第56話 文化祭は何をする?
「羽崎、ちょっといいかな」
羽崎正人は委員長に呼ばれた。
柏木はクラスの男子数人と話をしている。柏木は人気者だから絶えず誰かといる。
基本友達は柏木しかいない俺は大体ボッチだ。最近は委員長や格ゲーマーとその彼氏、隣の席の佐野さんが気を遣ってくれるが。
「いいよ。何?」
「もうすぐ文化祭だろ?」
「ああ、そんな時期か」
「メイド喫茶をやりたいって声があるんだ」
「……それって……」
「いつものクラスオーダーだよ。柏木奈乃係りの羽崎に、柏木と奈乃ちゃんの意向を確認してもらいたい」
「いや、柏木も奈乃も別人格って訳じゃないけど……」
「柏木は奈乃ちゃんのときと言うこと変えるだろ?」
「そうだったか?」
俺は少し考える。
考えてもよくわからない。だから本人に訊くことにした。
「おい、柏木」
友達と話をしていた柏木を呼ぶ。
「ん? なんだい? 羽崎」
「文化祭なんだけど。メイド喫茶やろうって話になってるらしい」
柏木と話をしていた男子生徒がおどろいた顔で俺を見てくる。
「……ふーん。いいんじゃないか?」柏木はあっさりとそう答えた。
「柏木はいいらしい」俺は委員長にそう言った。
委員長は何か言おうとして失敗していた。
「それだけ?」柏木が訊いてくる。
「ああ、それだけ。話の途中で悪かったな」
柏木はまた男子達との会話に戻った。
「あっさりだな」委員長がやっと言葉を取り戻した。
「気を遣いすぎだったかもな。帰りに奈乃のときにも訊いておくよ」奈乃のときも同じ事を言うと思うが。
「あ、それと」委員長にこんな事をわざわざ言う必要もないだろうけど、「女装メイド喫茶はNGな」
「分かってるよ」委員長は当たり前だろ、って顔をした。
柏木を誘って一緒に帰る。
柏木の家に近づくにつれて柏木の口数が減ってきた。
どうしたんだ?
「ただいま」柏木がいつもより小さな声で玄関のドアを開けた。
「こんにちは」俺はいつも通りに挨拶する。
パタパタとスリッパの音がして居間から那由多が出てきた。
「こんにちは、羽崎さん」
「おじゃまするよ、那由多ちゃん」
「どうぞ」そう言って那由多は手を出してくる。
あ、カバンね。俺はカバンを那由多に渡す。
那由多の接待は相変わらずだ。
いつもなら柏木が、俺には挨拶しないのか、みたいな事を言う流れなんだが、柏木は黙っている。
「着替えてくる」そう言って柏木は二階に上がって行った。
「麦茶飲みますか?」
「ありがとう」
いつものようにソファーに座って麦茶をいただく。
那由多は俺の前のカーペットの上に正座した。
彼女は黙ったまま。
また、奈乃が何かしたのか?
「どうかした? 那由多ちゃん」
「……、お姉ちゃんを泣かせてしまいました。……ごめんなさい」
「俺じゃなくてお姉ちゃんに謝る事だろ?」不機嫌な声色になってしまった。
那由多がビクッとする。
「何があったの?」できるだけ怒りを抑えて訊ねる。
「江島さんが来ました」
那由多はライブのときしか江島を見ていなかったか?
