第60話 夏の離宮 馬は大きいよ

 王様は2週間ほどしか夏の離宮に滞在されなかった。見送る王妃様は少し寂しそうだ。王宮では王様は忙しくて一緒の時間がなかなか取れないみたい。私は緊張が解けて、ホッとしたよ。

 それと海水から塩を作るのを手伝った褒美を下さるみたい。やったね! お金だったら良いなぁ。なんか金に汚い様に聞こえるけど、本当にお金が無いのは首が無いのも同じだよ。ここら辺は犠牲的精神のペイシェンスと違うなぁ。

 王様を見送って、ご褒美は何かな? なんて欲張った事を考えていたら、罰が当たった。

「そうだ、ペイシェンスに乗馬を教えてやると約束していたのだ」

 キース王子は、乗馬なんか忘れて良いのに忘れて無かった。そんな記憶力、古典に使えば良いのにねと内心で悪口を言う。

 マーガレット王女は、王様を見送った傷心のビクトリア王妃様に捕まって、直接、縫い物の指導をされるようだ。

「ペイシェンスは馬を大人しくできるぐらいだから、大丈夫かと思ったが……ポニーから始めるか」

 馬って側で見ると大きいんだよ。蹴られたら死ぬんだよ。生活魔法で大人しくさせても、怖いのは怖い。ナシウス、こんなんに乗るの無理じゃない。男子も家政を取れるのかな? ヘンリーは喜んで乗りそうだけどね。

 馬丁がジェーン王女やマーカス王子のポニーを連れてきた。あっ、ジェーン王女は私に用意された馬に乗るんだね。

「えっ、跨いで乗らないのですか?」

「当たり前だろう。お前も一応は女なのだ。自覚を持て」

 キース王子にボロクソに言われたよ。今度、古典で何か仕返ししてやろう。

 ジェーン王女はサッと大きな馬に貴婦人乗りをする。普通は馬丁が足を支えたり、乗馬台を使うんだけどね。やはり、身体強化系だ。

 馬丁に乗り方を教えて貰う。レディは馬に跨ったりしないのだ。私は乗馬台を使って、どうにかポニーに乗る。

「貴婦人乗りは、見た目より安定しますよ」

 まぁ、乗馬訓練の眼福はユージーヌ卿だよね。本当に素敵だよ。永遠の少年ぽいんだよね。

 あっ、活発なジェーン王女の遠乗りの付き添いですか……去っていくユージーヌ卿も格好良いね。

 キース王子も一緒に行けば良いのに、無様な私のポニー乗馬に口を出す。私は、可愛いマーカス王子と一緒に馬丁に手綱を引いて貰ってパカパカ歩かせるだけで良いんだよ。満足してるの。

「ほら、自分で手綱を持って歩かせてみろ」とか余計なお世話だよ。

 王子や王女のポニーだから、大人しいよ。それに馬丁が側に付き添ってくれているから、マーカス王子のポニーの後ろをついて歩くし。これで今日は良いんじゃない。

「早足にさせろ」とか言わないで。馬丁はキース王子の言うがままだよ。

「ほら、背中を真っ直ぐにしろ!」

 早足だと怖いから、ポニーに抱きつきそうになったら、即、注意が飛んでくる。

「ポニーでそんなに下手では、馬になんか乗れないぞ」

 だから馬に乗りたいと言って無いでしょう。私は自動車が走っていた前世を思い出して泣きそうだ。馬なんて好きな人が趣味で乗るだけだよ。

「もう、疲れました」と馬丁に頼んで、乗馬台にポニーを連れていって貰い、やっと降りられた。ホッとしたよ。

 だってポニーが歩くたびに上下するんだよ。それにポニーからでも落ちたら怪我するじゃん。

「ペイシェンス、勉強ばかりしていては駄目だぞ。もっと身体を鍛えなくては」

 その通りだけど、腹が立つ。本当の事を指摘されるのって、嫌だね。

「明日から、海水浴と乗馬の訓練だ」

 勝手に決めないで欲しいよ。リチャード王子と剣の稽古でもしといて! でも、リチャード王子は塩作りに熱中しているんだよね。私が書いた図の装置を近くの町で作らせたりさ。キース王子も一緒に町に連れて行ってよ。

「キース兄上、明日も乗馬ですか?」

「一緒にポニーに乗るの?」

 まぁ、ジェーン王女とマーカス王子はキース王子と遊べて楽しいみたいだね。本当に異世界に来て10歳以下の子どもって子守任せなんだもん、驚くよ。あっ、でも庶民は違うんだろうね。私は庶民の生活も知らないよ。知っているのは貧乏貴族の生活だけ。

「そうだな。乗馬ばかりでは無く、折角、夏の離宮に来ているのだ。海水浴もしなければな」

「やったぁ! 明日もキース兄上と遊べる」マーカス王子の笑顔だけが、私の癒しだよ。キース王子? あれは見かけだけだね。中身はガキ大将だよ。


 私が「明日は海水浴だ!」とキース王子に言われてうんざりして離宮に帰ったら、マーガレット王女は半分死んでいた。

 裁縫、そんなに嫌いなんだね。でもって飛び火した。

「明日はペイシェンスも裁縫をしましょう。マーガレットのお手本になって欲しいわ」

 海水浴の方が良かったかも。乗馬なら裁縫の方がマシだけどね。たとえ王妃様の監視の元でも、私はプロ級だもん。

「そうだわ、ジェーンも再来年は学園なのね。あの子が裁縫なんてできるとは思えないわ。丁度良いわ、ペイシェンスに教えて貰いましょう。子守やメイドが甘やかすから裁縫が上手くならないのだわ」

 王妃様、私に丸投げですか? あっ、1日でマーガレット王女に裁縫を教えるのに嫌気がさしたのですね。酷い。

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