第72話 文化祭の打ち上げ
羽崎正人たち2年B組のメンバーは打ち上げにレンタルスペースに来ていた。
お菓子やジュースを持ち込んでの打ち上げである。クラス会の多い俺たちはこの手の手作りパーティーが得意になっていた。
今回はテーブルを四つの島に分けてイスをギチギチに人数分押し込んだ。
柏木はメイドさんをやった女子のグループたちと同じテーブルについている。
いつも一緒にいる隣の席の佐野さんや格ゲーマーの松野はメイドさんのグループの席にいる。
委員長は今回は違うテーブルに座っていた。
と言うわけで基本ボッチの俺は適当な席に座ったのだが、格ゲーマーの彼氏が気をつかって俺の隣に座ってきた。
……いや、気をつかってくれるならもう少し会話しようよ。
宇田川はあまりしゃべらずに離れた席に座る彼女の松野の事をずっと見守っていた。過保護すぎるよな。
俺も柏木をずっと気に掛けていたので人の事は言えないけど。
メイドさんやってた女子たちに囲まれて男子の制服を着た二人はだいぶ押され気味に見えた。まあ、佐野さんとかもいるから心配は要らないだろうけど。
それでも女子の集団にたじろいで、柏木と松野が手をつないで肩を寄せ会っていたりする。
途中で委員長の号令で席のシャッフルが行われた。
俺はやはり柏木と別のテーブルになる。
「あ、羽崎だ」格ゲーマーの松野が俺の隣に座った。松野は彼氏と違って普通に話してくれるから嬉しい。
松野の彼氏の宇田川が気になって見てみたが、特にこちらを気にする様子もなく普通に同じテーブルのクラスメイトと話をしていた。
俺が彼女と話するのは別に良いんだ?
「奈乃ちゃん、昨日、機嫌悪いときあったけど、もうだいじょうぶ?」松野が心配そうに尋ねてくる。
「昨日の帰りは別にそんな事なかったな」
「高瀬のせいでしよ」一緒の席になった女子が不愉快そうに言った。
奈乃の機嫌が悪くなったのは、劇中に高瀬が他の女子と、それも佐伯とキスをした事が原因だと言うことはみんな知っている。
奈乃以外の誰も劇は見ていないが。
「奈乃ちゃんが高瀬と付き合ってるってところから納得行かないんだけど」別の女子も不満を口にした。
「奈乃ちゃんが高瀬を選んだのなら、俺たちが口出すことじゃないだろ」
「そうそう。これは奈乃ちゃんと高瀬の問題だろ?」
同じテーブルになった男子も話題に入る。
「それはそうなんだろうけど、奈乃ちゃんを傷けた事が許せないって言ってるの!」
1人の女子の言葉に誰もが黙った。それについては誰もが同じ気持ちなんだな。
「羽崎が悪いよ」別の女子が言った。
は?
「うん。僕も羽崎が悪いと思う」松野まで俺を責めてきた。
「いや、そんなこと言われても」何でそんな話になる?
「羽崎と奈乃ちゃんが付き合うのが、奈乃ちゃんにとって一番良いと思うんだけどな……」松野はしみじみとそう言った。
それは俺だけでは決められない。
「柏木の気のすむまでは好きにさせる。何かあったら俺が守るから。だから好きにさせてやってくれ」
誰からも反論はなかった。
みんな奈乃の好きにさせてやりたいとの想いも同じなんだろう。
二回目の席替えがあってしばらくした頃、柏木がスマホを手に慌ててレンタルスペースから出て行った。
俺も柏木の後から出る。
柏木はスマホを見て考え込んでいた。
「柏木、何かあったのか?」
「え?」柏木はいきなり声をかけられて驚いていた。「あ、羽崎……」
「急ぎの用事か?」
「いや、急ぎじゃないみたいなんだけど……」
「江島からか?」
「……ああ」
「今すぐ行きたいのか?」
「え? ……いや、抜けたくない」
「委員長に終わりを早めるように言おうか?」
途中で抜けるのが気が引けるのなら、閉会時間を早めるしかない。柏木がそうしたいならクラスのみんなは柏木の望み通りにするだろう。
「……いや、いいよ。羽崎、俺に過保護すぎ。……でもありがとう」柏木は照れたように視線を外す。
「ん」照れた柏木が可愛すぎてつい頭をポンポンとしてしまった。
「! ……子供扱いすんな」柏木が恥ずかしがって真っ赤になる。
柏木はどんな格好していても可愛いな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
江島貴史はクラスの打ち上げに参加していた。
学校近くのカラオケ屋さん。
学校では何故かヤンキー扱いされて俺の周りに寄ってくるやつが少ない。俺、ヤンキーとは違うんだけどな。
いつものメンバーと一緒にいた。クラスでつるんでいる二人と軽音部の友達。
「なあ、江島のバンド、高瀬に柏木って豪華だよな。二人とも有名人じゃん」
「二人ともむっちゃ可愛いんだが。お前どこで引っかけてくんだよ。ハーレムか? ハーレムでも作るつもりか?」
クラスでつるんでいる二人が訳のわからないことを言ってきた。
とりあえずどこから突っ込むべきか?
