第74話 灯りのともらない家
柏木奈乃は着替えるために部屋に入った。
着替えるだけで半時間以上はかかる。
雪穂ちゃんを夕御飯に誘ったあと、私は雪穂ちゃんを置いて着替えるために部屋に入った。雪穂ちゃんは私の家族とだけでいるのは気まずいだろうなとは思ったけど、私の部屋に入れるわけにはいかない。
お着替えするところを見られたくないから。
服はどうしようかと思ったけど、ラフな部屋着はやめてよそ行きの服にした。
白のキュロットに白のフリルのついたノースリーブシャツ。中に薄いピンクのタンクトップを着た。
髪は三つ編みを左肩から前に垂らしてピンクのリボンで結んだ。
雪穂ちゃんが好きそうな服を選んだつもりだ。
そして本真珠のピアスをつける。撮影旅行の記念に雪穂ちゃんに買って貰ったピアス。
今日は江島くんに突然呼び出された。江島くんが突然呼び出してくるのは珍しくはないけど、雪穂ちゃんと二人でいると聞いたときは驚いた。
いや、嘘だ。
二人でいると聞いて嫌な物が体の中に降りてくるような気がした。
それでもクラスの打ち上げを途中で抜ける気はなかった。
私はクラスのみんなの事も大好きだから。
「慰めてやれ。お前彼氏だろ」江島くんは言った。
江島くんは私が雪穂ちゃんの彼氏だと思ってる。
いつもの江島くんだから気にしない。
でも慰めるってどうするの?
雪穂ちゃんは私との距離の取り方に惑っていた。
私が男子用の制服を着ているときは、話し方や態度を変えているのが原因なんだろうけど。社会的な役割に従ってはいるけど、私は私なんだけどな。
「柏木くんとこんなに話するの今日が初めてよね」
さすがに雪穂ちゃんにそう言われたときはどうしようかと思った。
それでも家まで送ってもらった。
雪穂ちゃんは優しくてハンサムだね。
「今日の晩御飯ってどうするの?」
別れ際にそう尋ねた。普段ならそんな地雷を踏みに行くような事はしない。
雪穂ちゃんが何に傷ついているのか、何を慰めれば良いのかは知らない。
でも今日は雪穂ちゃんを一人にしてはいけないような気がした。
そして私は敢えて地雷を踏みに行った。それは正しく踏み抜いた。
雪穂ちゃんは今まで見たこともないような目で私を見る。
覚悟していたより怖くてビクッとした。
私が着替えから戻ったとき、雪穂ちゃんと那由多は格ゲーをしていた。
1セットづつ取った後の3セット目。体力ゲージを半分近く残したまま雪穂ちゃんが勝った。偶然とかではなく、余裕で見切ったカウンター。
那由多は驚いた顔をしている。
雪穂ちゃんは私を見てすぐにピアスに気づいて嬉しそうな顔をした。
良かった。雪穂ちゃんに喜んで貰えた。
「雪穂ちゃん、ゲームするの?」
「しないわよ?」
「え? このゲームやったことあるよね?」
「初めてよ? ゲーム持ってないからしないわよ?」
今日初めてやったゲームで那由多に勝てるの?
雪穂ちゃんなら勝てるか……。
「那由多、かわって」雪穂ちゃんと対戦したい。
「お姉ちゃん!」
那由多に怒られた……。
雪穂ちゃんが面白そうに笑った。
「すみません、高瀬さん。お姉ちゃんは他にやる事あるよね?」
えー、何かな?
「お母さんの手伝いしてきたら?」
「奈乃ちゃんの手作り食べられるのかしら?」雪穂ちゃんが嬉しそうに言った。
お母さんの手伝いに台所に入った。
ほとんど料理はできていたので、お皿に盛り付けしてテーブルに並べただけだった。
「いただきます!」私が手を合わせるとみんなも手を合わせて「いただきます」をした。
私の隣に座った雪穂ちゃんも嬉しそうにいただきますをした。
「奈乃ちゃんが作った料理はどれ?」
「一つも作ってないよ!」
「え……」
「今日ははしゃいでるわね」お母さんが嬉しそうに私に言った。
うん。今日は雪穂ちゃんに元気になって貰いたい。
雪穂ちゃんは愛想よくお母さんと話を弾ませていた。学校で見せる優等生な雪穂ちゃんだった。
……気を遣わせたくないんだけどな。
雪穂ちゃんは口数の少ないお父さんにも愛想よく話しかける。お父さんはどぎまぎしながら返事を返す。
那由多だけは雪穂ちゃんに話しかけられても塩対応だった。
那由多は前に雪穂ちゃんと会ったとき、「何か怖い」と言っていた。
遅くなったのでお父さんの車で雪穂ちゃんを送って行く。
私と雪穂ちゃんは後ろの席に並んで座った。
「那由多ちゃんに嫌われてるのかしら?」雪穂ちゃんは寂しそうに言った。
「ゲームに負けて拗ねてるだけだよ。那由多も負けず嫌いだからね」
「そう。奈乃ちゃんも負けず嫌いなの?」
「え?」
雪穂ちゃんは笑った。
「那由多ちゃんには一回しか勝ってないのだけど? たまたま勝てただけよ?」
「んー」
あのゲームは那由多位の上級者を相手にして運や偶然が入り込む余地なんか無いんだけどね……。
雪穂ちゃんの家についた。
私も車から降りて雪穂ちゃんをお見送りする。
「またね、奈乃ちゃん」雪穂ちゃんが微笑む。
「うん」私も微笑みを返す。
雪穂ちゃんは灯りのついていない真っ暗な家の玄関を開ける。
「高瀬さん!」お父さんが車から降りて雪穂ちゃんに声をかけた。
家に入ろうとした雪穂ちゃんが立ち止まって振り返る。
「また遊びに来てやってください」お父さんは頭を下げた。
雪穂ちゃんもお辞儀を返した。
「高瀬さんのご両親は、こんな時間になっても帰ってないんだな。いつもなのかな?」帰りの車の中でお父さんが不快そうに訊いてきた。
「知らない」私は助手席で外を見ていた。
知らないよ。
私は雪穂ちゃんの事をあまり知らない。
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