第50話サークルミーティング
柏木奈乃は待ち合わせ場所に早く着いた。
土曜日の昼下がり。駅前の広場。
江島くんを待たせたくないので早めに家を出た。
待ち合わせ場所には既に雪穂ちゃんが来ていた。
今日はサークルの打ち合わせ。江島くんのお家にお邪魔する事になっている。私は彼のお家に直接行っても良かったのだけど、雪穂ちゃんは江島くんのお家を知らないので一旦駅前で待ち合わせることにしていた。
「こんにちは。雪穂ちゃん」小走りで雪穂ちゃんのもとに近づく。
「こんにちは。奈乃ちゃん」雪穂ちゃんが私を見つけて微笑む。
今日も雪穂ちゃんはカッコいい。
黒のスラックスと革靴。白の半袖シャツはカフスに白と灰色のストラップの柄が入っている。ネクタイもカフスと同色に会わせている。
ワックスで固められたショートヘアーの上に黒の中折れ帽子を乗せている。
完全にメンズよね?
?
何かいつもと違う?
「どうかした? 奈乃ちゃん?」雪穂ちゃんがイタズラっぽく笑いかけてくる。
? いつもと違うのね? 気づいて欲しいって事ね?
「あっ」私は手のひらで雪穂ちゃんの胸を触った。
「!」雪穂ちゃんがビックリして両手で胸を隠して後ずさる。
「あ、ごめんなさい」私は雪穂ちゃんの反応に驚いて反射的に謝った。
顔を赤らめて胸を手で隠す仕草は女の子っぽい。
イケメンな男の子の格好してるのに、何で女の子っぽいリアクションするかな?
折角おっぱい隠してるのに……。
雪穂ちゃんはさらしのようなインナーを着ていて、胸の膨らみが目立たなくしていた。
「雪穂ちゃん、今日もカッコいい!」
「そう? 奈乃ちゃんも可愛いわよ」
待ち合わせ時間より早く着いた分、雪穂ちゃんとファッションの話題で盛り上がった。
しばらくして約束の時間になる。
江島くんも時間前に待ち合わせ場所に到着した。
江島くんは、とてもカッコ良かった。
ジーンズにスニーカー。Tシャツの上にボタンを留めずに半袖シャツを着ている。
刈り上げた短髪を立ててるのも、ピアスやじゃらじゃらさせたアクセサリーもロックな感じでカッコいい。
「おう。お前ら待たせた」
「江島くん! 待ってないよ!」
「そうか」
「……こんにちは」
「おう。……何かお前らとんがってんな……」
? 何か変かな?
「いや、イケてると思うぞ?」
江島くんのお家に歩いて向かう。
私は雪穂ちゃんの腕につかまる。
彼女は驚いたように私を見てからワタワタしだす。
んー、そうじゃなくって……。
軽く彼女の腕を引っ張ってから、江島くんの方に目配せする。
江島くんは私たちを見て、あれ? って顔をした。
むー。ジト目で雪穂ちゃんを見る。
雪穂ちゃんはやっと私が言いたいことをわかったみたい。
「江島くん」雪穂ちゃんが立ち止まる。
つられて私も江島くんも立ち止まる。
「私たち、お付き合いすることにしたから」雪穂ちゃんが緊張した面持ちで告げた。
「……」江島くんは無表情のまま私たちを見る。そして、「そうか」とだけ言って歩きだした。
私たちも江島くんの後について歩きだす。
ふーん、それだけなんだ?
……、うつ向いて歩く。きっと人に見せられない顔をしている。
「奈乃ちゃん?」雪穂ちゃんが心配そうに声をかけてくる。
私は返事をしたくなかった。
江島くんは私が誰と付き合っても興味ないことはわかってた。せめて、江島くんが好きな雪穂ちゃんと付き合ったら私を見てくれるかもと思ったけど、そんなことも無かった。
私はいったい何をしてるんだろ……。
江島くんの部屋。
江島くんと雪穂ちゃんはパソを触りながら話をしている。
「VDJはビジュアルディスクジョッキーのことだ。ビジュアルDJとか、単にVJとか言うんだけど。モニターや壁に音楽に合わせた映像や照明を映すんだ」
「最近はそんなのもあるのね」
「いや、テクノの黎明期からあるから、半世紀前からあるぞ?」
ふーん、そうなんだ。
私は退屈しながら床に正座して二人を見ていた。
ずっと二人は機材や制御ソフトの話をしている。江島くんも詳しくないので、解説しているブログや動画を漁っている。
二人とも私の事忘れてない?
