第56話 夏の離宮 リチャード王子と塩

 私はリチャード王子と準備する物を話し合う。

「簡単に実験するなら、海水を汲む物と、大きな鍋。そして、それを火にかける竈みたいな物があれば良いと思います」

 リチャード王子は、侍従にテキパキと指示をする。竈なんてあるのかなと思っていたけど、狩りなどする時は野外で料理したりするそうで、持ち運びできるのがあるそうだ。

 私はメアリーを連れて海岸へリチャード王子達の後からついていく。

「お嬢様、パラソルをさして下さい」

 屋根裏でボロボロだったパラソルも修復されて真っ新だ。なんだかパラソルさして歩くの優雅に見えるけど、海風があるから見た目ほど楽じゃないね。

「ここら辺で良いだろう」

 リチャード王子だけで良いんじゃないかなぁ? 侍従達に竈を設置させ、大きな鍋に海水を汲ませる。

「火をおこせ」

 あれっ、リチャード王子はキース王子と同じく火の魔法だと思っていたのだけど、侍従に火をつけさせるんだね。海風のせいかなかなかつかないみたいなのに。不思議に思っているのが分かったみたい。

「竈ごと炭にしては実験にならないからな」

 あっ、そうなんだね。火の魔法って攻撃魔法が多そうだもん。

「私は生活魔法なので、火をつけましょう」

 サッと火をつける。でもなかなか海水は蒸発しないね。ずっと見ていないと行けないのかな? あっ、あそこに綺麗な貝殻みっけ!

「ペイシェンス、生活魔法を使うのが上手いな。退屈なら貝殻を拾っても良いぞ」

 顔に出てましたか? すみませんね。

「メアリー、弟達にお土産にするわ。綺麗な貝殻を拾いましょう」

 メアリーは「良いのですか?」と目で訴える。

「リチャード王子の許可が出たのですもの」

 こんな時もメアリーは役に立つ侍女だ。手提げの中から小さな袋を出して渡してくれる。

 ピンク色の綺麗な貝殻や白くて刺刺がいっぱいついた巻貝などを小さな袋にいっぱい拾う。

「かなり水が減りましたね」

「ああ、だがまだだな。これで塩が作れたとしても燃料とか費用がかなり掛かるな」

 ええっと、前世では塩田とかハウスとかあった筈だけどね。

「魔法でなんとか出来ませんか?」

 リチャード王子は腕を組んで考える。

「かなり魔法の制御能力が必要になりそうだな。貴族ならできる者もいるかもしれぬが、難しいだろうな」

 鍋にはまだ水がある。

「あっ、鍋に問題があるのでは無いでしょうか? もっと平たい鍋の方が蒸発するのが早いのでは?」

 リチャード王子も「そうだな!」と笑う。

「失敗したな。だが、昼からは平たい鍋で実験しよう」

 侍従に片づける様に言うので止める。

「あっ、その中にある海水はかなり煮詰まっています。昼からはそれを使えば早くできるのでは無いでしょうか?」

 リチャード王子は「そうか!」と喜んだ。

「ペイシェンスは錬金術に興味があるとキースから聞いた時は驚いたが、なかなか役に立ちそうだ」

 私は自分の家の塩作りだけで十分だ。後は、あのマッドサイエンティスト達に任せよう。

「ええ、きっと海水から塩を取り出す遣り方を考えてくれるでしょう」

 リチャード王子は私が逃げようとしているのに気づいた。にっこり笑うとビクトリア王妃様に似ているね。怖いよ。

「いや、ペイシェンスに協力して欲しい。それに彼等をここに呼んだりしたら、母上が何と仰るか、分かるだろ」

 あっ、許してくれそうに無いよ。

「でも、マーガレット様と昼からリュートの練習をする約束をしましたけど……」

 リチャード王子の都合に付き合うのだ。マーガレット王女の説得ぐらいして貰おう。

「それは任せてくれ」

「お任せします」と言ったものの、昼食の場で持ち出さないでよぉ!

「お兄様、確か午前中だけペイシェンスを貸す約束でしたわね。私は苦手な数学や縫い物をしていたのです。昼からはたっぷりと音楽を聴こうと、それだけを楽しみにしていたのよ」

 あっ、食事中の兄弟喧嘩は駄目ですよ。王妃様がフォークを置かれた。

「貴方達、黙って食べなさい」

 キース王子はとばっちりだったね。あっ、魚を残すのは今日はやめた方が良いよ。目で合図するが、キース王子は読み取りが下手だ。

 ビクトリア王妃様のご機嫌は斜めから急降下した。もう、キース王子が魚を残すからだよ。

 相変わらずのデザートは、全員が果物を選ぶ。

「そう言えば、ペイシェンスはユリアンヌのお菓子を弟達に作っているのですね。一度、食べてみたいわ。ユリアンヌはわたしの学友でもあったのですから」

 これで、リチャード王子とマーガレット王女の喧嘩の種も無くなったと、満足そうなビクトリア王妃様だ。

「わかりました。シェフにレシピを渡します。それと生活魔法を使った方が作りやすいので、私が立ち会う許可を貰えれば失敗は無いと思います」

 勿論、許可は貰えたが、食堂から出た途端、リチャード王子とマーガレット王女に腕を掴まれた。

「マーガレット様、2台のハノンで弾く曲を思い付いたのです。ザッと弾くので、その後の譜面作りはお願いします」

 マーガレット王女はこれで良い。午後中は譜面作りに熱中されるだろう。

「リチャード王子、午前中の煮詰めた海水を平たい鍋で水が全て蒸発するまで加熱して下さい。他の方法は塩が出来てから考えましょう」

 私は、頑張って思い出しながら『2台のピアノの為のソナタ』をハノンで弾いた。

「まぁ、なんて素敵なんでしょう。これなら2人で二重奏できるわ」

 キース王子が呆れて見ている気がする。えっ、ビクトリア王妃様も呆れておられる様な……まさかね。

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