第8話 生活魔法を使おう

 その日の昼食には驚いた。何と、薄いスープでは無かったのだ。

「今日はペイシェンス様のお祝いですもの」

 給仕してくれるメアリーも嬉しそうだ。

「ポタージュだ!」

 ヘンリーはさっそく食べている。

「お姉様は何の能力を賜ったのですか?」

 ナシウスの期待に満ちた目が眩しい。

「生活魔法なの」

 少し恥ずかしい気がする。庶民でも持っている魔法だ。修道女にはなりたく無いけど、光とかだったら格好良かったのに。聖女とか……まぁ、向いてないよね。

「ペイシェンス、生活魔法も使い方次第だよ。ユリアンヌが生きていたら指導してくれただろうが、学園で習うと良い」

 父親の目が悲しそうで、胸がきゅんと痛む。

「ええ、学園で……お父様、私は学園に通わなくても良いのです。ナシウスとヘンリーは行かなくてはいけませんが……」

 ポタージュを飲んでいた全員の手が止まる。

「それはできない。王立学園に行くのは貴族の義務なのだ」

 父親の厳しい言葉だけでも学園は行かなくてはいけない物だとわかった。

「お姉様、学園に行かなくてはいけません」

 ナシウスのショックを受けた目に、私は降参する。

「そうね、学園で生活魔法を習わないといけませんわね」

 芋のポタージュにいつもと違って少し柔らかいパン、それにハムが少しだけ厚かった。

「ナシウス、ヘンリー」とハムをあげようとしたけど「お姉様のお祝いだから」と断られた。お腹が空いているだろうに、なんて優しい弟達エンジェルなんだろう。日本の小学生って生意気だった気がするんだけど、ペイシェンスも上品だし、違うんだなぁと、つくづく考えた。

 さて、昼食を終えたら生活魔法を使ってみよう。と意気込んだけど、午前中留守にしていたのだ。弟達の勉強を見てあげなきゃ。

 と言う事で、子供部屋でナシウスに算数を教えて、問題を何問かだして、ヘンリーに簡単な単語を書かせながら『初級生活魔法』を読む。

 先ずは、トイレ。後、メアリーの負担を減らす為に掃除。どちらも、掃除だから同じね。

「掃除……ここだわ」

『初級生活魔法』の目次から掃除のページを探して、読む。

「精神を集中させ、先ずは狭い範囲を清める」

 清める? まぁ、炎の魔法とかじゃないから害は無さそうだ。子供部屋はメアリーが掃除してくれている。でも、広いし、午前中はお出かけしていたので、今日はまだ掃除してないようだ。それに、カーテンも絨毯も古びてて薄汚れた雰囲気だ。

「綺麗になれ!」

 魔法なんて使った事がなかった。精神の集中の仕方もわからないけど、あの円板に触った時のピリピリした感じを思い出しながら、この子供部屋が本当に綺麗だった頃、ペイシェンスの記憶にあるのを思い出しながら唱えた。

 グググっと力が抜けていく。目眩がして、目をつむった。椅子に座ってて良かった。弟達の前で倒れたら心配かけちゃう。

「お姉様、これは!」

 ナシウスの叫び声で目を開けた。

「なんてことでしょう!」思わずTVのリフォーム番組のナレーションが口から出た。

 生活魔法って、掃除だけじゃなく、古びたカーテンや絨毯も新品同様にするんだ!

「生活魔法って便利なのね」

 ナシウスは何か考えているみたいだけど、ヘンリーは「凄い!」とぴょんぴょん跳ねている。

 天井のシミの跡も無くなっているし、日に焼けて薄くなっていた壁紙も子供部屋に相応しい楽しそうな模様がはっきりとしている。

「これなら王宮の女官になれるかもしれませんね」

「王宮の女官?」私の怪訝な顔に、ナシウスが「お姉様の望みでしたでしょ」と不審そうな顔をする。

「ええ、そうね。でも、王宮の女官になると決めるのは、学園で勉強してからですわ」

 ナシウスは、少し考えて「そうですね」と笑った。何だろう、何か嫌な予感がする。こんなエンジェルから嫌な感じを受けるなんて、お姉様業失格だわ。

 その日は疲れたので、トイレが使えるか試して、生活魔法の練習はお終いにした。これで文化生活に近づいたよ。

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