いかな?

「薔薇で良いかしら?」

 お金持ちだと言うサティスフォード家だから薔薇ぐらいあるだろうけど、手土産だから何でも良いでしょう。

「薔薇とお嬢様が作られた新曲の楽譜は如何でしょう。お屋敷を訪ねた時、ハノンの音が響いていましたから」

 アンジェラは音楽を集中的に習わされていたからね。マーガレット王女の音楽好きの影響だ。でも、同級生のジェーン王女は活発で乗馬好きだ。アンジェラが音楽好きで乗馬が苦手だったら気の毒だな。従姪のアンジェラの様子を見て音楽クラブに誘っても良いかラシーヌ様に聞いておこう。

 などと考えていたが、それは自分が馬が苦手だからだ。ゆっくりとなら歩かせるよ。というか、馬が勝手に歩くだけだ。

 サティスフォード家を訪問する午後、薔薇を花束にし、私の新曲の簡単なのと音楽クラブで披露した曲を数曲分、綺麗に書いて手土産にする。馬をレンタルして馬車で行く程の距離ではなかった。すぐ近所だよ。でも、屋敷の大きさは勝ったね。なんて考えていたけど、屋敷の中は全然違ったよ。玄関を入った所から暖かいんだ。

 従姉妹のラシーヌ子爵夫人は、アマリア伯母様にそっくりだ。つまりグレンジャー家の容姿って事だね。裕福な生活って性格も穏やかにするのかな? おっとりしているよ。

「従姉妹のペイシェンスと初めて会いますわね。本来なら子どもは同席させませんが、アンジェラは同じ年頃ですから宜しいかしら?」

 私は勿論良いよ。従姉妹といってもラシーヌは十数歳は年上だもん。

「ええ、来年は王立学園で一緒に勉強するのですもの」

 アンジェラは金髪に灰色の目の可愛い令嬢だった。ラシーヌと同じくおっとり系だ。

「従姉妹叔母のペイシェンス・グレンジャーですよ。マーガレット王女様の側仕えをしておられるの」

 アンジェラはお淑やかに挨拶する。

「アンジェラ・サティスフォードです。ペイシェンス様、よろしくお願いします」

 ジェーン王女に振り回されそうだ。

「アンジェラ様、この曲は私が作りましたの。学園で音楽クラブに入っているのですよ」

 アンジェラは嬉しそうに新譜を受け取る。この子はジェーン王女と合わないかもなんて、心配しちゃうよ。でも、私は貴族の本気を知らなかったのだ。

「ペイシェンスは寮に入ったと母から聞きました。不自由はありませんか?」

 えっ、こんなおっとりした令嬢を寮に入れるの?

「私はグレンジャー家で自分のことは自分でするように躾られましたから、寮で不自由は感じません。それに生活魔法が使えますから」

 どうやってもアンジェラをジェーン王女の側仕えにする気なのだ。

「マーガレット王女様はご不自由では無いのかしら?」

 ご不自由どころか、王妃様の監視の目から逃れられてホッとされているとは言えないんだよね。

「特別室は下女が掃除をすると仰っていましたわ」

 アンジェラが掃除出来るとは思えないもんね。

「まぁ、特別室があるのね。ではペイシェンスも特別室に入っているの?」

 お金持ちは嫌いだよ。そんな金あるわけ無いじゃん。

「いえ、グレンジャー家は質実剛健な家風ですから普通の部屋です。でも、リチャード王子やキース王子の学友は皆様特別室に家具なども持ち込んでおられましたわ」

 あの馬車渋滞はどうにかして欲しいけどね。

「なら、子爵家で特別室でも大丈夫なのね」

 多分ね。上級食堂サロンはラシーヌも使っていただろうから説明不要だ。

「アンジェラ、これからは乗馬を頑張りましょうね」

 おっとり系だと思ったラシーヌだけど、やはりアマリア伯母様の娘だよ。

「ペイシェンス、今度はサティスフォード子爵がいる時にいらしてね」

 今は領地経営で忙しいらしい。港街って暇な時があるのかな? なんて事を考えながら無事に訪問完了。


 火曜と木曜の馬術教師がポニーと馬を連れて屋敷に来た。何故か私まで乗馬訓練しなくてはいけなくなった。何故だ!