「江島さんとお姉ちゃん、お揃いのイヤーカフしてました。男に影響受けすぎです」
いつもの事だな。
「江島さんと付き合ってるなら、まだ応援できたのに……」那由多はやるせない表情を浮かべた。「あ、ごめんなさい、羽崎さん」
「いいよ。気を遣ってもらわなくても」那由多が俺を高評価なのは謎だ。
「……高瀬さんと付き合ってるって……、知ってましたか?」
「ああ、知ってた。お姉ちゃんに聞いてた」
「どうして!」那由多は叫んだ。そしてすぐにばつが悪そうにしょんぼりした。「ごめんなさい」
「……うん」
「どうして、お姉ちゃんを守ってくれないんですか……。お姉ちゃん、可哀想……」
「ごめん。でも、お姉ちゃんの気が済むまでは、好きなようにさせてあげよう」
「……、お姉ちゃん、泣いてた……」
那由多は姉思いの、いい子だな。
奈乃が部屋着に着替えてきた。
長袖の水色のTシャツに、下は七分丈の小さな柄の入った茶色の柔らかめの生地のパンツ。履き口に飾りのついたソックス。
那由多がいるためか、入りにくそうにしていた。
「部屋に行ってます。1時間は降りてきませんから」そう言って、奈乃と目を合わさずに部屋からでて行った。
奈乃はしょんぼりしている。
「柏木、おいで」立ち尽くす奈乃を優しく呼ぶ。
奈乃は俺の隣に座った。
髪は肩まであるショートのボブだった。髪で耳を隠している。ピアスは髪に隠れて目立たない。イヤーカフもしていないようだ。
ピアスを目立たないようにしているのか? 学校では耳が出るほどの短髪だから隠せてないのにな。
「明るい色のシャツだな」明るい『水色』のシャツだな。
「……いけなかった?」
「いや、似合ってるよ」
「そう?」奈乃は嬉しそうに微笑んだ。
前に俺が水色が好みだと言ったからだろうか?
「文化祭の話だけど」
「あ、メイド喫茶やるの?」
「まだ、案らしいけどな。やりたいか?」
「んー、メイド服には興味あるかな。着てみたい」
「そうか」
「でも学校で着るのって、……良いのかな?」
女の子として学校に行くのに抵抗があるのか?
「お祭りだしな。コスプレしてるやつとかいるから目立たないだろ」
奈乃は少し考える。
「私がメイド服着たら、クラスのみんなは喜んでくれるかな?」
客じゃなくて、クラスの奴らが喜ぶかどうかを気にするんだな。
「あいつら、柏木と一緒に文化祭できるだけで満足すると思うぞ?」
「ふぇ?」奈乃は赤くなる。照れてるのか?
「ん……、そうかな……?」
奈乃の可愛いメイドさんが見れたら、あいつらが喜ぶのは間違いないが……。奈乃が嫌がる事は、あいつらは喜ばない。
「好きにしろ」
「……羽崎は見たくない?」
「俺に見せてくれるのなら、家で俺にだけ見せてくれ」
「ふみゅっ……」真っ赤になった。
可愛いなこいつ。
笑ってしまった。
「笑わないで!」さらに真っ赤になった。
「悪い、悪い」さらに笑いそうになる。しんどい。
「私、メイドさんやる!」
「いいのか?」
「うん。みんなの役に立ちたい」
「そうか」
「ごめんね、羽崎ぃ。羽崎以外にもメイド服着てるとこ見せるけど」
「いいよ」俺は柏木の頭を撫でた。
柏木は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした。そして俺の肩に頭を乗せた。
俺は肩に乗せたまま、奈乃の頭を撫でる。
しばらく二人とも無言のまま過ごす。
「柏木」
「ん?」
「高瀬とうまくやってるか?」
「……、ん」
自分から話すまで待つ。話さないならそれでもいい。
「雪穂ちゃんは私を必要としてくれる。愛してくれる。雪穂ちゃん、私の事好きすぎて、いつも必死で……。普段はカッコいいのに私の事になるとすぐにポンコツになるし……」奈乃は顔を肩に埋めたまま、淡々と言葉を紡ぐ。
「雪穂ちゃんは、私と初めてお友だちになってくれたから。私の大切なお友だちだから。雪穂ちゃんが喜んでくれると嬉しい。雪穂ちゃんが幸せになってくれたら嬉しい」
……そうか。
奈乃は高瀬の事を好きだとは一言も言わなかった。
気づいてるのか、気づいてないのか……。
奈乃はずっと俺の肩に顔を埋めていたので表情は見れなかった。
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