第60話 サークル活動

 

 江島貴史は柏木奈乃と高瀬雪穂を自宅に呼びつけた。文化祭の打ち合わせのためだ。


 日曜日の昼過ぎ。

 柏木と高瀬が揃ってやってきた。

「江島くん!」柏木が嬉しそうに挨拶する。

「おう」

「こんにちは、江島くん。おじゃまします」高瀬がすまして挨拶する。

「いらっしゃい。あがれ」


 柏木は今日もイケていた。

 白のパンクバンドのライブTシャツ。このバンド知ってるのか? 皮のレディースのジャンパー。チェーンがついている。ジャラジャラさせるの好きだよな。

 黒の膝上スカートに黒のレギンス。ハーフの黒のブーツ。

 黒のチョーカーをつけている。両耳にピアスといつものカフを右耳に。

 長い髪をポニーテールにして黒のリボンで結んでいた。

 可愛い感じにまとめている。

 ……これ、格好いいの目指してんのか?


 高瀬は休日のやんちゃな少年だった。

 ジーンズに裾丈の長い白の長袖Tシャツ。フロントに派手なイラスト入り。

 黒に袖だけ白いスタジャン。これも派手なイラスト入りで腕にもデザインが入っている。

 短髪は雑に手櫛で流した感じで、派手なベースボールキャップを被っていた。

 雑な普段着に見せかけたお洒落着だった。公共施設のデカいガラスの前で踊ってるやつらみたいだな。


「お前ら……、とんがってんな……」

 俺も押しの強いファッションは好きだが、この二人のファッションのこだわりにはかなわない。

 柏木は女にしか見えないし、高瀬も男にしか見えない。高瀬は今日もバストホルダーで胸を潰していた。


 二人を部屋に通す。

「高瀬はしゃべり方、変えないんだな?」

「え?」

「柏木はファッションに合わせてしゃべり方や声も変えてるだろ?」

「あ……」高瀬は柏木を気にするように視線を動かしてから、「声がね……」と言った。

 女の声では男みたいなしゃべり方は似合わないって事か?