「お嬢様、もっと背筋を伸ばして下さい」

 その上、馬術教師はスパルタだ。こんな厳しい馬術教師を選ぶなんて、ラシーヌはアンジェラを本気で乗馬クラブに入れる気だ。

 ナシウスもポニーは乗れるようになったし、ヘンリーは馬に挑戦した。私より上手に乗っているよ。身体強化って凄いね。

「これなら次回からはポニーは必要無さそうですね」

 ナシウス、大丈夫? でも、本人もやる気満々だ。やはり男の子だね。私は一生ポニーで良いよ。中世の物語ではロバとかに聖職者やレディは乗ってたと思うけど、ロバはいないのかな?

 やっと馬術訓練から解放されたと思ったら、サリエス・モンテラシードから手紙が届いていた。

「明日、非番だから午後から剣術指導に来るそうだ」

 これは見学だけで良さそう。アマリア伯母様が勝手に引き受けただけなので、サリエス卿が来てくれるか不安だった。まぁ、続くかどうかは分からないけどね。

 従兄弟のサリエス卿は気持ちの良い青年だった。現役の騎士らしいキビキビとした態度と大らかな声。好青年ってサリエス卿の事だね。私の好みからすると成長しすぎだけど、殆どの令嬢からは好意を持たれるよ。(私はショタだからね)

 簡単に父親との挨拶を終えて、早速、剣術指導だ。私は弟達が怪我とかしないか心配なので見学だよ。父親は書斎に篭ってる。暖炉に火が入ってお篭り率がより高くなったね。少し運動させたいな。

「ナシウス、剣の持ち方からだ。そう、こう持つのだ」

 サリエス卿は見た目より懇切丁寧な指導だ。

「ペイシェンス、私は騎士団で入団する見習い達にも指導しているから慣れているのさ」

 あら、顔に出ていたみたい。そっか、指導慣れているんだな。なら、安心だ。

「ヘンリーは身体強化だな。なら、よく見てなさい」

 おっ、木剣とは思えない風切り音がしたよ。ヘンリーの目が真剣だ。

「さぁ、やってみろ」

 ジョージに教えて貰っていた時と全く違う。シュッと小さな風切り音がする。

「そう、その調子で素振りをしなさい」

 後はナシウスへの指導だ。持ち方から始まり、振り上げ方、振り下ろし方、足の運び。

「初回でここまで出来れば上出来だ。ナシウスは風の魔法だな。剣に風を纏わせれば強化できる。だが、まずは素振りを練習しなさい。今度、来た時に見てあげよう」

 今度も来てくれるんだね。有り難いよ。やはり現役の騎士は下男のジョージとは違うもの。

「ありがとうございます」2人がお礼を言うのをサリエス卿は笑っていなす。

「サリエス卿、ありがとうございます。お礼とも言えませんが、お茶だけでも」

 折角の非番なのに剣術指南させてしまったのだ。お茶ぐらい出さなきゃね。甘い物は無いけど、サンドイッチとか出して貰おう。

「いや、グレンジャー子爵家には騎士団も恩を感じているからな。このくらい良いのさ」

 騎士団が恩を感じている? 訳がわからないよ。

「おや、ペイシェンスは幼くて知らなかったのか。カッパフィールド侯爵などの貴族至上主義者達が、王立学園には上級貴族だけが入学すべきだと進言したのだ。それにグレンジャー子爵が反対して、職を掛けて下級貴族や騎士階級や平民の入学を護ったのさ。第一騎士団にも数人は騎士階級の出身がいるし、第六騎士団あたりは殆どが騎士階級だからな。皆、感謝しているのだ」

 えっ、父親の主張の方が正しくない? アルフレッド王様もご自分の子供を寮に入れるぐらいだから、貴族至上主義じゃ無いよね。でも、きっとカッパフィールド侯爵に賛同する貴族も多かったんだね。だから、父親が職を掛けて護ったんだ。立派だけど……母親とペイシェンスの犠牲は大きいよ。

「そうでしたのね。知りませんでした」

 ショックを受けた私を気遣ってかサリエス卿はさっさとお茶を飲むと帰っていった。

 私は父親の免職の理由を知ったけど、どうしようもない事だった。何か冤罪とかなら調査して晴らすとかもあるけど、覚悟の免職だもん。夏の離宮でのアルフレッド王様の話し方だと、何とかしたい雰囲気はあったけど、待つしか無いね。

 そんな事で、厄介な頼み事をするリリアナ・ノースコート伯爵夫人は忘れていたよ。

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