第51話 最低ってこういう事かな

「ごめんなさい、江島くん。今日はこれでお暇するわ」

 高瀬雪穂は江島貴史にそう告げた。


 私は奈乃ちゃんと、サークルミーティングで江島くんの部屋にお邪魔していた。

 今度のライブの事で江島くんと話し込んでいたら、奈乃ちゃんが不機嫌になってしまった。


 奈乃ちゃんは技術的なことがわからないから、退屈していたの?

 それとも私が江島くんとばかり話していたから不機嫌なの?


 奈乃ちゃん、妬いているのかしら?


 可愛いわね。


 涙目で拗ねている奈乃ちゃんすら愛おしい。


 私が江島くんに告白されたときも、私がお断りしたときも、奈乃ちゃんはその場にいた。私が江島くんの事を何とも思ってないことは奈乃ちゃんも知っているでしょ?



「柏木、悪かったな」玄関口で江島くんが奈乃ちゃんに謝っている。

 でも奈乃ちゃんは返事をせず彼をにらんでいた。


「江島くん、今日はごめんなさい」私は江島くんに早々と帰る事を謝罪する。

 私のパートナーが機嫌を損ねたことでミーティングが中途半端になってしまった。奈乃ちゃんが謝らないなら、パートナーの私が謝らないといけないと思った。


「おう。またな」江島くんは困惑顔のままそう言った。



 不機嫌な奈乃ちゃんの手をひいて歩く。

 ミーティングはお開きになったけどこのまま奈乃ちゃんを帰らすわけにはいかない。奈乃ちゃんが不機嫌なままでは可哀想だし、私が嫌だ。


 奈乃ちゃんが不機嫌なのは私が江島くんと仲良くしていたからよね?

 ずっと連絡先も教えてくれなかったし、電話するのも嫌がっていたから。

 江島くんが今でも私の事が好きだとは思えないけど、奈乃ちゃんが不安に思うなら不安を消してあげたい。


 私が奈乃ちゃんだけを愛していることをわかってもらわなくっちゃ!


「奈乃ちゃん、家に来る?」

「え? ……」奈乃ちゃんは顔をあげて私を見る。……戸惑っているような表情。


 え? 嫌なの?

 私といたくないくらい怒ってるの?


「あ……、うん」奈乃ちゃんは不安気な表情を浮かべてから同意した。そしてまた下を向いてしまう。


 よかった。奈乃ちゃんはまだ私に機嫌を取る機会を与えてくれる。



 私が家に奈乃ちゃんをお持ち帰りしたのはまだ夕方だった。両親が帰ってくるまでまだ時間がある。


 リビングに通して、とりあえず紅茶とお菓子を出した。こんなときのためにスティック菓子を買い置いてある。だって奈乃ちゃんは細長いお菓子を小さなお口でハムハムするのが似合ってるから。


 ……奈乃ちゃんはお菓子に手を出さなかった。


「奈乃ちゃん?」


 まだ怒ってるの?


 奈乃ちゃんは私の顔を見てからお菓子に手を出した。

 よかった。


 お菓子を端っこからかじる奈乃ちゃんはやっぱり可愛い。


「奈乃ちゃん、部屋に来ない?」

 お茶を片付けたあと部屋に誘う。緊張してしまってちょっと声がうわずった。

 恥ずかしい。もっとスマートにベッドに誘いたい。


「……、ん」奈乃ちゃんはうつ向いたまま緊張した声で返事した。



 一度軽くキスをする。

 奈乃ちゃんは目をギュッと閉じている。もう何度も愛し合ったのに、いつまでもウブで可愛いわね。

 今度は舌を絡ませる。そしてベッドに押し倒した。

 いつもより念入りに奈乃ちゃんを愛撫する。

 私が愛しているのは奈乃ちゃんだけだとわかってほしい。だから奈乃ちゃんは何も心配しなくてもいいのよ?


「んんっ……」奈乃ちゃんが可愛い声をもらした。

 ! ……、とっても可愛いわ!


 奈乃ちゃんの体を指や舌で愛撫しながら服を脱がす。


 私は脱がなかった。奈乃ちゃんは私の膨らんだ胸を怖がるから。

 ……私だって好きで胸が膨らんでるんじゃない……。

 だから今日は胸を無くす矯正シャツを初めて着てみた。

 奈乃ちゃんは喜んでくれた。

 ……自分でもこっちの方がしっくりした。



 華奢な奈乃ちゃんの裸体を眺める。

 電気はつけていないけど、まだ外は明るい。カーテンから透けた明かりが奈乃ちゃん体を照らす。


 なにもせずに体を離して見ていたら、奈乃ちゃんが見られていることに気づいて恥ずかしそうに手で体を隠そうとする。


「隠さないで」奈乃ちゃんの手をつかんで頭の上にあげる。左手で奈乃ちゃんの両手首を束ねてベッドに押し付け、体を隠せないようにする。

 再び奈乃ちゃんの体を愛撫する。敏感なところを集中して。

 感じているのか、恥ずかしがっているのか、奈乃ちゃんは目をギュッとつむって、イヤイヤをするように首を何度も振った。


 それがとても可愛くって、いつもより長く前戯をしていた。




 結局さらし取ったんだ……。

 柏木奈乃は高瀬雪穂に抱かれていた。


 果ててから真っ先に思い付いたのは、いつの間にか雪穂ちゃんがさらしを取っていたことだった。ベタベタする汗も、押し付けられているおっぱいも気持ち悪い。

 そもそも重たい。どいてほしい。


 今日も私は何も言えない。荒い呼吸で脱力している雪穂ちゃんの意識が戻るまで我慢しているしかない。


 今日の私は最低だった。

 江島くんが雪穂ちゃんとずっと話をしているのにモヤモヤしてしまった。

 私ではあの二人の会話についていけないのはわかってる。


 拗ねた私を彼は抱きしめてくれなかった。頭を撫でて機嫌を取ってくれなかった。

 雪穂ちゃんがいたから当然よね。


 私が選んだ事だけど……。


 雪穂ちゃんに部屋に誘われたとき断りたかった。でも雪穂ちゃんの不安そうな顔を見ると断れなかった。


 雪穂ちゃんは女の子のときの私と、初めて友達になってくれた。

 雪穂ちゃんを悲しませたくない。


 今日も私は最低だった……。



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