第73話 雪穂の再来訪

 

「いらっしゃい、柏木くん」

 高瀬雪穂は柏木奈乃を玄関で迎え入れた。


「おじゃまします」柏木くんは男子用の制服を着ていた。

 男子のスタイルで私の家に上がるのは初めてね。

 そういえば男子の友達を家に入れたのは江島くんが初めてになるのか。


 私はあまり友達を家に呼ばない。


 文化祭翌日の休校日。

 それぞれのクラスの打ち上げが終わったあと、私たち音楽サークルの三人は私の家に集まっていた。


 しばらく三人で話をした。穏やかな時間。

 久しぶりに軽口を叩いたような気がする。


「じゃ、俺帰るわ」しばらくしてから江島くんが言った。

「え? 帰るの? ……俺も帰ろうかな」

 え? 柏木くんも帰るの?


「柏木は残れ」

「え?」

「高瀬が落ち込んでいたから呼んだんだ。慰めてやれ。お前彼氏だろ」


 ……江島くんから見たら、柏木くんは私の彼氏になるのか。

 柏木くんが微妙な表情を浮かべていた。

 江島くんは訳がわからないのか、キョトンとした顔をしていた。


 江島くんが帰った後も柏木くんは残った。


「コーヒー飲む?」

「あ、うん」柏木くんはソファーに座っている。どこか緊張しているようにも見えた。

「ミルクと砂糖は?」

「ブラックで」

 奈乃ちゃんも、いつもブラックだったかな。


 私が淹れたコーヒーを柏木くんは苦そうな顔をしながら飲む。

 いつも通りの奈乃ちゃんね。


「高瀬さん、俺に慰めてほしいの?」柏木くんはコーヒーのカップを見ながら言った。

 江島くんに私を慰めてやれと言われたから気にしているのね。


 ……慰めはいらないかな? 彼女に慰めて貰うなんてカッコ悪いもの。


「江島くんの言った事は気にしないで」

「あ、うん。……何かあったら言ってくれ」

「ええ。ありがとう。それより昨日のライブはどうだったかしら?」

「楽しかったよ。高瀬さんは?」

「私もよ」

「そう」


 それからライブの話題になる。

「高瀬さん、昨日急に照明やるって言ったんだって?」

「ええ」

「どうして?」

 私の才能を見せつけたかったからよ。私は見た目だけの客寄せパンダじゃない。

「楽しそうだったからね」

 柏木くんは笑った。


「高瀬さんの照明よかった。テンション上がって楽しく踊れた」

「そう? 楽しんで貰えて嬉しいわ」奈乃ちゃんに楽しんで貰えたなら、徹夜した価値があるわね。


「でさ、ライブ終わってから羽崎と佐野さんがPAブースに行っただろ?」

 二人、柏木くんのクラスの人が来たわね。

「羽崎、何か余計な事言わなかった?」

「……照明の感想言われただけよ。高い評価を貰えたわ」

「……そう。なら良いんだけど」


 柏木くんはお友達が私に何かしたとでも思ってたのかしら。

 多分あれ、私は慰められてたのかしら……。



「柏木くんとこんなに話するの今日が初めてよね」

「え? 」柏木くんはキョトンとした顔をした。

 あら? 私変なこと言ったかしら?


「あ……、そうだね……」柏木くんは困ったように頭を掻いた。



「そろそろ帰るよ」しばらく話をした後、柏木くんが立ち上がる。

 外はもう暗くなっていた。

「送るわ」私も立ち上がる。

「え?」

 え? どうして驚いているの?


「いや……、一人で帰れるから」

「送らせて」夜に彼女を一人で帰らせるわけには行かない。


「あ、うん」



 夜道を二人で並んで歩く。

 柏木くんは口数が少ない。照れているのかしら?


