第64話 ミイラ男とメイドさん
「ぐわっー」江島貴史はそれなりのテンションで来客の前に飛び出した。
「きゃー!」複数の黄色い悲鳴が暗闇に響いた。
クラス展示のお化け屋敷だ。
俺にとっての文化祭は明日の軽音部のステージがメインだ。だが、クラス展示の協力をしないつもりもない。お化けの係りは、実はちょっと楽しい。
たまにガチで怖がられるのは、お化けが怖いからだよな?
「あ、江島くん」目の前の高瀬が平気な顔で声をかけてきた。
さっきの悲鳴の出所は、高瀬の後ろに隠れている女の子達らしい。
もう一人、高瀬の後ろに隠れていない女子生徒がいた。
よく高瀬といるやつだ。前に俺や柏木をにらんできたやつ……。
今日も俺をにらんでくる。……何でだ?
高瀬以外は普通に制服を着ているのに、高瀬だけが明日の劇の衣装を着ている。
王子さまに守られるお姫様達、の構図だった。
高瀬は男装したくないと言っていた割に、女の子達を侍らせてそれほど悪い気はしていないように見えるのも意味がわからない。
「お、来てくれたのか。サンキューな」
「ええ。……それは何?」
「あ? ミイラ男だろ」
「……包帯を適当に巻き付けただけにしか見えないわね……」
「十分だろ」
高瀬は呆れた顔をした。
いや、お前のロミオが本格的すぎんだよ。
「柏木のとこには行ったか?」
「行ったわ」
「何もなかっただろ?」
「ええ。……ありがとう」
俺に礼を言うことでもないだろ。
俺が笑いかけると高瀬も微笑みを返してきた。
やっぱ、こいつ美人だよな。今は男装してるけど。
「じゃあ、またな」俺には次の客を脅かすという任務がある。
「ええ、またね。江島くん」高瀬は軽く手をあげて挨拶をしてから先に進んだ。
後ろに隠れていた女子生徒達は俺と視線を合わせもせずに高瀬の後ろに隠れてついていく。
一人だけが俺をにらんでから、みんなについて行った。
何であいつはいつも俺や柏木をにらむんだ?
「ぐわー」何人目かの客に程々のテンションで脅かしに行く。
柏木が一人、平気な顔で俺を見ていた。
すぐに俺だと気づいたらしく、「きゃー!」と可愛らしく叫んで俺にしがみついてきた。
いや、おかしいだろ!
何でお化けに驚いて、お化けにしがみつくんだよ!
俺だとわかってからしがみついてきたよな?
「おい柏木。わざとらしいフリはやめろ」
「えー、すごく怖かったよ?」柏木はしがみついたまま顔だけで俺を見上げる。「その、……えーと……」
「ミイラ男な」
「ミイラ男! すっごく怖い!」
「……そうか?……」
「うん、カッコいいと言うか、可愛いって言うか……。とにかくすっごく怖い!」
いや、怖いにつながる形容詞じゃないよな?
「お化け屋敷怖いから、出口まで連れてって」柏木は俺にしがみついたままそう言った。
ここまで一人で来といて? たかが文化祭の出し物なのに?
「いいぞ」
そう言うと柏木は嬉しそうな顔をしてもっとしがみついてきた。
文化祭でテンション上がってんな、こいつ。
出口までの道のり、何かある度に、「きゃーきゃー!」と楽しそうに叫んで俺にしがみついてくる。
お化け役のクラスの奴らの方が驚いていた。
出口の扉の前で柏木は立ち止まる。
「ねえ。写真撮ってもいい?」柏木はスマホを取り出す。
暗いお化け屋敷の中で二人顔を寄せあって写真を撮った。
フラッシュが眩しかった。
俺の手の長さでは二人の顔の辺りしか撮れていない。
これではせっかくのミイラ男の衣装やメイド服がよくわからない。
「外で誰かに撮ってもらうか?」
「え?」
何故か柏木はためらった。
?
「来い」俺は柏木に手を差し出す。
やはり柏木は躊躇して手を取らない。
さっきまで俺にしがみついてただろ?
「柏木、とっとと来い」
「……うん」うつ向いて俺の手をそっと取った。
柏木の手を握り返して、扉を開ける。
外は眩しかった。
「え?」外に出ると周りの驚いたような声が聞こえた。
「おい、江島。何、お化け屋敷で女引っかけてんだよ!」
「お前、仕事しろよ。ふざけんな!」
客引きをしていた、普段から俺とよく話をする連れが二人、俺に食って掛かってきた。
はあ?
あまり話のしないクラスの奴らは俺を遠巻きに見ているが話しかけてこない。
未だに俺、怖がられてんな……。
「お前、いつの間にこんな可愛い子と仲良くなってんだよ!」
「彼女か? え? 付き合ってんのか?」
何言ってんだこいつら?
「柏木だ」
「え?」
「B組の柏木。ライブで見ただろ?」
「……あ……。え? まじで可愛いんだけど……」
「B組、メイド喫茶か……。俺行くわ!」
「あ、俺も行く」
騒がしい連れに戸惑っているのか、柏木は手を強く握って俺の後ろに隠れている。
「おい。写真、撮ってくれ」俺は柏木のスマホを押し付ける。
「おい、柏木。写真とってもらうぞ」
隠れている柏木を横に並ばす。
撮ってもらった写真を確認する。
ミイラ男の正しい写真の取り方がわからなかったので、とりあえず怖い顔をしといた。思ったより威圧的な写りだった。
メイド服の柏木は俺と手を繋いだまま恥ずかしそうに突っ立って写っていた。
「何で手つないでんの?」
「あ?」
男同士で手をつなぐのは変か?
柏木が慌てて俺の手を離そうとする。
俺は柏木の手を強く握って離させなかった。
誰かに言われてやりたいことを我慢することはない。
おかしいかおかしくないかは、柏木が決めればいい。
「別にいい……かな……」俺がにらみつけると、連れは引いた。
俺の性格をわかってくれているから、いらんケンカをしないで済むので助かる。
「クラスに戻るから」柏木が名残惜しそうに言った。
俺もお化け屋敷に戻らないとな。
手を離す。
「柏木、後でメイド喫茶行くから」俺の連れが声をかける。
「うん。来てね!」柏木が笑顔で答えた。
柏木が手を振って挨拶してから、自分の教室に戻る。
廊下の先に柏木の友達がいた。確か羽崎って名前だったな。
柏木は羽崎と合流して楽しそうに何か話ながら帰っていく。
途中、羽崎が振り返って俺をにらんだ。
何か俺、そこらじゅうの奴らににらまれんな?
俺、何かしたか?
羽崎は俺の曲、誉めてくれてたよな?
……全然わからん。
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