第61話 夏の離宮 裁縫教室
次の日、普段は子供部屋で子守や家庭教師に世話されているジェーン王女がサロンに連れて来られた。あの活発なジェーン王女がとてもお淑やかにしている。ジェーン王女にはビクトリア様は母親である前に王妃様なんだね。
「ジェーン、今日はマーガレットと一緒にペイシェンスから裁縫を習いなさい。学園では家政の時間があるのです。そして、その作品は展示されるのですよ」
マーガレット王女とジェーン王女は「はい、お母様」と素直に返事をするが、私が教えるんですか。できるかな?
針なんか持った事が無いだろうジェーン王女に糸の通し方から教える。
「糸の先を尖らせて、針の穴に集中すればスッと通りますよ」
初心者には難しいよね。前世の糸通し機、作ったら売れるかな? 細い細いはり金作れるかな?
「無理だわ。針の穴が小さ過ぎるのよ」
初心者には小さいかな? 刺繍針でしよう。
「では、こちらの針に刺繍糸を通して下さい」
刺繍糸は何本かを通さなくてはいけないが、なんとか通せた。
「できたわ!」おお、第一歩は合格ですね。
「とても上手ですね。では、その糸の端に止め玉を作りましょう。そうしないと、せっかく縫ってもほどけてしまいますからね」
私も刺繍糸を針に通して、止め玉を作って見せる。ジェーン王女は身体強化魔法だね。私のしていることを無意識に身体強化を使って真似をする。
「ほら、出来たわ」
「お上手ですわ。では、布を持って針で1目縫ってみましょう」
前世の『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』の心境でジェーン王女に裁縫を教える。
「真っ直ぐに縫えましたね。細い糸で、このくらい縫えたら1年生の課題は合格ですよ」
春学期の家政の課題はこんな程度だったからね。ジェーン王女は身体強化でどうにかするだろう。
「まぁ、ペイシェンスは教えるの上手ね。マーガレットにも教えなさい」
マーガレット王女は、手先は不器用ではない。だってハノンのアルバート先輩の超越技巧曲だって易々と弾いているのだ。要するに興味も無ければやる気も無いのだ。
馬に人参作戦だ! 昨日、馬に乗ったから思いついた訳じゃないよ。
「マーガレット様、縫い方の練習ばかりでは飽きてしまわれるでしょう。髪飾りを作りませんか?」
王妃様の許可を貰って女官に綺麗な色の絹やレースを持ってきて貰う。
「どの色が良いかしら?」
嫌々、縫い物の練習をしていたマーガレット王女も色とりどりの布を楽しそうに選ぶ。
「お母様、私も髪飾りを作りたいわ」
ジェーン王女も一緒に作ることになった。
「リボンを作るのは簡単ですよ。こう裏を表にして重ねて、ぐるりと縫うだけです。あっ、真ん中は縫わずに開けておいて下さいね。ひっくり返す時に使いますから」
私は説明しながら、素早く縫う。そしてひっくり返して、そこを縫い縮めればリボンが出来上った。
「あら、簡単に作れるのね」
やっとマーガレット王女が興味を持って縫い始める。
「縫い上がったら、2人でお揃いの髪飾りをつけて『2台のハノンの為のソナタ』を合奏しましょう」
ぶら下げられた人参で、マーガレット王女は真剣に縫った。お陰で髪飾りが出来上がった。
「音楽クラブでもお揃いの髪飾りで、合奏しましょう」
音楽愛が止まらないね。
「私もできたわ」
ジェーン王女も慣れない細い針に苦労していたが、作り上げて満足そうだ。
「ペイシェンス、貴女は本当にユリアンヌにそっくりだわ。彼女も人に教えるのが上手かったの」
ビクトリア王妃様もマーガレット王女が不器用では無いと知り、縫い物から解放してくれた。そのせいで、私はキース王子とマーガレット王女の板挟みになったけどね。
「ペイシェンスは体力がない。だから、姉上がダンスの終了証書を取らそうと頑張られても無理です。夏休み中に体力をつけなくてはいけないのです」
キース王子の正論に、マーガレット王女も時々は海水浴や乗馬をして良いと許可する。いや、乗馬はいらないよ。
キース王子にしごかれて、ポニーを卒業して馬を歩かせるようにはなったよ。海水浴は楽しんだ。泳いだり、マーカス王子と砂遊びしたりしてね。
午後からはリュートの練習やハノンの演奏をして過ごす。それと、時々は台所へお邪魔してスイーツも作ったよ。
「紅茶の茶葉を砕いてパウンドケーキに入れても美味しいですよ。でも、お子様には向かないかもしれませんから、果物をシロップ漬けしたのを刻んで入れても良いですね。あっ、シロップ漬けはあまり甘くしないで下さい」
美味しいスイーツと香り高い紅茶、とても優雅な時間だ。
でも、私はナシウスとヘンリーがちゃんと世話されているだろうか? ジョージ1人で庭や畑の手入れは大丈夫なのか? 内職したい! なんて事を考えていたんだ。やはり、貧乏だと優雅になれないね。
そんな事をぼんやり考えているとマーガレット王女に、新曲を書きなさいとか言われる。トホホ
こうして、夏の離宮での夏休みは過ぎていった。
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