第4話 とある英雄の日常録

「あはは!ジュリーが鬼だ~!」

「逃げろー!」

「待て待てー!」

「こら!走り回るんじゃないの!」


「ふぅ~・・・」


肺にためた煙を吐き出しながら、眺めるのは何の変哲も無い日常の一幕。

元気に走り回る子供たちにそれをたしなめる母親。それを見て笑う露店商のおやじに花屋のおばちゃん。


平穏。その言葉でしか形容できないほどにゆったりとした昼下がり。


「・・・そしてそれを、なんとも優し気な微笑で眺めながらタバコをふかす美男子が一人。」

「気持ちの悪いニヤつきで子供を視姦する変質者の間違いじゃないんですか?」

「こんな爽やかなお兄さんを捕まえて、なんてこと言うんだねキミは。」


こちらに見向きもせずに洗濯物を伸ばしながら、毒を吐いてきた彼女はレイシア・グラント。


ほんのり青みがかったショートボブ程の黒髪に、吊り上がり気味の目の中には大きな赤い瞳。健康的な肌にシュッと通った鼻筋。うまく母親の方の血が出てよかった。ひいき目に見てもずいぶんと美人に育ったもんだ。

少し残念なのは、女性のシンボルというべき丘陵地帯が隆起しきらず、なだらかな丘程度でおさまってしまったことか。


「しばきますよ?」

「なぜ!?」

「何かとても不愉快なことを考えられていた気がしたので。」


これが女の勘というやつか。

今にも平手を繰り出してきそうな雰囲気の彼女は、おれの親友であるベイル・グラントの一人娘でもある。

「彼女が生まれたころから知っているおれとしては自分の娘のように思っているし、彼女も俺のことを実の兄のように慕ってくれている、家族も同然の仲だ。」

「後半の心理描写が漏れてますけど?ていうか、真っ昼真間から仕事サボって、人の家の庭でタバコをふかしてるあなたをどうやって尊敬しろと?」


わざとらしくため息をつき、流し目でこちらを見るレイシアに向き直り、これまたわざとらしく首を振って見せる。


「これも立派な仕事の内なんだよ?こうやって街の安全を見守ってんのさ。いわば、大きな意味での『自宅警備員』だな。」

「見守る?さっきの気持ちの悪い顔で舐めまわすように、子供たちや奥さんを見ていたアレが、見守る、、、?」

「そこまで困惑するような顔してたのかよ、おれ・・・」


演技と思えぬほどのレイシアの表情に、ちょっと怖くなる。冗談抜きでそんな風に思われる顔で街を眺めていたなら、それは我ながら由々しき問題だ。

だって、おれがそんな奴を見かけたら、間違いなく出合い頭に逆水平からのパワーボムで街の治安維持に努めている。


「・・・ふふ。半分、冗談ですよ。」

「半分出てるのはほぼ全開と同じなんだぞ・・・?」


洗濯物を干しながら笑うレイシアを眺める。

こうして見ていれば年相応に「女の子」といった感じだ。


裏表が無く、分け隔てなく人に接することができる優しさを持った女の子。

人の痛みに寄り添い。その手を取ることができる強さを持った彼女。

レイシアの父、ベイルもそういう人物だった。


レイシアの母、サーシャは彼女を産み落とすと同時に命を落とした。

そして、父であるベイルが戦死したのがすでに10年ほど前。歴史に残る6度目の大戦の事だった。


アイツの強さは本物だった。無愛想ながらに優しく、決して折れることの無いその背中に憧れる若い兵士もいまだに多い。戦士としても将としても、歴代屈指の実力者。


その死に様も、なんとも彼らしいものだった。

自分の部下を守る為に敵兵を食い止め、見事に部隊の大半を生還させた。

そして、彼が最も愛した一人娘は、天涯孤独となった。


その頃からだろうか。今まで以上にレイシアが「大人」になったのは。

自分は一人でも大丈夫だから。そう言うかのように振る舞い、今日までを過ごしている。

