第57話 カミングアウト

 

 羽崎正人は委員長と打ち合わせをしていた。

「奈乃ちゃんはメイドをやってもいいと言ってるんだな?」

「ああ」

 委員長は少し考える。


「女子の中でもやってみたいと思ってる人と、やりたくないと思っている人がいるからな」

 そうだろうな。

「ホームルームでメイド喫茶をする事に決まった後、希望者は個別に申し出てもらう事にするか」

 奈乃は個別に申し出たことにするんだな?

 妥当か……。

「これで行こう」委員長はそう決めた。

「いや、待って」

「ん?」

「柏木奈乃は柏木奈乃なんだ。柏木と奈乃は別人じゃない」

「……いいのか?」

「柏木が何も言わなければ、その時に考えよう」

「……わかった。柏木奈乃係りの羽崎を信じる」

「ありがとう」




 ホームルーム。

「賛成多数で、出し物はメイド喫茶に決定する」委員長は投票の結果を宣言した。

 候補はメイド喫茶だけだったので全員が承認したことになる。

 根回しは終わっていたので、出来レースなんだが。


「では、メイドをやってみたい人、手を上げてくれ」委員長は緊張した声で挙手を促した。


 隣の席の佐野さんが迷い無く手を上げる。何人かの女子が率先して上げていた。

 挙手しやすい雰囲気を作るためにそうしたのだろう。


 柏木が手を上げた。緊張した表情で。離れたとこらからも震えているのがわかる。


 格ゲーマーの松野修斗は柏木を見て手を上げる。

 柏木がおどろいた顔で松野を見る。

 松野は柏木に笑いかけた。

 柏木はほっとしたように松野に笑い返した。


「ありがとう」委員長は手を下ろすように言った。委員長もほっとした顔をしていた。「迷ってる人は後から僕に言いに来てくれ」



 ホームルームが終わると、柏木と委員長のところに行った。

「ありがとう、委員長」柏木が礼を言った。

「あー、……うん。……礼なら羽崎に言ってくれ」委員長はばつが悪そうに、それでいて照れながらそう返した。

「そうなんだ……。でもありがとう、委員長」

「……いや、僕は謝らないといけない。柏木の事をどう接していいかわからなかったんだ。気を遣っていたつもりで、かえって困らせていたんだな。すまなかった」

「いや……。自分がどうしたいのか考える時間をくれた。やっぱり委員長は委員長だよ」

「何だそれ」委員長は笑った。

 柏木もつられて笑う。


「奈乃ちゃん!」格ゲーマーが俺たちのところにやってきた。

「修斗くん!」

「文化祭、頑張ろう」

「うん、楽しもう」

 そう言って二人は両手を繋いだ。


「宇田川、良かったのか?」俺は少し離れたところから松野を見守っていた格ゲーマーの彼氏に話しかける。

 彼氏は黙って俺を見る。

「彼女にまで柏木に付き合わせて」

 ふんっ。て顔をされた。そして彼氏は優しい目で柏木達を見る。

 やっぱりツンデレだな、宇田川は。

 後、松野の事は彼女でいいんだ?




 その後、柏木と松野は二人でゲーセンに遊びに行った。

 俺と宇田川は話があるから先にゲーセンで遊んでいるように言っておいた。


 嘘じゃない。俺と宇田川は話がある。柏木と松野を除くクラス全員と。


「では緊急ホームルームを始める」委員長が本日二回目の登壇だ。議題の二人を除くクラス全員が残っている。担任も含めて。


「柏木の女装についてだが……、女装と言っていいのかな? ちょっとわからないな」委員長が困った顔をする。

「話がしにくいから、とりあえず女装と言わせてくれ。今までは柏木の女装については話題にしないように言っていたが、見ての通り柏木自身が解禁したのでこのクラスルールは破棄する。だが、急に態度を変えることはするなよ」

「難しいな……」誰かが呟いた。


「そうだな。積極的に話題にすることは避けるが、不自然になりすぎないように。


 それと、メイド喫茶の事だが。女装とは言わないように。特に柏木や松野の前では言うなよ。僕たちがするのはメイド喫茶だ。女装メイド喫茶じゃない」


 委員長は格ゲーマーの彼氏を見る。

「宇田川、今まであえてスルーしてきたが、今日の事はカミングアウトしたと受け取っていいのか?」

 宇田川はうなづいた。


「そうか。柏木と松野と宇田川の事は、わざわざクラス外で話題にしないように。その他のクラスルールは今まで通りだ」


 委員長は大変だな。


 ホームルームが解散した後、俺と宇田川は委員長に呼ばれた。

「柏木は既に噂になっているから、メイドをするのは今さらだけど。松野はいいのか?」委員長は格ゲーマーの彼氏に確認する。

「修斗がいいと言うならいいんだ」宇田川はそう答える。

「柏木に付き合うことは無いと思うんだが?」俺が言うべきことかとも思ったが、言ってみる。

「柏木が前例を作ってくれたからな」

 そうか。




 俺と宇田川は柏木達と待ち合わせのゲーセンに寄った。

 二人は相変わらず格ゲーで対戦していた。合流してから4人で遊べるレースゲームや音ゲーをした。


 少し遊んでから、柏木と松野はソファーで休憩する。

 二人で話したそうだったので、俺と宇田川は少しはなれた場所に立って二人を見ていた。


 柏木達は手をつないで真剣な顔で話をしていた。男子用の制服を着た高校生が二人、手をつないで話をしているのは目立つかと思ったが、特に注目を集めることもなかった。


 俺と宇田川は特に話をすることもなく、ずっと二人を見守っていた。



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