第48話 夏祭り

 羽崎正人は夏祭りに来ていた。

 夏も終わる。

 この近辺で最後の夏祭り。


 夏休み最後の2年B組のクラス会。


 柏木奈乃は水色の流水をイメージした模様の浴衣を着ていた。

 よくあるセパレートではなくちゃんとした女物の浴衣。


 奈乃は浴衣の着付けができない。那由多もできない。

 奈乃の母親が着付けをした。


「羽崎くん。奈乃とお友達になってくれてありがとう」

 俺が奈乃を家まで迎えに行ったとき、はじめて奈乃の母親と会った。

「いえ……」何と返事するのが正解なんだろう?


 何を思いながら奈乃に浴衣を着せたのだろう?


「遅くならないようにお返しします」そう言ってお辞儀をした。

「奈乃をお願いします」母親も丁寧にお辞儀を返した。隣で那由多がお辞儀をする。


「いってきます」奈乃ははにかみながら二人に小さく手を振った。



 那由多と手をつないで神社に向かう坂道を上る。

 奈乃の下駄が静かな夜道に響く。

 長い髪を浴衣結びにし大きめのかんざしで止めている。

「浴衣着てると、大人っぽく見えるな」

「ん……そうかな」奈乃は恥ずかしそうに答えた。



 神社の入り口近くの駐車場にクラスのみんなが集まっていた。

 奈乃は立ち止まって俺を見上げる。

 俺は奈乃に微笑みかける。

 奈乃は俺に微笑み返す。

 奈乃は手を離して一人でみんなのところに歩いていった。俺はそれを見守りながら離れて歩く。


 奈乃は一人一人、全員と挨拶した。男子とは両手をつないで、女子とはハグして。

 調子に乗った男子が奈乃にハグをアピールする。奈乃はそれにもハグで返した。

 あと格ゲーマーとは普通にハグしていた。


「花火の時間に再集合だ。それまで自由行動にする。何人かでまとまって行動するように」委員長が注意事項を確認する。


 あらかじめ五人程度の班を決めてある。奈乃だけ班に入っていない。分単位のスケジュールで全部の班と行動する事になっている。奈乃には説明していないが、今までのクラス会の流れからそれはわかっているだろう。


 解散した。

 俺の班は委員長と格ゲーマーとその彼氏、そして俺の隣の席の女子。

 外から見たら、女子は隣の席の佐野さん一人に見えるが、実質女子は二人いるようなものだろうか?


「とりあえず参拝するか?」委員長が提案した。


 境内は結構賑わっている。

 真ん中に盆踊りの櫓がある。盆踊り保存会の着物を着た人たちが踊っていた。保存会以外の飛び入りはあまりいない。


 拝殿で参拝した後、周りを見渡したが奈乃がどこにいるかわからなかった。

「射的したい」格ゲーマーが彼氏にねだったので、みんなで射的をする。

 全く取れる気がしなかった。的を倒すだけではダメで台から落とさなければ行けないとか、ルール厳しくないか?

 誰も落とせず参加賞をもらった。

 格ゲーマーが不満そうにむくれているのを彼氏がなだめていた。


 暑かったのでかき氷を脇によって食べているときに奈乃とすれ違った。

 ハムスターのお面を頭につけ、手に水風船を持って、さらに光るブレスレットをつけて、りんご飴を食べていた。


 何してんだ?


 それを見た委員長が頭を抱えた。

「奈乃ちゃんへの貢ぎ物は班で一つだけとかのルールを作っておくべきだった……」

「いいんじゃないの?みんな喜んで奈乃ちゃんに買ってあげてるんだから?」佐野さんが委員長に言う。

「最後の方の班は被って買うものがなくなる。食べ物も奈乃ちゃんはそんなに食べられない。不公平になるだろ」

「あ……」佐野さんはやっと気づいたようだ。


 委員長はスマホを取りだし、新しいルールをグループに送った。俺のスマホにも入ってきた。

 大変だな、委員長は。


 改めてかき氷を食べる。

 俺と委員長と佐野さんの三人で一つのかき氷をシェアする。一つのストロースプーンを三人で使って食べた。

 格ゲーマーとその彼氏は二人で一つのかき氷を食べている。スプーンを共用せずに、彼氏が格ゲーマーに食べさせてあげていた。

 ごちそうさまだよ。


 俺達の班が奈乃と廻る最後だった。みんな奈乃と遊びたいから時間が押すのを見越していた。花火の時間が決まっているから、俺達の時間は始まりが押していても延長はできない。

