第54話 男子高校生の放課後

 

「柏木、帰るぞ」


 江島貴史は放課後にB組の教室に押しかけた。


「え?」帰ろうとしていた柏木が面食らった顔をする。

 一緒にいた柏木の友達も少し驚いている。ライブの時に柏木を探しにいってもらった奴だ。


「えっと……、何か約束していたっけ?」柏木が戸惑いながら尋ねてくる。

「いや?」約束はしていない。さっき思い付いた。

 柏木が困ったような、呆れたような顔をした。


「何かあるのか?」

「ライブも終わったしな。お前と遊びに行くのに理由がいるのか?」

「行く!」

「お、おう……」

 柏木が前のめりに食いついてくる。えらく嬉しそうなんだが……。そんな期待されるようなものは用意してないぞ?


「あ、……」柏木が思い出したように彼の友達を見た。

「羽崎と帰る約束してた……」どうしよう、て顔をする。


「いいよ。江島と遊んでこいよ。俺とはいつでも遊べるだろ」柏木の友達は笑ってそう言った。

 柏木は不安そうな顔を、笑顔に変えた。

 そして申し訳なさそうに、「悪い、羽崎」と謝った。


「悪いな。……お前も来るか?」

「いや、やめとく」

 俺、こいつに嫌われるようなことしたか?


「江島くん。彼は羽崎だよ。何度も会ってるだろ? いい加減名前覚えなよ」柏木が俺に言ってくる。軽く言っているが、不機嫌さを隠せていない。

 友達のためにケンカができる柏木らしい。


「お、悪い。羽崎」

「覚えてもらわなくていい」

「羽崎!」今度は柏木が強く咎める。

「ごめん……」柏木の友達は素直に柏木に謝った。「悪い、江島」そして俺には、言わされている感を隠しもせずに口先で謝った。


 柏木は困ったようにひきつった愛想笑いを浮かべた。

 俺も苦笑した。


「じゃあ、またな、羽崎」

「ああ、またな」

 柏木は友達に声をかけて出口に歩きだした。


「またね、柏木くん」

「ああ、またな、佐野さん」

 近くの席の女子が柏木に挨拶する。

 それに柏木が返す。


 出口に向かう間に、教室に残っていた全員が柏木に声をかけていた。柏木は律儀に全員に返事をしていた。

 柏木は人気者なんだな。


 と言うか、こんなに教室に人が残っていたのか?

 俺が教室に入ったときから人が減っていないような?

 そういえば、俺が柏木たちと話をしているあいだ、これだけいて誰も話をしていなかったような……。みんな俺たちに注目していた?

 俺が何か柏木にするとでも思っているのか?


 このクラスの奴らは、柏木に過保護すぎやしないか?


 出口で振り返ってみる。

 柏木の友達が俺をにらんでいた。

 俺が立ち止まったのに気づいて、柏木も振り返る。


 柏木の友達は微笑んで片手を上げた。

 柏木も微笑んで片手を上げて返事した。


 ……何なんだ? こいつら……。




 ショッピングセンターに来ていた。

 この間のライブの礼に何か買ってやることにした。

 チケットがノルマ以上に売れてギャラが入ったし、物販でCDもけっこう売れた。

 驚くほど黒字だった。


 三人で分配することを提案したが、柏木は「江島くんのお手伝いしただけだから」と言って断ってきた。


 高瀬は、「お小遣いなら要らないほど貰ってるから」と言った。

 嫌味には聞こえなかった。

 現金も買ったものも要らないなら、俺に渡せるものはない。

 それは高瀬の彼氏である柏木の領分だろう。


 ありがたく機材代の足しにさせてもらった。音楽には金がかかる。




 ジュエリーショップに入った。

 制服の男子高校生二人で入るには場違い感が半端ないな。気にしないが。

 前にも柏木と二人で入った。あのときは私服だったし、柏木は女装していたので特に違和感はなかった。

 セカンドピアスを買ってやったときだ。


「こんな高いの、悪いよ」柏木は遠慮する。

 その割には宝石を見る目がキラキラしていた。


 高校生が買い物をしてもおかしくないような、アクセサリーショップに入った。

 男子高校生は一人もいなかったが。


「これ」柏木が銀メッキのイヤーカフを手に取った。

 耳たぶ用の小さなもので短いチェーンがついていた。柏木、ジャラジャラさせるアクセサリー好きだな。

 普段もチェーン連結させるイヤーカフをしている。今日は学校があったからしていない。


 ちなみに柏木は俺の買ってやったピアスをしている。特に問題はないようだ。校則違反でもないから咎められてもいない。

 俺たちの学校は進学校で、ピアスを禁止する校則がない。ただピアスをしてくる奴がいるとは想定されてなかっただけかも知れないが。


「柏木、好きそうだな。買ってやる」

「二つ、いいかな?」

 同じイヤーカフを二つ取った。

 ピアスは両耳用で二つセットだが、イヤーカフは普通片耳用で一つだ。

 両耳につけるのか?

「いいぞ」俺は二つ柏木から受け取って会計した。


 その後、ショッピングセンター内のカフェに入る。二人ともブレンドコーヒーを注文する。

 俺はミルクだけ入れたが、柏木はブラックで飲んでいた。

 平気な顔をして飲んでいたが、何となく苦そうなのを我慢しているようだ。

 相変わらずの柏木だった。


「開けていいかい?」柏木はさっき買った小さなイヤーカフの袋を取り出す。

「いいぞ」

 台座についたイヤーカフを二つ取り出す。そして、「はい」と一つを俺に差し出した。

 ?

「江島くんの分」

「ん? 柏木に買ってやったんだが?」

「……」柏木が赤くなってうつむく。

 俺とお揃いにしたいのか? タトゥーペイントのときもお揃いにしたがっていたな。


 断ると柏木を傷つけそうだったので受け取った。

 柏木はホッとしたような顔をした。


 俺はイヤーカフを台座から外して左耳につける。

 柏木は右耳につけた。

 柏木は嬉しそうだった。

 これだけ喜んでもらえると買ってやった甲斐があるってものだ。



 お茶した後、柏木を家まで送っていく。

 いつも送っていっている。

 女装している柏木は女にしか見えないので、夜に一人歩きさせるのは不用心だと思っていつもは送っている。

 今日はまだ明るいし男の格好をしているので送っていく必要もないが、何となく送っていくことにした。


 柏木はいろんな話をしてきた。やはり共通の音楽の話題が弾んだ。


 何か変だなっと思った。そういえば手を繋いでいない。

 いつもなら手を繋ぎたがるのにな?



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