第47話 遊園地

 高瀬雪穂は自分が乗り物にそれほど強くないことを思い知らされていた。


 夏の終わりの遊園地。

 子供みたいにはしゃぐ奈乃ちゃんは可愛いわね。

「雪穂ちゃん、次あれ乗ろ!」ジェットコースターを指差していた。

 今日、何本目のジェットコースター? 絶叫系マシーン全体で何本目?

 奈乃ちゃんに手を引かれて搭乗列に向かって駆け出していた。


 はじめてのお泊まり旅行から数日経っていた。奈乃ちゃんは忙しくてなかなか会えなかった。

 クラス会やお友達との約束がいっぱいで今日までデートする時間がとれなかった。


 奈乃ちゃんは人気者なのね。

 こんなに可愛いのだもの。仕方ないわよね。


 お泊まりの撮影旅行ではじめての奈乃ちゃんと結ばれた。

 お付き合いを始めたのだから、毎日でも会いたい。付き合うってことは時間を共有するってことだと思っていた。

 でも現実はそうはならなかった。

 人気者の彼女を持つってこういうことなのかしら?


 恋人どうしになってからはじめてのデート。

 どこに行きたい? と訊いたら、

「遊園地!」と奈乃ちゃんは答えた。ちょっと意外だった。

 意外と子供っぽいのね?


 乗り物に乗る関係から、今日はカメラを持ってこれなかったのが残念だけど。


 今日の奈乃ちゃんもとても可愛かった。

 白のキュロットに白のTシャツ。原色を散りばめたサマーパーカーにベースボールキャップ。白のスニーカーに白の短いソックス。

 髪はショートでビビッドな感じ。

 私が買ってあげた水色のシュシュ生地にチャームのついたブレスレットを手首につけている。

 気に入ってくれてるのね。とても嬉しいわ。


 ピアスはセカンドピアスに変わっていた。前よりおとなし目だけど明らかに良い素材のもの。

 そしてチェーンで連結されたイヤーカフを右耳につけていた……。


 撮影旅行のときに買ってあげた真珠のピアスはつけてきてくれなかった……。ピアスホールがまだ安定していないことはわかっているのだけどね。



「きやー!」ジェットコースターに乗っている奈乃ちゃんはとても楽しそう。私はコロコロ変わるGに胃が揺さぶられて気持ち悪い……。

 奈乃ちゃんの三半規管はどうなっているの?


「雪穂ちゃん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」私は微笑む。奈乃ちゃんが楽しそうにしているのに水を差したくない。


 奈乃ちゃんに引っ張られるように次の絶叫マシーンに向かう。


 今日はずっと手をつないでいる。

 奈乃ちゃんから手をつないできた。今までは奈乃ちゃんから手をつながれたことは無かった。

 これが恋人どうしになったって事なのね。


 嬉しい。




 柏木奈乃は高瀬雪穂に次のデートでどこに行きたいかと訊かれたとき、「遊園地!」と答えた。


 たまには撮影なしで雪穂ちゃんと遊びたい。


 子供っぽいと思われるかな? とは思ったけど、私は遊園地に行った事がない。女の子としては。


 お泊まりの旅行からしばらく間が空いた。クラス会やクラスのお友達と遊ぶ約束もあったから。

 その間に江島くんや羽崎とも会っている。


 ……本当は何の予定もなく家でゲームをしていた日も何日かあった……。


 それに恋人同士のデートなら体を求められることもあるだろう。

 こわい……。私はまだ子供だ……。


 遊園地ならそう言うことはないだろうと思ったのもある。

 ただ女の子同士で遊びたかったのも本当だ。


「花火を見てると遅くなるから、パークホテル予約するわね」

 雪穂ちゃんはそんなに甘くなかった。

 そして断る勇気は私にはなかった。


 遊園地デート当日。

 雪穂ちゃんは今日もカッコよかった。

 スラッとしたチノパンに白の開襟シャツ。これはメンズね。短めの髪はワックスでオールバックに固めている。

 今日はカメラバックは持っていない。小さめのメンズのショルダーバックをたすき掛けしていた。


 ……たすき掛けしていると胸の膨らみが強調されて男装している女子にしか見えない……。


 雪穂ちゃんは絶叫系に弱いみたいだ。あまり三半規管が強くないのだろう。

 絶叫系をハシゴすることにする。


 今夜は疲れて何もせずに寝てくれないかな……。



 雪穂ちゃんは顔を真っ青にして嘔吐しそうになっていた。

 ベンチに座らす。


「ごめんね、奈乃ちゃん……」雪穂ちゃんが弱々しく謝る。


 やりすぎた……。何でこんなになるまでガマンするの?


「ごめんね、雪穂ちゃん」座っている雪穂ちゃんの頭を優しく抱き締めた。

「え?」



 絶叫系は封印する。

「あれ行こ!」

 回復した雪穂ちゃんをお化け屋敷に誘う。

 こんなことが罪滅ぼしになるのかわからないけど……。


「きゃっ!」こわがるフリをして雪穂ちゃんの腕にしがみつく。

 素で叫んでいたら女の子の声にはならない。


 お化け屋敷から出たときには、雪穂ちゃんはニヤニヤしただらしない顔をしていた。

 ……またやりすぎた……。


「雪穂ちゃん?」

「え?」

「どうしたの?」

「なんでもないわよ?」

「……気持ち悪い顔してた」

「え……」


 雪穂ちゃんの顔からだらしなさが消えた。でも青ざめている。

 これもやりすぎたかな?

 ……雪穂ちゃんだから、いっか。



 お土産コーナーに入る。

「ねえ、奈乃ちゃん、これどう?」

 雪穂ちゃんが猫耳カチューシャを手に取った。

 ……私がつけるの?

「可愛いー」私は楽しそうに雪穂ちゃんの差し出した猫耳を受け取る。

 雪穂ちゃんが期待に満ちた目で私を見ている。

「雪穂ちゃん、しゃがんで?」

「え?」雪穂ちゃんは戸惑いながらも身を屈めた。

 私は雪穂ちゃんの頭に猫耳をつけた。

「可愛い!」

 雪穂ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「これ買お!」

「買うの?」

 買うよ。今日は外しちゃダメだからね。


 猫耳を買ってから、恥ずかしがる猫耳雪穂ちゃんをスマホのカメラで撮った。

 自分は恥ずかしがるのに、何で私につけさそうとするかな? ずるいよね。


 雪穂ちゃんが涙目になってきたので二人で自撮りした。頬がくっつくほど雪穂ちゃんに寄る。雪穂ちゃんはとても喜んでくれた。



 夜になって花火が打ち上げられる。

 人気の観覧車の列に並んでいるときに花火が始まった。

 観覧車の上から花火を見ようとする人が沢山いるから、こうなるよね。

 雪穂ちゃんは、観覧車に乗る順番が来る前に花火が始まってしまったことにやきもきしている。

 私を楽しませようと必死な雪穂ちゃんは可愛い。


 観覧車に乗った。

 花火はまだ続いている。

 雪穂ちゃんは私の横に座ってきた。

「これ、取っていい?」猫耳を指す。

「……うん」

 猫耳を取った雪穂ちゃんは真剣で、ハンサムな顔をする。

 ずっとこの顔していて欲しいな。


 雪穂ちゃんの手が私の頬に触れる。

 目を閉じた。

 くちびるとくちびるが触れ、舌が絡み付いてくる。

 夜はまだこれからだ。


 ……帰りたいな……。



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