 家につく。

「送ってくれてありがとう」

「いいのよ?」

「ん……」


 手を軽く上げて挨拶する。

 来た道を引き返そうとした時、柏木くんに声をかけられた。

「高瀬さん」

「何かしら?」

「今日の晩御飯ってどうするの?」

 ……奈乃ちゃんはそう言う話題は避ける筈だけどね……。


 柏木くんが怯えたようにビクッとする。


「帰ってから作るわ。私、料理も得意なの」微笑んで答える。

「あ……、時間あるなら上がってく?」柏木くんは遠慮がちにそう言った。


 ……断らないわ。



「ただいま」

「おじゃまします」柏木くんに続いて玄関に入る。

 パタパタとスリッパで走る足音が聞こえた。居間のドアが開き女の子が顔を出した。

 妹の那由多ちゃんだったかしら。奈乃ちゃんに似て可愛らしいわね。


「今晩は、那由多ちゃん」

「……あ、今晩は。……高瀬さん」那由多ちゃんが戸惑った表情でそれでも挨拶を返す。


「上がって」柏木くんが先に上がる。

「奈乃、お友だち?」女性が居間から出てきた。母親だろう。


「おじゃまします」私は頭を下げて挨拶する。

「え?」母親は戸惑っているようだ。「女の子?」

 私の見た目と声が一致しない事に戸惑っているようだ。

「ライブで見てるだろ?」柏木くんが咎める。

「あ、そうね。ごめんなさい」

 私の事を思い出してくれたみたいだ。


「父さんは?」

「居間よ」

「こっちへ」柏木くんは私を先導して居間に入る。


 男性がソファーに座っていたこちらを見ていた。この方が父親ね。

「おじゃまします」私は父親にも頭を下げて挨拶する。

 父親は慌てて立ち上がり、「あ……、いらっしゃい」と戸惑ったように言った。


 どうしてこの家の人たちは、こんなにも戸惑っているのかしら?


 ……柏木くんは友達を家に連れてくることがほとんどないのだろう。


 家族が揃ったところで柏木くんが私を紹介した。


「こちらが俺がお付き合いさせて貰っている高瀬雪穂さんです」


 ビックリした。

 柏木くんがこんなにあっさりと私の事をパートナーだと家族に紹介するなんて思ってもいなかった。


 私は全然心の準備ができてなかったんですけど!


 手土産も持ってないのよ!


 父親も母親も驚いた顔をしている。

 妹の那由多ちゃんだけが知っていたのか驚いていない。

 冷たい目で私たちを見ていた。


 ……、私、那由多ちゃんに嫌われるようなことをした覚えが無いんだけど。


「母さん、晩御飯、一人増やせる?」

「え? ええ。用意するわ」母親が慌てて台所に入る。

「いえ、急にそんな、ご迷惑は……」

「高瀬さん、食べていってね」母親に勧められる。

 断りにくい。


「俺、着替えてくるから。那由多、高瀬さんのお相手して」

「え?」那由多ちゃんが戸惑う。

 いや、むしろ迷惑がってる?

 いつ私が嫌われるような事した?


 柏木くんは居間から出ていく。

 母親は台所で夕食の支度をしている。

 父親は呆然としていて黙っている。


 那由多ちゃんが困った顔をして私を見ている。

 私も困っているわよ……。


「高瀬さん、ゲームでもしますか?」

「え? ゲームはしたことないの」

 そう言うと、那由多ちゃんはあっさりと手詰まりになって、どうして良いかわからなくなってしまっていた。

「たまにはゲームをやってみようかしら。那由多ちゃん、教えてくれる?」

 別にゲームをしたくはなかったけど、那由多ちゃんが困っているのが気の毒なので一緒にすることにする。


 膝の上に置くような大きなコントローラーを渡された。

 格闘ゲームというジャンルらしい。複雑なコマンドが何種類もあって覚えるだけで大変そうだった。

 どうやらリアル系の3Dゲームらしい。


 那由多ちゃんは初心者の私に手加減することなく勝ちに来る。

 一緒にゲームをやって那由多ちゃんと仲良くなりたいのだけど……。那由多ちゃんは私と仲良くなる気が無さそうだった。

 嫌われる理由が思い付かない。どう言うことなの?


「お姉さんとも、このゲームするの?」とりあえず会話を試みる。

「しますよ。……お姉ちゃんは私よりずっと強いです」

 奈乃ちゃんもこんなに殺伐としたゲームするの?


 柏木くんはなかなか戻ってこなかった。



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