 普段から奈乃と遊ぶことが多い俺達がババを引くことになっていた。


 前の班から奈乃を引き渡された。

 奈乃は大荷物になっていた。委員長の新しいルールは浸透する時間がなかったようだ。

 奈乃の持ち物で増えていたのは光る刀とチョコバナナだけだった。と思っていたら、交代する班員からビニール袋に入ったおもちゃを渡された。くじ引きや遊戯の景品らしい。さらに焼きそばとフランクフルトと唐揚げとジュースを渡された。

 どんだけ買うんだよ、お前ら!


 食べ物は律儀に一口づつ食べてあった。

「羽崎ぃー、もう食べられないよー」

 みんなで食べた。


 佐野さんがいつも持ち歩いているらしいマイバックに奈乃のおもちゃを入れる。

 お面とブレスレットはそのままつけていた。そしてライトセーバーを振り回して遊んでいる。気に入ったのか?


「奈乃ちゃん、楽しめた?」委員長が奈乃に優しく話しかける。

「うん」

「他にやりたいことある?」

「うーん」奈乃は境内を見渡す。そしてライトセイバーで櫓を指した。「みんなで踊る!」

「いいよ」委員長は俺達の意見を訊かずに即答した。

「行こ!」奈乃が笑顔で誘う。

 奈乃の誘いを断る事はない。


「俺はいいや」格ゲーマーの彼氏がめんどくさそうな顔をした。

「え?」断られないと思っていたのか、奈乃が驚いて不安そうな顔をする。


 おい! 奈乃を悲しませるなよ!

 みんなが一斉に非難の目を彼氏に向ける。彼氏はその目をにらみ返す。



「ヒロくん、行こうよ」格ゲーマーが彼氏にねだる。

「ダメなの? 宇田川くん……」奈乃は不安そうに言う。


 彼氏は、ふん、っ顔をして格ゲーマーの背中に手を添えて、「行くぞ」と歩きだした。

 ただのツンデレだった。

 委員長と佐野さんが顔を見合わせて呆れたように笑った。


「待ってよ!」奈乃が先を歩く格ゲーマーとその彼氏を追う。

 そして二人の間に割り込んで二人の腕に抱きついた。奈乃が真ん中で三人で腕を組んで歩く。

「奈乃、羽崎とこに行けよ」彼氏が不機嫌そうに言う。それでも奈乃の腕を振りほどくことはなかった。

 奈乃が嬉しそうな顔を彼氏に向け、彼氏は照れたようにそっぽを向いた。



 佐野さんは奈乃の荷物を、盆踊り保存会の休憩テントに預かってもらった。

 委員長がスマホをいじっている。

 俺のスマホに、盆踊り会場に集合の連絡が入った。

 奈乃は踊りの輪に入って、見よう見まねで踊り出す。

 俺達も奈乃の近くの輪に入った。


 いつの間にか人が増えて踊りの輪が二重になる。クラスのみんなが集まってきたから。


 奈乃は内側の輪で踊る。みんなと踊れて楽しそうだった。



 花火の時間。

 盆踊りの輪から離れて待ち合わせ場所の広場に集まる。


 花火が打ち上げられた。

 みんなが空を見上げる。


 袖を摘まれた。

 見ると奈乃が俺の半袖の端っこを摘まんで空を見上げていた。

 俺と一緒に花火を見たかったんだな。

 花火に見とれている奈乃に微笑みかけた。奈乃は俺じゃなくて花火を見ていたが別に構わない。


 花火の色とりどりの明かりに照らされる奈乃は綺麗だった。



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