第59話 高瀬雪穂はロミオなのか?

 

「髪、伸ばさないの?」

 高瀬雪穂は教室でクラスメイトに声をかけられた。


 この話題は何度目だろう?


「一度短くすると、便利さが癖になるのよね」私はにこやかに答える。

「ライブの時からだっけ?」

「そうね。格好良かったでしょ?」

「ロックだから?」

「そう、ロックだから」

 ハードコアロックね。


 と言っても、私もハードコアが何かよくわかってない。ニワカだからね。

 江島くんだってハードコアと言いながら、カテゴリーエラーを平気でしてくる。


 その自由さがロックなのかしら?


「雪穂、髪伸ばそうよー。清楚なお嬢様風雪穂、好きなんだけどなー」クラスメイトが増えた。

「髪短いと、お風呂上がりが楽なのよね」

「お嬢様がメンドクサがっちゃダメだよー」

「お嬢様じゃないわよ? ほら、背も高いし」


「背が高いのもモデルみたいで格好いいのよ。おシャレに手を抜いちゃダメよ」またクラスメイトが増えた。


 いつの間にか私の席の周りを女の子達が群がっている。

 それは悪い気はしないんだけどね。


 でも、髪が長い方が良いとか、お嬢様風とか、どうしてあなた達が私を定義するの?


 どうして女の子だからって、手入れの面倒な長い髪でないといけないの?

 どうして女の子だからって、見た目のために時間を犠牲にしないといけないの?


 もやっとする。

 ああ、可愛い奈乃ちゃんを抱いて癒されたい。


 志歩と目があった。

 志歩は自分の席に座って、横目でこっちを見ていた。

 何か不機嫌そうだった。




 文化祭が近いのでホームルームの議題はクラス展示決めだった。

 何故か演劇をやることになった。古典をベースにオリジナルらしい。2.5次演劇好きな子が曲本を書きたいとの事だ。

 いや、別にそれは良いんだけどね。


「高瀬さんは背が高くて格好いいんだから、王子様よ。ロミオは高瀬さんしかないわ!」

「雪穂は美人なんだからお姫様でしょ? ジュリエットは雪穂しかあり得ない!」


 えっと……、何を言っているの?


 私が呆然としている間に、クラスの大勢はロミオ派に傾きだした。


 どう言うこと?!


「私がやるより、男子がロミオを演じた方が良くないですか? みんな王子様に相応しい格好いい方ばかりですし」

 私は反撃を試みる。


「雪穂ほど格好いい王子様はいないよ!」

 私の拒否は謙遜と受け取られた。


「高瀬さんがロミオなら、ジュリエットは佐伯さんね!」

 私と志歩が仲が良いから?

 志歩はクラスで私の次に美人だとみんなが思っているから?


「百合百合しいねー」男子が冗談目かして言った。


 百合って、女の子同士のカップルの事よね?

 やめて欲しい。


 多数決で私がロミオ、志歩がジュリエットに決まってしまった。

 志歩は満更でもない顔で私を見た。


 最悪だ。


 普段から女装させられているのに、今度は男装までさせられるの?




 ホームルームが終わって、私は教室から逃げ出した。

「文化祭でのライブの打ち合わせがあるから」そう言い訳して。

 嘘なんだけどね。

 劇の事でみんなが勝手なことを言ってくるのが耐えられなかった。


 E組に向かう。

 本当は奈乃ちゃんのところに行きたかったのだけど、私はB組の人達に嫌われている。


 江島くんはまだ教室にいた。友達と話をしている。

 入り口近くの人に江島くんを呼んでもらった。放課後にまだ残っていたE組の人達に驚かれた。

 私がE組に来るのは初めてよね。江島くんを呼び出したのが驚かれたのかしら?

 江島くんとライブをしたのは知れ渡っていると思っていたのだけど?


「おう、高瀬か。そんなとこに突っ立ってないで入ってこいよ!」江島くんは席に座ったまま私を呼びつけた。

 仕方なく中に入る。江島くんはよその教室にも平気で入ってくる。


「お、高瀬さんじゃん」江島くんといた男子生徒が喜色を浮かべた。

「お、こいつ軽音部な」江島くんが雑に紹介した。

 長髪で軽い感じ。ミュージシャンぽいと言えばミュージシャンぽいかな?


「ライブ観たよ。VJ、ライブでしたの初めて?」

「ええ」ライブじゃなくても初めてよ。

「すごいな。素材も全部自分で用意したの?」

「そうよ」

「天才か?! こいつ!」

 こいつ呼ばわり?

「だろ?」江島くんが自慢げな顔をする。

「どこから見つけてくるんだよ!」

「コネクションも才能だろ」


「あんたMVも作ってんだろ? 世界観すごいな。それを形にできる技術もすごい」

「ありがとう」

 べた褒めね。


 作品を褒められて悪い気はしない。

 容姿ならうんざりする程褒められるけどね。


「で、何の用?」

「打ち合わせに来たのよ。文化祭の」

「……そんな約束してたか?」

「してないわ」

「……機嫌悪いのか?」

「そう見えるかしら?」

「いや、機嫌悪いだろ」

 私はため息をついた。

「ちょっとクラスの人たちといたくなかったのよ」

「何で俺んとこに来るんだよ。慰めて欲しいなら柏木とこに行けよ」


「何で柏木?」江島くんの友達が疑問を口にする。

「柏木の彼女だからだよ」

「柏木と付き合ってんの?!」

 何か悪い?