それが誰に向けてのものなのか。それとも自分に言い聞かしているのか。


それを聞いてしまうのは、彼女の頑張りを踏みにじってしまう気がして、あまり掘り下げることはできていないのだが――


「なんですか?そんなに見られてると気が散るんですけど?」

「・・・いや。お母さんにそっくりになってきたな、って思ってよ。」

「本当に!?どの辺が?ねえ?シン兄――」


なんて言ってるそばから珍しくテンションが上がったレイシアが目の前にいた。いつもこうならもう少し安心なんだけどなぁ。


「――ごほんっ。ごめんなさい。ちょっと取り乱しました。」

「別にいいんだぞ?昔みたいに「シン兄~」って甘えてきても?」

「そ、そんな思い出はありません!捏造で人を辱めるのはどうかと思いますよ!?」


昔のことを言われるのが恥ずかしかったのか鋭いつま先蹴りがおれの脛にクリーンヒットした。それも、3発。


「いってえ!おま、照れ隠しにももうちょい大人らしさ持てっつの!」


さすがは歴代屈指の戦士の娘。威力、狙いどころ共に申し分無い。


「からかうからです!それに、昔はあなたを近所のお兄さんくらいにしか思ってなかったんですから仕方ないじゃないですか。この国の王様相手に、「シン兄」なんて言えませんよ。」

「その王様は今、お前の脛蹴りでうずくまってるわけだがな・・・」


これが、とある王様こと、おれ、シン・アルバートの日常だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さて。王様であるおれ、シン・アルバートはただいま冷たい石の上に正座をさせられている。 


「やはりここでサボっておられたのですな。」

「いや、決してサボっていたわけでは・・・」

「では一体何をしていたと?」

「街行く子供たちを視姦してましたよ、この人。」

「し、、、!それならばいっそサボっていてくれた方がまだマシだというのに・・・」

「してないからね!?もう少しくらい常識がある大人だと思うけどな!君たちの王様は!」


レイシアの隣でおれに説教――もとい、話しかける老騎士。現状、この国最強の戦士でありおれに次ぐNO,2の権力者。ジルバーグ・オーガネット。

見た目こそ老人だが、その鍛え抜かれた体躯と研鑽された技から繰り出される剣技は、一太刀で山を切り湖を両断する。


「190㎝を超える長身と精悍な顔立ち。短く切り揃えられたヘアスタイルと顎髭が彼の精錬で厳格な雰囲気をより一層際立たせているが、その奥底には誰よりも優しい心を持っている。黒い鎧を身にまとい戦場を駆けるその姿は他国から『黒煌こっこう』の二つ名で恐れられている。部下のみならず王からの信頼も厚い、まさに、王の右腕だ。』

「・・・お褒めにあずかり光栄ですな。」

「さっきからなんなんですか、それ。」

「なにって、ずっと心理描写じゃ、なんか飽きちゃうだろ?」

「誰に対しての気遣いなんですか。」


呆れたように俯いたレイシア。そしてその横から踏み出しジルバーグはニッコリと微笑みながらおれへと歩み寄る。


「言いたいことは以上でよろしいですかな?」

「・・・」


押し黙るおれの反応と肯定と受け取ったのか、おれの襟元を掴み王城へと踵を返すジルバーグ。この後に待っているのは、しっかりとしたお説教とおれが残してきた書類の山だ。

彼が割と本気で怒っていることは、襟をつかむ手から嫌というほど伝わってきている。


「・・・だがおれは知っている。その奥底には誰よりも優しい心を持っている。と。」

「ですが、それは奥底に秘めている物なので、此度の出番は無いでしょう。」

「なんでだよ!もっと自分らしさを出していこうぜ!恥ずかしくなんかないんだぜ?