俺のサークルはバンド形式じゃない。柏木は男だぞ。ハーレムじゃないだろ。
「あいつらの価値は見た目じゃない。確かにあいつらの見た目はライブ受けするだろうけど、サークルメンバーに選んだ理由はその才能だ」
「柏木の歌は確かに上手かったけど、高瀬は何してたんだ?」
「ミュージックビデオで映像作ってんのが高瀬だ。軽音ライブの時の照明も全部高瀬だ」
「え? それって凄いのか?」
「むちゃくちゃ凄いだろ!」
フロントの柏木以外、その凄さが伝わりにくい。
「あんな美人と知り合いとか、めっちゃ羨ましー。どっちか紹介してくれ」
「やだよ」
柏木と高瀬は付き合ってるんだが、これ言っていいのか?
さっきから黙って聞いていた同じクラスの軽音部の友達に助けを求めるように視線を移した。
軽音部の友達は小さく首を横に振った。
これは言わない方がいいのか?
いや、そもそも柏木は男なんだが、紹介してどうするんだ?
「高瀬のクラスもここで打ち上げしてたらしいぞ」クラスの一人が借りている部屋に戻ってきたときにそう言っているのが聞こえてきた。
トイレか何かで部屋から出たときに、高瀬のいるC組の連中が帰るところに出くわしたらしい。
「見に行こうぜ」俺の連れがそう言って立ち上がった。
何でわざわざ?
「江島、高瀬の知り合いなんだろ。挨拶に行こう」
いや、何でわざわざ挨拶に行かなければならないんだ?
……ああ、俺が高瀬と挨拶するところに割り込んで高瀬と話をしたいのか?
何でそんな事に巻き込まれなければいけないんだと思ったが、そのままこっそり帰ろうと思い直して荷物を持って外に出た。
軽音部を含む連れ三人と出口に向かう。
「自分で持つから、返して!」
高瀬の切羽詰まった声が聞こえた。
「おい、お前らうるせーぞ。何やってんだ?」
高瀬が涙目になっていた。
「いや、高瀬さんの荷物が重そうだから持ってあげてただけだよ」男子生徒が言った。
「えらい大荷物だな。何だ?」
「私が持ち込んだ照明機材よ」
何が起きていたのか理解した。血の気が引くような暴挙だった。
「一流は自分の道具を他人に触らせないんだよ。返せ」
ぶん殴るわけにはいかない。殴って転倒でもしたら、こいつが持っている高瀬の機材が壊れるかも知れない。
「帰るぞ、高瀬。来い」高瀬を連れ出す。「俺、ここで帰るわ。またな」荷物を持ってきていたのでそのまま帰る事にする。
「おう、またな。高瀬さんもまたね」軽音部の友達が俺に挨拶を返した後、高瀬に声をかけていた。
帰り道、高瀬はずっとぐずぐず泣いていた。
高瀬ほどのクリエイターなら、道具への思い入れも人一倍強いのだろう。
物の価値のわからない奴らに雑に扱われたら、悔しくて泣いてしまうのも痛いほど理解できる。
だからこそ俺は高瀬にかける言葉を持たなかった。軽々しく慰めていい事ではない。
ここは高瀬の彼氏である柏木の領分だろうか。
柏木に電話をかける。
まだ打ち上げの途中だろうか。すぐには電話に出なかった。
『柏木です!』柏木の嬉しそうな声が聞こえた。
いつもは、『奈乃です!』なのに今日は違うんだな。
笑ってしまった。
『え? え?』柏木はいきなり笑われたことに戸惑っているようだ。
「お、悪い、柏木。打ち上げか? 」
『うん。まだ打ち上げ中』
「おう。打ち上げ会場で高瀬にあった。偶然な」
『あ……、そうなんだ……』
「高瀬を家まで送って行く。終わったら高瀬ん家に寄ってやれ」
『……うん。わかった』
「おう。じゃあな」
柏木ならこれだけで事の異常さを理解するだろう。
高瀬の家まで送った。
想像通りいかにも金持ちって感じのでかい家だった。
