第63話 奈乃ちゃんのメイド服

 

 羽崎正人は暇をしていた。

 クラスのメイド喫茶は、準備が終わればメイド服を着た女子しか仕事がない。

 メニューも簡略化したからバックヤードの仕事はほとんどなかった。


 それでも俺は教室に残った。

 奈乃を一人にするのには抵抗があったからだ。

 クラスのみんなの事は信頼している。奈乃を傷つけるような事はしない。


 だがよそのクラスの奴らや、外から来る客はわからない。


 奈乃はクラスの役に立ちたい。その宣言通り頑張っていた。休憩も取らずにずっと接客していた。


 女の子の格好をしているときの奈乃は人見知りをする。自分に自信がないのだろう。


 そんな奈乃が頑張っている。



 高瀬が客で来た。一人だった。さすがにC組の奴らを連れてくるようなまねはしなかった。

 奈乃は嬉しそうにはしゃいでいた。

 そして高瀬が帰るまでずっと高瀬のそばにいた。


 高瀬を一人にしたら、クラスの誰かが高瀬に何かするとでも思ったのだろう。


 高瀬が帰った後も奈乃は一生懸命だった。

 そしてとても危なっかしい。

 周りのクラスメイトが絶えず奈乃の面倒を見ている感じだった。


「羽崎くん、もっとリラックスしたら?」隣の席の佐野がからかってきた。彼女もメイド服を着ている。

「俺、何もしてないけど」

「心配しすぎ。奈乃ちゃんなら大丈夫だよ。私たちがついてるから」

「心配してないって。……そう言うのは宇田川に言えば?」

「ああ……」佐野は苦笑した。


 格ゲーマーの彼氏の宇田川は俺以上に心配そうに、ハラハラしながら彼女を見守っていた。俺の隣で。

 当然俺達の会話が聞こえていた宇田川は俺達をにらんでくる。

 俺と佐野は大げさに怖がって肩をすくめ、宇田川から顔を背けた。

 佐野が面白そうに俺を見てクスクス笑ったので、俺もつられて笑ってしまった。


 格ゲーマーの松野は今日初めて女子の服を着た。

 メイクはクラスの女子にしてもらったが、ウィッグもつけてないし、奈乃よりは背が高くて体つきもしっかりしている。何よりも声が男性だった。

 よく見れば歩き方や体の使い方も違った。


 中性的な小柄な男の子がメイド服を着ている感じだった。


「あれ? 男の子?」

 松野が接客している上級生らしい二人連れの客が驚いたように言った。

「男の娘?」もう一人も面白そうに言った。

 二人とも別に悪意とかはなさそうで、文化祭らしい出し物だと好意的に思っているようだった。


 それでも松野はうまく返せずどもってしまった。

「違いますよー」近くにいたクラスの女子が割り込んだ。

「いや、男の娘でしょ?」

「違います」

「でも」

「違います」

「……あ、はい」


 クラスメイト達は、委員長が言った「女装喫茶と言うな」を「女装喫茶と言わすな」まで拡大解釈しているようだ。


 松野は落ち込んだ様子で俺達のところにやってきた。

 彼氏は黙って彼女の頭を撫でた。


「修斗くん」奈乃もやってくる。

「奈乃ちゃんー」松野は甘えたように奈乃の名を呼ぶ。

 奈乃は松野を抱き締めた。


「奈乃ちゃんみたいにはいかないよー」

「修斗くん、とっても可愛いよ!」

「むぅー」

 奈乃がお姉さんぶってる。いや、お姉さんぶる奈乃も可愛いんだけどな。


「こ、これは……」

「尊い……」

 二人を見て、クラスメイト達が何か呟いていた。

 何言ってんのお前ら?


 いつの間にかクラスのみんなも、客も、黙って奈乃達を呆けた顔で見ていた。

 そういう出し物じゃないぞ。


 格ゲーマーの彼氏は不機嫌そうに俺をにらんでいた。

 だから俺に当たんなよ!




「江島くん!」

 江島が何人か連れてやってきた。

 奈乃が嬉しそうに走り寄る。


「柏木くん、メイド服似合ってるね。可愛いよ」

「ライブの時はカッコよかったけど、今日は可愛いな」

「ライブよかったよ。歌、すごくクールだね」

「有効音域どれだけあるの?」

「普段からボイトレしてるの?」

「ハードコア以外は何聴いてるのですか?」

 どうやら軽音部らしい。ライブの時に見たことある気がする。

 3年生や1年生も混ざっていた。


 クラスの女子が給仕している間、奈乃はずっと彼らの相手をしていた。

 最初メイド服を誉められていたが、直ぐにライブやMVの話題になっていた。

 歌を誉められて嬉しそうな奈乃以上に、江島が得意気な顔をしていた。

 江島の傍らでニコニコしながら愛想よく受け答えする奈乃を見ていると、何かムカムカする。


「コーヒーうまかった。サンキューな」帰り際、江島は佐野に礼を言った。

 江島は佐野の事を認識しているようだ。


 それから江島は俺達のところに来て、「おう、頑張ってんな。盛況じゃないか」と話しかけてきた。

「お陰さまで」委員長はにこやかに相手をする。

 俺は、「まあな」とだけ言った。

 江島は俺の愛想の無さにちょっとたじろいでいた。


 そのときに委員長は江島に何か確認しているようだった。




 その後も奈乃は休まずに働いた。

 休息は、昼にクラスメイト達が模擬店で焼きそばやたこ焼き、フランクフルト、ポテトにジュースと奈乃へ差し入れをした昼御飯を食べたときぐらいだ。

 だからお前ら買いすぎだ。


 格ゲーマーは疲れ果てて、彼氏に買ってもらったお好み焼きを、あーんして食べさせてもらっていた。

 ごちそうさまだよ!



 午後も奈乃は楽しそうに働いていた。

「奈乃ちゃん」しばらくしてから委員長が奈乃を呼んだ。

「何? 委員長」

「そろそろ休憩に行っておいで」

「私は大丈夫! まだ元気!」奈乃が全く力こぶのできないガッツポーズを決める。

 あざとくて可愛いな、おい。


 奈乃が元気に頑張る分、クラスの女子たちがフォローで大変になるんだけどな。

 奈乃と松野の面倒を見ながら接客するメイドさん達には敬意しかない。


「少しの間でも良いから休憩しておいで」

「ん?」

「E組のお化け屋敷、この時間は江島くんが当番らしいよ」

「行ってくる!」奈乃は食い気味に返事した。

 そして、あ、て顔をする。不安そうに周りを見渡す。

 クラスメイト達は微笑ましいものを見るような目で奈乃を見ていた。


 それから奈乃は俺を見る。

 俺も微笑んで奈乃と目を合わせる。


 俺は奈乃のやりたいことをジャマするつもりはない。

 江島は気に入らないけどな。何せ江島は奈乃に好かれている。別にそれ以外で嫌うところは無いんだが、それだけでも十分な理由だろ?


「いいよ。行っておいで」

「うん」奈乃は嬉しそうに笑った。


「行ってくるね!」奈乃は周りのみんなに声をかけて小走りで教室から出ていく。


「羽崎、ジャマはするなよ」委員長が奈乃を見送りながら言った。

「ああ」俺は委員長に返事して奈乃に続いて教室を出る。

 委員長は、奈乃を一人で教室から出すのは心配だからついていけと言った。でも奈乃のやりたいことのジャマをするなとも。


 言われなくてもそのつもりだ。



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