?なあ、本当のお前をおれに見せてくれよ!おれたち・・・親友だろ?」


渾身のキメ顔にウィンク。そして一瞬驚いたような顔をした後、優しく微笑んだジルバーグ。


「・・・そうですな。では、本当の私の気持ちで対応すると致しましょう。」

「ああ。おれは信じてたぜ。ジル。」


彼は一瞬手に込めた力を緩め、空いた左手で指を鳴らす。

そして、もう一度ほほ笑んだ後――集まった兵士へとおれを放り投げやがった。


「ぬわ!?」

「これ以上バカの相手はしてられませんので。お前たち、陛下を王室にお連れしろ。山積みの書類が終わるまで丁重にもてなす監禁するように。」

「「はっ!」」

「おい、お前ら離せ!今逃がしてくれたらお前ら全員昇格させてやるぞ?な?おれ王様だぞ?」

「ジルバーグ様のご命令ですのであしからず。さ、このバ――陛下をお連れするぞ!」

「おいてめぇ!今「バカ」って言おうとしたか!?顔覚えたからな!??左遷してやるぞ!!これはれっきとした反逆罪だぞー!」




「ようやく静かになりましたね。」

「いつも騒がせてすまないな。」

「いえ。あれで気を遣ってくれていることはわかっていますから。正直・・・少し。ほん~の、少しですけど・・・助かってます。」


兵士たちに連れられ数十m先の王様を眺める。

これだけ離れても声が聞こえてくるあたり、まだ駄々をこねているみたいだけど。

あの人が本気なら、あのくらいの人数で取り押さえられるはずが無いのだから、ある程度分別は付いているのだろう。


「ならよいのだが。困ったことがあればすぐに言うのだぞ?お前を気にかけているのは、陛下だけでは無いのだ。」


先ほどまでとは打って変わった好々爺のような笑顔で優しくのわたしの頭を撫でるジルバーグ卿を見上げる。


「ちょっ、、、子供じゃないんですから!」

「ぬはは!私を前に「子供じゃない」と来たか!」


頭を撫で続ける大きな手に気恥ずかしさやら、嬉しさやら、安心からやら。

いろいろな気持ちがかき回される。


「って言うか力強いですって!どうせ撫でるならもう少し優しくしてください!」

「すまんすまん!うちは男ばかりだったから、どうにもガサツでいかんな!」


彼と国王であるシンはわたしの父とは親友とも呼べる間柄だったそうだ。

年齢は二人の方がかなり年上・・・というか、二人がわたし達の中でもずば抜けて長生きしすぎなんだけど。それでも、三人は対等な『友達』だった。


わたしが物心ついた時には、二人はほぼ毎日のように景色の中に居て、父が亡くなったからもそれは変わらない。


本人には・・・特にあのバカ王様には面と向かっては言えないけれど、わたしがこうして今も笑顔で暮らせているのは、二人がそばに居続けてくれていることが大きい。


ちなみにジルバーグ卿は清廉で厳格で物静かな雰囲気を醸し出しているが、わたし的にはこっちの方が「素」だと思う。


「まあ、なんだ。無理に大人になろうとせんでも、いつかは嫌でも大人になるのだから。昔のように「ジルじい」と呼んでくれて構わんのだぞ?」

「なんだか・・・シン様と同じようなこと言ってますね。」

「なにっ!私があのバカと!?ぬぅ・・・それは、あまり喜ばしくないな。」


真面目な顔で悩む素振りを見せるジルバーグ卿が、なんだかおかしくてつい笑みがこぼれてしまった。


「ふふっ。付き合いが長いと似てくるってことじゃないですか??」

「要するに・・・バカがうつったと?」


二人で顔を見合わせ、一瞬の沈黙の後笑いあう。

話題の主がここに居ればさぞ怒ったことだろう。


「はははっ!さて、私もそろそろ仕事に戻るとしよう!これ以上ここにいては、陛下が拗ねかねんからな!」

「確かに。「人には仕事押し付けておいて。はぁ~、暢気でいいですなあ。」とか?」

「まさにそのままであろうな!では、またなレイシア!」

「はい。ジルバーグ卿もお気をつけて。」


少年のような顔で手を振り去っていくジルバーグ卿を見送り、わたしも買い物の準備だ、と仕度を始めるのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日から、魔王を育てます。 @tamtam2366

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