……いつもの事かな……。
江島貴史は待ち合わせの駅前に時間前に着いた。
既に柏木奈乃と高瀬雪穂は待ち合わせ場所に来ていた。二人は楽しそうに話をしている。
「おう、お前ら待たせたな」
「江島くん!待ってないよ!」柏木が嬉しそうに返事をする。
「……、こんにちは」高瀬が遠慮がちに挨拶してくる。俺、怖がられてるのか?
高瀬はいつも以上にハンサムだった。女子にしては高い身長もあるが、ワックスで固めた髪の毛が普段より短く見える。服装もメンズだし、何より胸が無かった。
バストフォルダーか。ビジュアル系バンドの女性ミュージシャンが、たまに使ってるやつだな。
元が美人の高瀬は男装するとイケメンになるな。いや、ここまで来ると、高瀬を知らないやつは男にしか見えないだろ。
それに対して柏木はビビッドだった。
原色を使った半袖パーカーに白の英文字Tシャツ。ジーンズスカートに白の靴下と白のスニーカー。
左片方だけの三つ編みを胸に垂らして、ベースボールキャップを被っている。
俺が買ってやったピアスにいつものイヤーカフを右耳に着けている。
水色のシュシュを三つ編みおさげと右手首に着けていた。
柏木も元が良いから美少女にしか見えない。
この二人のファッション、性別が逆だよな?
他人のファッションに口だす気はないので、「何かお前らとんがってんな」とだけ言った。
「私たち、お付き合いすることにしたから」高瀬が言った。
高瀬の腕につかまった柏木が俺をじっと見ている。
「そうか」それだけしか言えずに歩きだす。
何でそんな事をわざわざ言うんだ? 俺が前に高瀬に告白したことへの牽制か?
一度ふられた相手にいつまでも未練なんか無い。
確かに高瀬は俺の女にしたいぐらい美人だが、今はそんな事はどうでも良い。
高瀬の価値は見た目ではない。彼女のビジュアルクリエーターとしての価値は見た目なんかとは比べ物にならない。
彼女の今までの作品にはとても満足している。柏木が高瀬と直接話をすることを嫌がったのでろくに打ち合わせなんかできなかったのに、音源だけで俺の表現したかったものを的確に映像にしてくれる。いや、俺が表現しきれなかったものまで形にしてくれる。
今さら色恋沙汰なんかで高瀬を失う事はあり得ない。
俺の部屋で初ライブの打ち合わせをする。
高瀬は最初は乗り気ではなかったがVDJの説明に食いついてきた。彼女は生粋のアーティストだ。
「作曲ソフトは何を使っているの?」
「ん? 作曲にも興味あるのか?」
「いろんなMV観ていたら自分でも作ってみたくなったの」
「……そうか」
高瀬ならきっと物になるだろう。心のどこかに暗い感情が芽生えた気がした。そしてそれに気づかないふりをした。
かなり長い時間、高瀬と音楽の話をした。彼女との会話は刺激的で時間を忘れていた。
家に来てから何時間経った?
いい加減休憩しよう。モニターから目を離す。
人の気配に振り返った。
柏木がいた……。
高瀬が俺の気配が変わったことに気づいて俺を見る。そして俺の視線の先に目を向けて柏木に気づく。
柏木は既に涙目になって俺達をにらんでいた。
「……、ごめん、奈乃ちゃん。退屈してた?」高瀬が慌ててゲーミングチェアから下りて、柏木の前に膝をつく。
「むー」柏木は涙目のままうなった。
ヤバいなこれ。ハグして頭撫でてやらないと機嫌なおらないやつだ。
……柏木の彼女がいるのにそんな事はできない。
高瀬は機嫌を損ねた柏木の前でワタワタするしかできなかった。
涙目の柏木は高瀬ではなく、俺をにらんでいた。
俺はどうして良いかわからなかった。ただ時間が過ぎるのを待っているしかできない。
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