第67話 奈乃ちゃんと修斗くんの撮影会

 

 羽崎正人は教室の前で奈乃の帰りを待っていた。

 教室の前では、呼び込みのメイドさんが楽しそうに通りすがりの生徒と話をしている。


 2年C組のクラス劇の時間に一気に人通りが減った。ほとんどが外部の客になった。

 そして2年B組のメイド喫茶は盛況になった。


 劇の時間、多くのクラスが休憩に入ったので、その時間に営業していたメイド喫茶に客が流れてきたのだ。


 高瀬雪穂が主演をしている。それだけなんだけどな。


 人通りが戻ってきた。劇が終わったのだろう。


 しばらくして奈乃が帰って来た。……江島貴史と手をつないで。


「羽崎ぃ、ただいま」奈乃はそう言ってあっさりと江島の手を離し、俺の後ろに隠れた。そして俺のシャツの裾をつかむ。


 江島は困ったように苦笑いを浮かべた。


「江島、何かあったのか?」

 奈乃は拗ねているのか?


「あー、劇で高瀬のキスシーンがあったんだ。ジュリエット役の女の子とホントにキスしていた」


「ジュリエットの役って、佐伯よね」帰って来た奈乃を迎える為に近づいてきたメイドさんがそう言った。その声は怒りを含んでいた。


 佐伯志歩か。前に奈乃に暴言をはいた高瀬の友人。

 当然B組では誰もが知っている名前だ。そして高瀬以上に嫌っている。


「柏木、怒っているのか?」背中に隠れている奈乃を振り返りながら訊ねる。

「別に……」俺を見ずに、明らかに拗ねた声で返事した。


「劇で女の子同士でキスしたぐらいで拗ねるなって言ったんだけどな」江島が困ったように言った。


 はあ?


 ……、何を言ってるんだこいつ?


 江島を見る。本当にそう思っているように見えた。

 もう一度奈乃に視線を戻すと、奈乃はさらに不機嫌そうな顔をした。


 拗ねているのは江島にか……。


 自分の彼氏が他の女とキスをしたら怒るに決まってるだろ……。

 ……俺が勝手に江島の勘違いを指摘するわけには行かない。


「柏木、ライブでそんな拗ねた態度見せんなよ」江島は不機嫌な顔を見せた奈乃につられてか、同じく不機嫌そうに強く言った。

 何でこいつはいちいち威圧的なんだ!


 奈乃がビクッとして怯えた顔を見せた。


「おい、江島!」俺は反射的に怒鳴っていた。

「あ?」

「柏木を怖がらせるな! 何でお前はそんな言い方するんだ!」

「当たり前の事言っただけだろ!」

「お前の当たり前を柏木に押し付けんな!」

 江島の硬直した常識では奈乃が拗ねている理由にたどり着けない。


「待って! 羽崎!」奈乃が叫んで俺に後ろからしがみついてきた。「羽崎、怖いよ……。怒鳴らないで……」


 ……俺だって奈乃を怖がらせたい訳じゃない。黙るしかなかった。

 江島もバツが悪そうな顔をして口を閉じた。


 クラスのみんなが険しい顔で俺達を見ていた。無関係な客が突然の出来事に言葉を失っていた。


 いつの間にか委員長と宇田川が俺の後ろに立っていた。荒事になったら加勢する気満々の顔つきをしている。

 頼りになる味方だが……、江島以上に怖いんだけど。


「羽崎、江島くんは音楽に対して真剣なだけなんだよ。だから……、江島くんを悪く言わないで」俺にしがみついて、背中に顔を埋めたまま奈乃が言った。

 俺は息を吐いて怒りを押さえ込む。


「悪い、江島。怒鳴って悪かった」納得行かないが、怒鳴ったことだけは謝る。

「お、おう。……お前ら柏木に甘すぎだろ」

 大きなお世話だ。


「江島くん」奈乃はしがみついていた手を離して江島を見る。「ライブのときはちゃんとするから、心配しないで」


「……おう。……俺と高瀬はこれからセッティングに入るが、柏木は直前でいいからな」

「うん」


 江島は去って行った。



「柏木、仕事できるか?」

「うん。するよ」やっと奈乃が俺と目を合わせた。

「そう」俺は奈乃に笑いかける。

「えへへ……」奈乃もぎこちなく笑い返してくる。

 奈乃はメイドさんをやりきるつもりのようだ。


 ライブまで後2時間。メイド喫茶は後1時間で終了して片付けに入る。クラス全員で奈乃のライブを観るために。



 メイド喫茶の残りの営業時間、奈乃は楽しそうにしていた。


「これをもって2年B組のメイド喫茶を終了する」委員長が宣言した。

 クラス全員から拍手が起こった。


「奈乃ちゃん、お疲れー」奈乃は近くにいたメイドさんに抱きしめられて頬ずりまでされていた。

「えへへ」奈乃は嬉しそうだ。


「私も奈乃ちゃん抱きしめる!」他のメイドさん達からもハグされていた。

 ついでに男子からもハグされていたが、奈乃は始終嬉しそうだった。


「写真撮ろう!」

 そのまま記念撮影大会になる。


 奈乃と松野のペアモデルの撮影会になる。二人で可愛いポーズとか、際どいポーズとか、リクエストされるままにポーズをとる。

 馴れない松野が恥ずかしがってアワアワするのを、奈乃がお姉さんぶってリードする。

 何か微笑ましい撮影会になった。


 何で奈乃はこんなに撮影慣れしてるんだ?


「委員長! 一緒に撮ろ!」

 奈乃に呼ばれた委員長が奈乃と松野に挟まれて写真に写る。

 奈乃にポーズをリクエストされて何枚も撮った。


 委員長は今回も働き詰めだったから、これくらいは役得だろうか。


「羽崎ぃ。……一緒に撮りたい」さっきまでテンション上がっていた奈乃が、一転してしおらしく誘ってきた。

「いいよ」俺は微笑んで奈乃の隣に立つ。

 ポーズも取らずただ並んで立っているだけの写真。

 それでも奈乃は嬉しそうだった。


「修斗くんも一緒にいい?」二人で写真を撮った後、奈乃は松野も誘う。三人で並んで撮った。


「宇田川くんも撮ろうよ」俺と写真を撮った後、奈乃は宇田川を誘う。

「俺はいいや。奈乃は羽崎と撮ったからもういいだろ」いつもの様式美だった。

「ヒロくん、撮ろうよ」松野が彼氏にねだった。

 彼女のおねだりに逆らえる宇田川ではないので、ふんっ、て顔をしながら奈乃と松野の間に収まった。


 そのあと松野と宇田川は二人で何枚も写真を撮ってもらっていた。


 見るとそこらでカップルが写真を撮っていた。いつの間にこんなにカップルが成立していたんだ? これが文化祭マジックか?


 みんなとの撮影が一段落した奈乃が俺の隣に来た。

「メイド喫茶は楽しめたか?」

「ん……、みんな楽しんでくれたかな?」

 そうだったな。奈乃は自分が楽しむためじゃなくて、みんなに楽しんでもらうためにメイドしてたんだな。


「ああ。楽しかったな」

「そう?」奈乃は俺を見上げて、今日一番の笑顔を見せた。



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