第53話 グルーヴ


 ライブハウスの入場が始まる。

 羽崎正人はコインをコーラに交換した。


 委員長はカウンター前に陣取っている。

 何をしてるのかと見ていたら、調子に乗ったクラスメイトがビールを頼もうとしていたのを、後頭部をはたいて阻止していた。

 委員長は普段は委員長キャラなんだが、たまに素を出す。怒らすと怖いからやめとけ。素の一人称は「俺」だしな。


 委員長を置いてステージの前の方に行く。ステージと言っても段差が少しあるだけだ。スタンドオンリーなので適当に真ん中ぐらいに立った。


 奈乃から俺がよく見えるように。


 クラスメイト達も前の方に陣取る。

 知らない人達もいる。メインが目当ての客は前の方にはいないと思う。知らない人達は江島か高瀬の知り合いだろうか?


 見渡すと高瀬のクラスメイトの女子がいた。前に奈乃に暴言をはいた奴だ。何人かの女子で固まっている。多分、高瀬のクラスメイトだろう。

 俺のクラスの何人かが高瀬の友人に気付き、不穏な空気が生まれた。

 でもなにも起こらない。

 前もって委員長が「気に入らない奴を見つけても無視しろ。騒ぎを起こして奈乃ちゃんを困らすな」と言い含めていたから。


「羽崎さん」声をかけられた。振り返ると奈乃の妹の那由多がいた。

「やあ、那由多ちゃん」俺はにこやかに返事をする。

 那由多は多分初めてのライヴに興奮しているようだ。彼女の後ろに大人の男女がいた。

 女性の方は前に会った事がある。奈乃の母親だ。と言うことは男性は父親か?

「こんにちは」俺は二人に挨拶する。

 二人も会釈を返す。あまり目立ちたくないようだ。

「私たち、後ろの方で見てますから」そう言って那由多は両親と後ろの方に行った。


 那由多は両親に俺を見せに来ただけか?

 那由多の本気度が怖い。



 もともと暗めの照明が更に暗くなる。


 江島と高瀬がステージに上がった。

 BGMの音量が上がり、いつの間にか曲に変わっていた。

 ステージ後ろのスクリーンにCGが映し出されて、ミラーボールや原色のスポットライトが明滅する。

 ライヴの始まりを期待させる、ボルテージが上がるサウンドとビジュアルエフェクト。


 この二人はセンスがいい。

 一気に会場が湧き上がる。まあ、うちのクラスの奴らは初めから盛り上げるつもりで来ているからな。

 当然俺も音楽に乗っておく。


 奈乃がステージに上がった。


 会場が更にヒートアップする。もちろん俺も。


 奈乃は熱気に当てられたように高揚した、嬉しそうな表情でマイクを持った。


 さっきまで緊張で震えていたのにな。


 クラスメイト達は奈乃が気持ちよく歌えるように頑張った。うちのクラスの団結力はすごいね。


 奈乃はビビッドな服装。公園で会ったときと同じ服だった。


 江島はロックなスタイル。黒のタンクトップに革ジャン、革のボトム。短髪を立てて、アクセサリーをジャラジャラさせている。


 高瀬は黒のスリーピースのスーツ。黒の中折れ帽子を被っている。どうやっているのか胸がまっ平らで、短髪とあわせて、男装と言うか、男性に見えた。

 学校のときの美少女とイメージが違いすぎる。高瀬と気づいてない奴もいそうだ。


 奈乃は俺を見る。すぐに見つけられるように最前列の真ん中にいたから。


 奈乃は俺を見て、安心したように歌い出した。



 奈乃の歌は良かった。

 失敗したりないかとハラハラしながら観ていたが、難なく1曲目を歌い切った。


 曲は切れ目なく2曲目の導入にはいる。

 江島が高瀬に目で合図すると一気に曲調が変わって主題にはいる。


 奈乃が一人で2パートを歌った曲だ。男声パートと女声パートが重なる箇所があるが、どうするのだろうか? と思ったら、奈乃が女声パート、江島が男声パートを歌った。

 このまま二人で歌うのかと思っていたら、さらに第二主題でパートを変えた。

 奈乃が男声パートを歌い、高瀬が女声パートを歌った。


 江島はなかなか面白い仕掛けを仕込んでいた。

 奈乃を女の子と思っていた観客は驚くだろう。うちのクラスメイトは驚かないが。

 そして高瀬を男と思っていた観客も驚くだろう。うちのクラスの何人かも驚いていた。高瀬だと気づいてなかったらしい。



 連続して5曲、MCはなかった。

 奈乃は最後は汗まみれで肩で息をしていたが、やりきった満足そうな笑顔で観客に一礼した。



 前座が終わって休憩時間。

 奈乃はホールに来ていた。汗を拭いてメイクを直していた。

 クラスメイトに囲まれて嬉しそうにみんなと話をしていた。

 江島も高瀬もホールに来ていて、それぞれの友人に囲まれていた。

 奈乃を囲んでいる人数が一番多かった。奈乃だけでチケットノルマを軽くクリアしたから当然だな。


 俺は後ろの方にいた那由多のところに行く。

「お姉ちゃん、カッコ良かったね」俺は笑いながら那由多に声をかける。

「ビックリしました」那由多はライヴの高揚のままそう答えた。

 奈乃のパフォーマンスにビックリしたのだろうか?

「あんなに友達がいるなんて」

 そっちか。那由多は良い子だよな。


「私たちは帰ります」

 那由多と家族は前座で帰るらしい。まあ、中学生が夜遅くまでライブハウスにいるのはあまりよろしくないか。保護者同伴だけど。


「うん、またね」那由多に言った後、奈乃の両親に頭を下げた。

「また、遊びに来て下さいね」奈乃の母親が言った。

「はい。また、おじゃまします」そう返事した。

 父親は話をしなかったが、俺に頭を下げた。

 俺も返礼する。

 父親は何も言わなかったが、奈乃がクラスメイト達と嬉しそうに話をしているのを見て安堵しているように見えた。



 俺達は最後までライブを楽しんだ。委員長が、「奈乃ちゃんの顔を潰すから、奈乃ちゃんだけ観て帰るようなことをしないように」と言ったから。


 ライブが終わって物販で奈乃達の自費CDを買った。クラスのみんなも買っていた。


 集団で帰るため、他のクラスメイトがCDを買っている間委員長達と出口近くで待っていた。

 江島が俺達のところにやって来た。


「今日は来てくれてありがとう」

「良いライブだったよ。初ライブとは思えないな」と委員長が代表して答える。

「お、そうか」強面なのに江島は照れているようだった。

 江島にはあまり悪い印象はない。


 江島は俺を見て、「あんたにも世話かけたな」と言った。奈乃を探しに行ったことだろう。

「いや、探しに行く必要もなかったけどな」

「そうなんだが、高瀬が心配してたからな」

 江島は奈乃が逃げたとは思っていない。

 俺もわざわざ本当の事を言うつもりはない。


「準備とかで忙しかったのはわかるが、柏木をほったらかしにするのはやめてくれ」

「……おう。そうだな」江島は微妙な表情をしたが素直に同意した。そして、

「お前ら柏木に過保護すぎないか?」と言った。


 ……そうだな。

 俺達は柏木奈乃に負い目がある。

 初めてのクラス会で泣かせてしまった負い目がな……。



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