第69話 クラスの人気者
高瀬雪穂は舞台衣裳を学校指定のジャージに着替えて第一体育館に入った。
「お疲れ様です」軽音部の人達に挨拶する。
「お疲れー。……ジャージ?」
軽音部の人達は私を見て不審な顔をする。
「ええ。ちょっとセッティングを変えたくて」
「……え? 今から?」
「江島くんが来てから説明したいのだけど」とりあえず、サークル代表の江島くんを待つ事にする。江島くんが代表ということは決めたわけではないけど、何となくそういう事になっている。
「お疲れー。お、高瀬、早いな。クラスは良いのか?」
「ええ」片付けは他の人に任せる。どのみち私は何もさせてもらえないから。
文化祭前日の準備のときも何もさせて貰えなかった。
「高瀬さんは主役なんだから雑用なんかしなくていいよ」
「それ重たいから、俺が持つよ」
「高瀬さんに裏方なんかさせられないよ」
そう言って私のしたい仕事は全て取り上げられた。
せっかくの舞台なんだから、音響や照明は是非やりたかった。舞台美術にも興味があった。
彼等、一部の彼女たちにとって裏方の仕事は私がするような事ではないらしい。どうやら彼らは私に何かアピールをしているようだ。頼りになるとか、優しいとか、そんな評価が欲しいのかしら?
私がミュージックビデオの映像作家として動画を公開していることを知っていると思うのだけど?
ライブでビジュアルディスクジョッキーとして映像や照明を扱っているのを知っていると思うのだけど?
もしかしたらDJブースで何をしていたのか解っていなかったのかしら?
私が嫌がっている主役を押し付けて、私がやりたい裏方の仕事を取り上げる。
それで私の好感度が上がると思っているの?
善意だからといって、我慢する気にはなれなかった。
彼らは自分達に都合のいい『私』を押し付けて、私の事を理解する気なんか無いんだ。
すぐにクラスから外れて軽音部の準備に参加した。彼らはすぐに私の技術と知識を認めて、セッティングを任せてくれた。
そして文化祭初日。
「高瀬には音響とか照明させた方がよっぽどいい舞台になるのに。お前のクラスの奴ら、バカしかいないのか?」
その言葉を聞いたときに涙が出た。
私はもう我慢したくなかったのだろう。
「美人」とか「可愛い」とか、「格好いい」だって「格好いい男装の麗人」のニュアンスだった。
女性を誉めるような言葉で私を定義されるのには違和感しかない。
私の見た目じゃない。私は、私の才能を認めて欲しいのだ。
私は軽音部の人達に才能を認めて貰えて嬉しかった。だから何か軽音部の人達の役に立ちたいと思った。
私にできること。
それはVJしか思い付かなかった。
「全部のバンドの照明を私に任せてくれませんか?」
軽音部の主要メンバーと江島くんが揃ったときに、私はそうお願いした。
軽音部の人達はすぐに理解できなかったのか薄い反応を見せた。
江島くんはすぐに、私の負担が大きすぎることに気づいて厳しい顔をした。
最初は軽音部の人達に恩返しがしたいだけだった。でも今は私の才能を、わかる人にだけでいい。見せつけたい。
「高瀬の好きにさせてやって貰えませんか?」江島くんは軽音部の人達に頭を下げた。
それからみんなに手伝ってもらってセッティングの変更をする。時間が限られているので最低限の変更で済ませる。
MIDIの割り振りは昨日のうちに徹夜で済ませた。学校に来てから、午前中にこっそりと隠れて少しだけ寝た。
セッティングが終わって最後のブリーフィング中に奈乃ちゃんがやってきた。
すぐにでも奈乃ちゃんのところに行きたかったけど、打合せを優先させる。
男性用の制服に着替えた。バストホルダーで胸を潰す。
今日はこれが私の戦闘服だ。
「高瀬、円陣組むぞ」江島くんが私を呼ぶ。
今日二回目の円陣。
「高瀬、柏木。ぶちかませ」
そのつもりよ。
江島くんと、そして奈乃ちゃんと拳を合わせる。
良かった。奈乃ちゃんは機嫌を直している。
私は奈乃ちゃんに微笑みかける。
奈乃ちゃんは高揚した表情で笑い返してきた。
楽しいライブにしましょうね、奈乃ちゃん!
照明を落とす。
私と江島くんは暗いステージに登る。
ブースに入ってヘッドホンを片耳に当て、江島くんと目を合わす。
江島くんはヘッドバンキングでカウントを取り、BGMから大音量のイントロに繋げた。
同時に私も一斉に照明の信号を送る。
体育館が歓声で割れた。
更に曲を繋げる。
奈乃ちゃんがマイクを持ってステージに飛び出してくる。楽しそうに踊りながら観客をあおる。
いつの間にダンスの練習なんかしたのかしら?
