第57話 夏の離宮 美味しいスイーツ

 部屋でパンケーキとクッキーのレシピを書いて、メアリーに離宮のシェフに渡して貰う。シェフが材料などを用意している間に、リチャード王子の塩作りに利用出来そうな事を思い出そうと努力する。

『塩田は江戸時代じゃなかったかなぁ? 赤穂浪士は吉良上野介に浅野内匠頭が塩の作り方を教えなかったから、意地悪されて恥をかかされたのが切っ掛けだったよね。現代のは機械化されているけど、そのちょっと前、朝ドラで戦後の物資不足で塩を作るシーンがあったよ。思い出せ!』

 社食でランチを食べながら朝ドラの再放送を見ていたので話半分だ。

『確か鉄板がいっぱい手に入ったから、塩を作る事を決めたんだ。暑い浜辺で鉄板に海水を流して濃度を高めてから、焚いていた』

 これなら薪が少なくても良さそうだ。薪は本当に大事なんだよ。冬に凍えるのは二度とごめんなんだから。

「お嬢様、シェフから準備ができたと伝言が有りました。でも、何も台所へ行かれなくても」

 メアリーは家でも台所へ入るのを嫌がっているが、ここは離宮なのでより神経質になっている。令嬢はレシピを渡すまでで、後はシェフに任すべきだと思っているのだ。

「王妃様にお母様のおやつを作ると約束したのよ。きちんとシェフに作って欲しいわ」

 メアリーは王妃様を持ちだすと弱い。

「王妃様が、そう仰ったのですか……」

 マナーチェックが緩んだ隙に台所へ急ぐ。


 あっ、凄くアウェイな雰囲気だ。王宮の料理人だもん。特にシェフ、凄くプライド高そう。素人のレシピに従って作るの嫌なんだろうね。

「王妃様に私の母のおやつを作る様に言われてここに参りました。さぁ、作って下さい」

 王妃様の皮を被ったキツネだよ。

「承知しました」

 おっ、シェフとの第一ラウンドは勝ったよ。パンケーキは卵をキチンと泡立てれば大丈夫。子どもでも作れるぐらいだから、あれだけ美味しい料理が作れるシェフなら……

「少しお待ちになって! レシピ通りの砂糖の量にして下さい」

 目を離すと砂糖じゃりじゃりにしようとする。

「スイーツは砂糖が多いほど上等なのです。王妃様のお口に入るのですよ」

 おっと、シェフは砂糖至上主義者だ。

「それでも王妃様は、学友だった私の母の思い出のお菓子を召し上がりたいと仰っているのです。従って下さい」

 卵の泡立て方も、泡立て器があるのにイマイチだ。シェフも注意しない。集団サボタージュとまではいかないけど、やる気無さそう。

「それでは駄目です。もっと角が立つまで泡立てなさい。ボールを貸しなさい」

 サボろうとしても無駄だよ。生活魔法で泡立てる。

「えっ、生活魔法ですか?」やっとシェフが一歩前進だ。

「後はレシピ通りに焼いて下さい。それにバターを乗せ、泡立てた生クリームを添え、別容器に蜂蜜を入れて出して下さい。生クリームも泡立てます。こちらにボールを貸して」

 生クリームに砂糖を入れて生活魔法でふんわりと泡立てる。これで、パンケーキはどうにかなるだろう。

 クッキーはバターと砂糖を混ぜる時に砂糖を倍増しようとするのを阻止する。そして、生活魔法で冷たく固めて、薄く切って貰う。

「クッキーは色々とアレンジができます。今のは基本です。クッキー生地にスライスアーモンドを混ぜても美味しいし、ジャムを上に乗せても良いです」

 クッキーの焼ける良い香りが台所に満ちる。料理人達は砂糖の量が少ないので不安そうだ。

「いつも、とても美味しい料理を作っている料理人の方達ですから、僭越ですが言わせて頂きます。スイーツは砂糖がじゃりじゃりで皆様手を伸ばしておられません。一度、私のレシピのパンケーキとクッキーを食べてみて下さい。そして、王妃様方が残されるかどうかもチェックして下さい」

 夏の離宮に滞在中、ずっと砂糖じゃりじゃりのデザートは勿体なくて見ているのが辛い。シェフ、ちゃんと食べてね。舌は肥えていると思うから、砂糖控え目のスイーツも美味しいのが分かると信じるよ。


 その日のお茶で出たのは生クリームとバターたっぷりのパンケーキ、香ばしいクッキー。

「ペイシェンス、とっても美味しいわ」

 マーガレット王女は気に入ったようだ。

「ユリアンヌがこんなに美味しいおやつを作っていたとは知りませんでしたわ」

 ビクトリア王妃様もパンケーキを食べられた。良かったよ。卵やバターや砂糖などを毎回貰っているのに、無駄にしていないと分かって貰えた。

「お前は何処でこんなデザートを知ったんだ?」

 キース王子はさっさとパンケーキを完食して、クッキーを食べている。

「母上との思い出の味だとペイシェンスが言っていただろう。聞いてなかったのか。これなら私でも食べれるな」

 甘い物が苦手なリチャード王子もパンケーキは完食したが、生クリームは残した。

 お茶は無事に終わったが、その後、マーガレット王女に「一度聞いただけでは楽譜に起こせないわ」と叱られて、結局は自分で書くことになった。何故だ?

 リチャード王子は「塩ができたぞ!」と喜んでいたが、改善が必要だとも言われた。それって私が考えるの決定なんですね。まぁ、思い出したの紙に書いて、リチャード王子に渡して終わらせよう。夏休み中、暑い浜辺で塩炊きしたくないよ。

 マーガレット王女に「少し弾いているのと楽譜が違う気がするわ。夕食の後にしましょう」とやっと解放(夕食後まで)されて、部屋に戻ろうとしたら、シェフに呼び止められた。

「ペイシェンス様、申し訳ありませんでした。皆様、砂糖控え目のスイーツを食べておられました。それに、私も食べて、少し甘さが足りない気はしましたが、美味しいと思いました。お願いです。他にもレシピがございましたら、教えて下さい」

 資金が有ればスイーツ店を開きたいけど、そんなお金は無い。なら、ここでレシピを教えて美味しいスイーツを食べた方が得なんじゃない? 全部は教えないけど、1つ2つぐらいは良いかな。

「ええ、分かりました。メアリーにレシピを持って行かせます」

 何を渡そうか考えながら部屋に帰った。

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