 柏木は話に加わること無く、いつものように床に正座した。


 高瀬は早速持ってきたノートパソコンを机に置いて起動する。

「軽音部のレンタルした照明機材は全部インストールしたんだけど、ショボいのよね」

「ムチャ言うなよ。ライブハウスみたいにいくかよ」

「VJ専用のMIDIコントローラーすら無いのよ?」

「文化祭のステージに何を期待してんだ?」

「だから買ったわ」

「はあ?」

「照明も追加レンタルした」

「……金持ちかよ」

「大して高くないわよ?」

「一つ一つはそんなに高くないけどな」

「それで、これが照明リスト」

「どんだけ借りたんだよ!?」

「お小遣いだけは使いきれないくらい貰ってるから」

「……」

 自慢には聞こえなかった。むしろ自嘲に聞こえた。

 柏木を見る。

 柏木は退屈なのか、そっぽを向いていた。


「軽音部の人に使ってもいいって伝えておいて」

「お、サンキュー。て、お前も軽音部な」

「あ、そうだったわね」

 俺たちは文化祭ステージに出るためだけの幽霊部員だけどな。

「軽音部にはVDJできるやついないけどな。これだけの照明使いこなせるやつもいないだろ」

「つけっぱなしでも、それなりに見えるでしょ?」


 文化祭のセトリと機材の打ち合わせをした後、通常のサークルの打ち合わせもした。

 文化祭の準備と平行して動画の作成もしている。こっちがメインだから、制作ペースを遅らせるわけには行かない。寝る時間を削るしかない。


「そう言えば高瀬、自分の曲も作ってんのか?」

「サークルのMV優先しているから心配しないで。タイムテーブルは守るわ」

「おう……。あんまムリすんなよ」

「……ええ」

 こいつも睡眠時間削ってるな。


 柏木はずっと退屈そうだった。この手の打ち合わせに柏木はいなくてもいいんだが、俺が高瀬と二人っきりになるのはまずい。柏木が嫌がるからな。

 自分の彼女が他の男と二人っきりで男の部屋に行くのを嫌がるのは、まあ普通か。




 柏木奈乃は高瀬雪穂と一緒に江島貴史の家を訪れた。

 今日は文化祭ステージの打ち合わせだ。


 玄関まで出迎えてくれた江島くんはカッコ良かった。

 灰色のプルオーバーのパーカーの襟元から白のボタンシャツが覗く。色の濃い厚手のジーンズを履いていた。

 外に出ないためかピアス以外はジャラジャラさせていなかった。



「高瀬はしゃべり方、変えないんだな?」

 江島くんが言った。ただの雑談のつもりなんだろうな。

 私が男の子の格好のときと、女の子の格好のときでしゃべり方や声質を変えていることを言っているらしい。


 雪穂ちゃんがハラハラした目で私を見てくる。

 いつもの江島くんだから気にしないよ?


 男の子が女の子の声を出すのはボイトレで何とかなったりするけど、女の子が男の子の声を出すのはそんな簡単じゃないらしい。

 私たちの事情を江島くんに知って貰う必要はないから黙ってくけどね。



「お小遣いだけは使いきれないくらい貰ってるから」

 会話の流れで雪穂ちゃんのお小遣いの話題になる。江島くんが困ったように私を見た。

 私に振られても困るよ。私だって雪穂ちゃんの地雷を踏みに行きたくはないから。

 何度も雪穂ちゃんのお家におじゃましているけど、雪穂ちゃんのご両親とは会ったことがない。



 その後も江島くんと雪穂ちゃんの二人で機材の話をしている。この手の話に私が入る余地はない。

 私はいなくてもいいのだけど、江島くんが雪穂ちゃんと二人っきりになるのは、嫌だ。



「ステージ衣装はどうするの?」雪穂ちゃんが江島くんに訊ねた。

「ああ、制服のままでいいだろ」

「? 目立たなくていいの?」

「文化祭ステージだからな。学生を前面に出した方が受けが良いだろ」

 江島くんは演出として制服を着るらしい。


 雪穂ちゃんが考え込む。

「……、私が男子の制服を着ても良いかしら?」

「はあ? ……いや、いいか。うん、構わないな」江島くんは考えながらしゃべる。そして許可をした。

 彼は音楽の事には真面目だ。


「奈乃ちゃんはどうする?」雪穂ちゃんが何かを期待する目で訊いてきた。

「え? うーん、クラスでメイドさんするんだけど……」

「メイド服は駄目だ。色物バンドじゃない」江島くんに却下された。

「……、私も女子の制服着る」

「まあ、それなら……」江島くんの許可が出た。


「奈乃ちゃんのクラス、メイド喫茶なんだ? 奈乃ちゃんもメイドするの?」

「うん、するよ」

「絶対、見に行くわ!」

「あ……、うん」

 前のめりな雪穂ちゃん、ちょっと引くのだけど……。


「雪穂ちゃんのクラスは何をするの?」

 私の問いに雪穂ちゃんの表情が曇った。

「演劇よ」

「雪穂ちゃんも出るの?」

「ええ、……ロミオをやるわ」

「あ、そうなんだ」

「男装したくない」雪穂ちゃんは辛そうに言った。

「ん? 高瀬、男装好きだろ?」

 江島くんの言葉に雪穂ちゃんの表情が強ばる。


 江島くんに悪気はないんだよ。いつも通りだね。


「私は男装なんてしたことないわ」

 そうだね。私も女装なんてしたことないよ。


 江島くんは意味がわからず、キョトンとした顔をしていた。


「江島くんのクラスは何をするの?」私は話題を変える。

「……お化け屋敷だ」

「江島くんも、お化けするの?」

「……する」

「絶対、見に行く!」



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