第49話 軽音楽部
夏休みが終わった。
新学期二日目。昼休みに江島貴史は2Bの教室に躊躇なく入った。
よそのクラスに入らずに入り口で誰かを呼び出すとか、めんどくさい事をする気はない。
柏木は席に座っている。その周りを何人かのクラスメイトが囲んでいた。
その中に夏休みにファミレスで会ったことのある顔があった。柏木の友達の委員長と男子生徒と女子生徒。名前を聞いた筈だが忘れた。
俺達のMVを見せたら、意外なほど高評価な感想をくれて嬉しかったのを覚えている。
「おう、お前らか」手を軽くあげて挨拶する。
委員長達は戸惑ったような顔をして何か返事をした。
怖がられてるのか?
ファミレスではあんなに食って掛かってきたのに?
「やあ、江島くん」柏木が微笑んで挨拶してきた。
「柏木、放課後空けておけ。つれて行きたいとこがある」
「え? どこだい?」
「それよりライブのチケット売れてるのか?」今度出してもらうイベント。当然チケットノルマがある。
柏木は黙る。売れて無いのか?
「ライブ?」委員長が訊ねてきた。
「今度ライブがあるんだ。柏木、言ってないのか?」
「あ、うん。誰に売れば良いのかわからなくて……」自信なさげに目を伏せた。
「江島くん、ライブのチケットは何枚?」柏木の代わりに委員長が話をしてくる。
「とりあえず柏木には10枚渡してある」
「ああ、クラス全員分ないから言えなかったんだね」
は? 意味がわからん?
柏木はバツが悪そうな顔を委員長に向けた。
委員長の言っていることに同意しているらしい。
「江島くん、チケット40枚くらい手に入るかい?」
「多く売れるのには越したこと無い。手に入る」今度のライブハウスはそんなに小さくない。
「僕が取りまとめるからチラシはあるかな?」
「柏木、フライヤー持っているか?」
柏木はカバンからフライヤーを取り出した。
「取りまとめて後で連絡する。40枚ぐらいは売れるだろうね」
「お、そうか」一瞬でノルマがクリアされた。柏木は思ってた以上にクラスの人気者らしい。
次に隣のC組に入る。
俺に気づいた奴らが話をやめる。やっぱり怖がられるよな。気にしないが……。
高瀬は友達と話をしていた。前も高瀬と一緒にいた女子だ。
「高瀬」俺が話しかけると教室が息を潜めたようになる。そんなに注目するか?
高瀬が有名人だからか?
高瀬は俺を見て驚いた顔をする。彼女の友達は強張った顔で息を飲む。
いや、そんなに怖がらなくても良いだろ?
「高瀬、ちょっと顔かしてくれ」
「……え、ええ」高瀬は戸惑いながらも席を立つ。
高瀬の友達も席を立とうとする。
「悪いな。高瀬と二人で話がしたい」俺は断りをいれた。
「待ってて」高瀬は友達にそう言って俺の方を向いた。
俺は先に教室を出る。高瀬は俺の後をついて来た。
教室を出ると、静かだった教室がざわついた。
あまり人が通らない端の教室の前で立ち止まる。
「悪いな、高瀬」
「何かしら?」高瀬は緊張した面持ちで訊ねてくる。
何度か話したことあるだろ? ほとんど電話越しだったか?
「連絡先教えてくれ。柏木を挟むとまどろっこしい。あいつわざと伝えないことあるしな」
高瀬は少し考えてから、「そうね」と言った。
連絡先を交換する。
「今度ライブに出る。柏木から聞いているか?」
「いいえ」
「あいつ……」何で俺の話を高瀬に伝えないのか?
「事後報告になって悪い。ライブに誘われた。イベントに出る」
「そう」
「高瀬も空けとけ」
「ええ、見に行くわ」
「は? 出るんだよ! お前も!」
「どうして私が?」怯えたように身を引く。
「サークルメンバーだろ!」
高瀬は握った右手を口許に持っていく。身を守るように。怖がってるのか?