「サークル内で付き合ってるとか、メンドクサイ事にならないか?」

 そっちの心配? 私と奈乃ちゃんにそんな心配はいらないわ。

「こいつらはそんなにバカじゃない」江島くんが反論する。

 どういう意味で言ったのかしら?


「何で柏木とこに行かないんだ? もう帰ったのか?」

「……私は柏木くんのクラスで嫌われてるからね」

「はあ?」江島くんは呆れたように声を上げた。前のファミレスでのやり取りを見ていたから、事情は知っている筈だけど。


「そんなの気にすんな。他人が何か言っても関係ないだろ。自分のしたいようにやれよ」

 そうはできないのよ……。

「柏木とこに行くぞ」江島くんはカバンを持って立ち上がった。

「じゃあな」

「おう、またな」

 江島くんと友達は軽く挨拶を交わす。

「高瀬、行くぞ」江島くんはとっとと教室から出ていく。

「高瀬さん、またね」

 江島くんの友達の挨拶を会釈で返した。




「江島くん!」

 江島くんがB組の教室に入ると同時に柏木くんの嬉しそうな声が聞こえた。


 私は教室に入るのに躊躇してしまって、遅れて入った。

 放課後の教室に残っていた生徒達が一斉に私を見る。とてもじゃないけど好意的とは言えない目で。

 身がすくむ。

 私は悪意に慣れていない。


「どうしたの? どこか遊びに行くのかい?」柏木くんは私にも教室の雰囲気にも気づかず、嬉しそうに江島くんに話しかける。

「あ、いや」江島くんは教室の雰囲気の悪さにたじろぐ。

「ん? どうかした?」

「ライブの打ち合わせだ」江島くんは嘘をついた。「高瀬と」


 柏木くんが私を見る。驚いているのか笑顔が消える。柏木くんはクラスメイトが私の事を嫌っている事を知っている。


「何、高瀬。何しに来たの」柏木くんと話をしていた女子が不快さを隠しもせずに咎めてくる。

 少しハデ目なファッションで、怖い。

「よく来れるよな、厚かましい」誰かが言った。

「俺たち、なめられてんのか?」


「おい、お前ら、やめとけ」江島くんが周りをにらみつける。

 江島くんは威圧的な見た目だから、にらみつけるとかなり怖い。

 でもB組の生徒達は止まらなかった。


「佐伯連れてきて、謝らすのがスジじゃないのか?」

「いつもちやほやされて、まともな感性無くなってんじゃないの?」


「黙れ! 一人相手に寄ってたかって吊し上げかよ。薄っぺらい正義感だよな、おい!」江島くんが怒鳴った。


「江島くん!」柏木くんも声をあげた。そして泣きそうな顔に変わる。

「友達の悪口言わないで……」

 江島くんは黙ってしまった。


 私は……。

 私は、誰の悪口よりも、柏木くんの言葉に傷ついていた。

 柏木くんは、私よりクラスメイトをかばうんだ……。


 柏木くんは私の顔を見て、ハッとする。目が泳いで冷や汗をかく。


 私が柏木くんを困らせている。

 もう逃げ出したい。

 ……私が逃げたら柏木くんが傷つくような気がした。


 柏木くんは深呼吸をした。そして覚悟を決めたように……。いえ、まだ浮わついているけどせいいっぱい我慢してるのね。


 私のところにやってきて、「ごめん、高瀬さん」と小さく謝った。


 柏木くんは私に背を向けて、クラスメイト達を見渡した。


「……、た、高瀬さんの悪口も言わないで。た、高瀬さんは……」柏木くんの呼吸が荒くなる。震えている。


 みんなが心配そうに柏木くんを見守る。そしてそれが更に柏木くんを不安定にした。


「た、高瀬さんは、お、……わ、私のパートナーだから……」


「……え?」B組の生徒達は一瞬何を言ったのかわからないって顔をした。短い沈黙の後、

「えー!」

「どういう事?!」

「どうして?!」

 蜂の巣を突っついたような騒ぎになった。


 柏木くんは私の事、パートナーと思ってくれてるんだ。


 いつも柏木くんと一緒にいる羽崎という柏木くんのお友達が、黙ったまま私をにらんでいた。


「奈乃ちゃん!」小柄な男子生徒が柏木くんに駆け寄る。柏木くんよりも少しだけ背が高い。雰囲気が柏木くんに似ている。


「……修斗くん」柏木くんが困ったような顔をした。

「奈乃ちゃん、……どうして……」小柄な男の子は信じられない、といった表情をしていた。


「やめとけ、修斗」後からやってきた大柄な男子生徒が、修斗と呼ばれた男の子を片手で抱き寄せた。

「でも、ヒロくん……」

「柏木の問題だ」


「ごめん、宇田川くん」柏木くんが大柄な男子に謝る。

 その男子は柏木くんをにらんでから、「ちっ」と忌々しげに舌打ちした。そして、小柄な男の子を抱えるようにして離れた。


 小柄な男の子が何を言いたかったのかも、大柄な男子が何故それを止めたのかもわからない。

 私が柏木くんのお友達に嫌われていることだけはわかった。



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