今日は3曲。最後に前回のライブハウスでもやった、三人でパートを移しながら歌う曲で閉めた。
奈乃ちゃんは歌いながら振り返って、私とそして江島くんに笑いかけた。
文化祭ステージなんて普段ライブなんか見ない人や、ましてハードコアなんて聴かない人ばかりだからそんなに盛り上がらないだろうと思っていたけど、予想に反して凄い盛り上りを見せた。
あっという間のステージだった。
奈乃ちゃんが笑顔でお辞儀をする。
割れんばかりの拍手。
照明を落とす。
音響と照明の操作権限をPAブースに移してMIDIケーブルを抜く。
インターフェースを持ってステージから降りた。
「後でね」私は奈乃ちゃんと江島くんに声をかけてPA席に移った。
二人はもう出番はない。
体育館後方に作ったPA席では軽音部の音響担当の男子が待っていた。部で一番音響に詳しい人らしい。
この先は彼に手伝って貰いながら私が音響も照明もする。
「最高にグルービーだった!」彼は興奮しながら私を迎え入れる。
「ありがとう」人に褒められて嬉しいと思ったのは久しぶりな気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
江島貴史はPAブースに移動する高瀬を見送った。
俺たちの出番は終わった。高瀬にはまだ仕事が残っている。俺や柏木では代われない仕事だ。
「江島くん! 観客席に行こうよ!」柏木がステージの興奮が冷めやらぬテンションで俺を誘った。笑いながら手を差し出してくる。
何だ。やっぱり手をつなぎたいんじゃないか。
手を取ると柏木は俺を引っ張って駆け出した。
「おい、柏木。走るな」
「早く! 早く!」
観客席に降りても柏木は俺の手を引いてステージ前列を目指す。
観客をかき分けて進む。
「あ、柏木じゃね?」
「マジで女みたいだな」
「ちょっと可愛くない?」
「あいつら手つないでないか? ホモかよ!」
不躾な好奇心と、それに混じって揶揄する言葉が耳に入る。
まあ気にしないが……。
柏木はライブに気を取られて周りの声が聞こえていないのか?
……そんなわけはないか……。
ステージの前には柏木のクラスの奴らが陣取っていた。
「奈乃ちゃん! すごい、すごい! すっごく可愛かったよ!」
「かっこ良かったよ、奈乃ちゃん!」
女子が柏木に抱きついてくる。
柏木は俺の手を離してハグを返す。
みんなに誉められて嬉しそうに男女関わらずハグをする柏木を見ながら、やっぱこいつは人気者なんだな、と思った。
柏木を取り囲む人だかりから弾かれたおとなしそうなクラスメイトを見つけると、柏木は自分からそのクラスメイトにもハグをしに行く。
柏木がクラスのみんなが大好きと言っているのは口だけではないらしい。
これはクラスの人気者になるわけだ。
俺にはマネできない。
二組目のバンドの演奏が始まる。
柏木はステージの上と変わらないテンションで飛び跳ねながら踊る。
つられて柏木のクラスの奴らも踊り出す。
こいつら最高の観客だな。
二組目が終わって次のバンドの入れ換え中。
柏木はクラスの奴らと楽しそうにはしゃいでいる。
俺は羽崎と、その隣にいるたまに話すようになった女子を見つけた。前にファミレスで俺たちのMVを誉めてくれたやつだ。
「おう、楽しんでるか?」
「楽しんでるよ。MVも良いけど、生だと迫力が違うね。江島の曲、ノリが良くてアガルね」女子が俺に答えた。
「お、そうか」これは嬉しい。
俺と怖がらずに話してくれるだけで貴重な女子だ。
「ライブだとミュージックビデオやCDとは違って一体感があるよな。やっぱお前らのパフォーマンス、センスあるな」羽崎の評価も高くて驚いた。
いや、高評価なのは嬉しいんだが、普段俺をにらんでくるし嫌われているのかと思っていたのだが……。そうでもないのか?
「……何だよ?」
「いや……」
「さっきのバンドの照明も高瀬なのか?」羽崎が話題を変える。
「わかるのか?」驚いた。照明を見ただけでエンジニアが誰かわかるのか?
「ん? こんなセンスのいい照明できる奴は何人もいないだろ?」
「……」
「何? 何か俺変なこと言ったか?」
「いや……。お前ら高瀬の事嫌いなのかと思っていたから」
「嫌いだよ」
「嫌いよ」
羽崎も女子も即肯定した。
……、いやわからん。やっぱこいつら変わってんな。
「嫌いな奴の作った曲だからって、曲まで不当に貶したりなんかしないわ」女子が心外だって声音でそう言った。
それは正しいんだろうけど……、それって……。
「なあ……。もしかしてお前ら俺の事も嫌いか?」
二人は困ったように顔を見合わせ、そして黙ってしまった。
俺、何か嫌われるような事したか?
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