「あ……、悪い。大きな声だして悪かった」
前もこんなことあったな。
「高瀬もサークルメンバーなんだから出ろ」
「……楽器できないわよ?」
「VDJやればいいだろ。弾きフリでも構わない。どうせ打ち込みだから」
「?」
意味がわかってないらしい。
「今度、時間があるときに説明する。柏木もいれてミーティングするぞ」
「……ええ」
「それと、放課後空けておいてくれ。じゃあな」
高瀬雪穂は江島貴史とわかれた後、教室に戻った。何人かのクラスメイトに囲まれる。
「雪穂、江島と何かあったの?」志保が心配そうに訊いてきた。
江島くんは見た目が怖すぎる。みんなに不良だと思われている。
ハードコアロックをやっているだけで不良とか、短絡過ぎない?
その理論だと私や奈乃ちゃんも不良って事になるんだけど……。
「たいした話ではなかったわよ?」とりあえずとぼける。説明すると奈乃ちゃんの話をしなければならない。
志保は奈乃ちゃんに良い印象を持っていない。
「雪穂ちゃん、江島に何か脅されてるの?」別の友達が心配そうに訊いてくる。
……、初めて会ったとき江島くんに脅されてるかと思ったのは確かだけど。それは私の勘違いだった。
彼は見た目が怖くて、威圧的な話し方で、強引ではあるけど、……その辺りが駄目なのよね……、音楽に対しては真摯で誠実だった。
放課後空けておくように言われたけど、どうすれば良いのかしら?
とりあえず教室で待ってみる。
すぐに江島くんが柏木くんと教室にやってきた。
「待たせた、高瀬」
江島くんは何の遠慮もなく私のところに来る。
まだ残っているクラスメイト達が緊張して注目する。
柏木くんは入り口で戸惑っている。
志保は江島くんに緊張している。そして入り口の柏木くんに気づいて険悪な表情を見せた。
それに気づいた江島くんも威圧的な目をした。
待って待って、こんなところでもめないで!
「志保、私、寄るところがあるから先に帰って」
「でも、雪穂……」志保は不安と不機嫌さが混ざったような顔をする。
「大丈夫だから」私は何でもないと言う風に志保に微笑みかける。
志保が何か言う前にさっさと席を立つ。
江島くんも私について教室を出た。
教室の外で柏木くんが困惑した表情で私たちを迎えた。
トラブルの予感しかしないわよ……。
「高瀬さん、久しぶり」柏木くんが微妙な表情で声をかけてきた。
「ええ、こんにちは、柏木くん」
「行くぞ」江島くんはさっさと先に行く。
柏木くんと目を合わせてから、彼の後を追った。
私と奈乃ちゃんがお付き合いしていることを、江島くんは知ってるのかしら?
そもそも私は柏木くんとお付き合いしていると言って良いのかしら?
江島くんは空き教室のドアを開けた。
中に楽器が置いてある。楽器を持った男子生徒が2人いた。一人がギター、一人がベース。
「こんちはー」江島くんがさっさと入る。
私と柏木くんも会釈して中に入る。
「軽音部だ」江島くんが私たちに説明する。
「何? 江島」ギターを持った軽音部の一人が訊ねる。制服からして3年生らしい。
「文化祭のステージ、俺達も枠下さい」
「空いてるけど……、この3人?」
「そうです」
「……、高瀬さん?」私を見て驚いている。
「そうです」江島くんが私の代わりに答える。
「知ってるのか?」もう一人のベースの3年生が先に話しかけてきたギターの3年生に訊ねる。
「2年にすごい可愛い子がいるって噂になってるだろ」
私の隣にもっと可愛い子が立っているけど?
「ボーカルの柏木と、VDJの高瀬です」
「え? ボーカルは女の子じゃなかったか?」
動画サイトにアップしたMVを観たのだろう。
「……、あ、
「そうです」江島くんが得意気に答える。
「すごいね、君。ボーカル女の子かと思ってたよ」
「……」
「あれ? MV女の子だったよね? あれは君?」もう一人のベースの3年生が気づいた。
「あれも柏木ですよ」江島くんが答える。
柏木くんの顔が歪んだ。
「江島くん!」私は叫んでいた。
「あ? 何だ? 高瀬」江島くんはわかってない。
「……そっか。柏木くん。君、ボーカルもビジュアルもクールだね」そう言ってギタリストは柏木くんに笑いかけた。
「……」柏木くんは黙ったままだった。
私たちは軽音楽部の入部届けを書いた。文化祭のステージに立つためには必要らしい。
……私はステージに立つなんて一言も言って無いのだけど?
何故か江島くんも入部届けを書いていた。
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