「じゃあな。そのうち柏木が来るだろう」
「待って。……上がっていって」
柏木が来る前に帰ろうと思っていたのに、高瀬に引き留められる。
きっと柏木は俺と高瀬が二人っきりで高瀬の家に居る事をよく思わない。
「柏木くんが来るまで……。一人でいたくないから……」
いろんな意味にもとれるが、それを尋ねる事はしなかった。弱っている仲間を一人にさせることはできない。
柏木にはちゃんと説明しよう。
リビングに通される。
「何か飲む?」
「そんなのはいいから、顔でも洗ってこい」
高瀬はリビングから出て行った。
片付きすぎたリビングでかなり長い時間待たされた。
柏木はまだ来ない。
高瀬がリビングに戻ってきた。
泣き跡はだいぶ治まっていた。
バストホルダーで胸がなくなっていた。
白の長袖のシャツに黒のスラックス。
メイクをしていない素顔に、雑にまとめた短髪。
まるで少年のようだった。
「コーヒーでも飲む?」
「お、サンキュー」
「ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ入れてくれ」
高瀬はL字に配置されたソファーの短い方に座る。
俺は長い方に座っていた。
しばらく黙ったまま、二人でコーヒーを飲む。
黙っているのも気まずいので何か話題を振ろうかと考えて、家族の話題だけは避けた。
「最近、ちゃんと寝てるか?」
「昨日は寝たわよ」
昨日以外は寝てないのか。少なくとも軽音ライブの前日は寝てなかっただろうな。
「作業が乗ってくると気づいたら朝になってる事はあるけどね」
「お、そうだな」わかる。
「曲ができたら私たちのチャンネルで動画をアップしても良いかしら?」
「でき次第だろ」高瀬ならきっと処女作からそれなりのものを作ってきそうだった。
それから音楽の話をした。高瀬と音楽の話をするとつきることがない。
高瀬は今まで積極的に音楽に触れてこなかったらしい。曲の知識はあまりない。音楽の理論なんかもほとんど知らない。
それでも今は俺と技術的な話なら対等にできる。
ちょっと前まで打ち込みの意味さえ知らなかったのにな。
しばらくしてから柏木がやってきた。
いや、しばらくではなかった。かなり遅くに柏木がやって来た。
高瀬と音楽の話で盛り上がって、時間が経つのを忘れていただけだ。
「江島くん!」男子の制服を着た柏木が嬉しそうに俺の名を呼んだ。
「おう、柏木。お疲れ。軽音部の片付け行けなくて悪かったな」
「ん、俺も余り役に立たなかったよ。ほとんど終わっていたから」
「そうか」
「そういえば高瀬にも礼を言ってなかったな」高瀬を見る。「片付けも高瀬が中心でやって貰ったのだろ? ありがとう。あと、手伝えずに悪かったな」
「いいわよ。楽しかったから」
かなりの力仕事も有ったと思うが、平気なんだ?
「高瀬さんは力持ちだから」柏木が笑いながら言った。
おい、女子に力持ちとか言って大丈夫か?
「柏木くんよりはね」高瀬も笑いながら返す。
反撃された柏木が微妙な顔をした。
仲いいなこいつら。
「何で笑うのさ」柏木が俺に膨れっ面を見せる。
笑ってしまった。
「じゃ、俺帰るわ」
「え? 帰るの? ……俺も帰ろうかな」
俺が帰ろうとすると、柏木も一緒に帰ろうとした。
「柏木は残れ」
「え?」
「高瀬が落ち込んでいたから呼んだんだ。慰めてやれ。お前彼氏だろ」
柏木は何か複雑な表情を見せた。
何故か高瀬も微妙な顔をしていた。
何だ? 俺変なこと言ったか?
______________
読んでくれてありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます