第46話 姉妹
羽崎正人は柏木家を訪れた。
「いらっしゃい、羽崎さん」奈乃の妹の那由多の出迎えを受ける。
「おはよう、那由多ちゃん」
そう言えば柏木の家に来るときは大体那由多に出迎えられるよな?
今日は那由多に呼び出された。
居間に通される。奈乃はいない。
「お姉ちゃんは?」
「まだ寝てます」那由多はイタズラっぽく言う。
このパターンは前もあったな。
「お姉ちゃん、起こしてきてもらえますか?」
「……何かあったの?」
「……」那由多が黙る。さっきまでのイタズラっぽい雰囲気はない。
しばらく待ったが彼女は黙ったままだ。
「座っていい?」
「……はい」
俺はソファーに座る。
「那由多ちゃんも座ったら?」
那由多は俺の前のカーペットの上に正座した。
さらに待つ。
那由多は正座したまま下を向いている。
「お姉ちゃんとケンカした?」
那由多は首を横に振る。
「またお姉ちゃんが何かやらかしたの?」
那由多は黙っている。
「那由多ちゃん。那由多ちゃんが姉思いなのは知ってるよ。お姉ちゃんのやってることが心配なんだよね」
那由多は黙ったまま。
「前にも言ったけど、俺はお姉ちゃんのやりたいことをジャマするつもりはないよ。今まで我慢してきたんだ。気のすむまで好きにさせてあげようよ」
「……羽崎さんはそれでいいのですか?」
彼女はやっと顔をあげた。
「那由多ちゃんが俺を高評価な理由がわからないよ」俺は彼女に笑いかける。
那由多はまだ何か言おうとして口をつぐんだ。そして、「お姉ちゃんを起こしてきてください。見たらわかります」と言って下を向いた。
俺は立ち上がる。
「左肩です」那由多はそれだけ言った。
「柏木、入るぞ」奈乃の部屋の前で声をかける。
返事がないのでドアを開けて中に入った。
素顔のままの柏木が寝ていた。
柏木の枕元の床に座る。
「柏木、起きろ」
「んー」声に反応するが起きそうにない。
柏木の頭を優しく撫でる。
「ん……」柏木が寝ぼけながら俺の手をつかんだ。そしてうっすらと目を開ける。
俺と目が合った。
「……」
「おはよう。柏木」
「……!」慌てて布団を被ろうとする。
布団を押さえて、隠れられないようにする。
柏木は目をギュっとつむった。
「ヒドイよ羽崎ぃ。メイクしてないのに……」
「俺は構わないぞ」
柏木だろうと奈乃だろうと、俺の親友なことに変わりはない。
柏木は目を開けて俺を見る。そして呆れたようにため息をついた。「俺が構うんだよ!」
笑ってしまった。
柏木は体を起こしてベッドの上に座る。
つかんだ俺の手は離さなかった。
白の柄Tシャツを着ている。ボトムは布団に隠れて見えない。
「また、那由多のさしがねか?」
「ああ」
「那由多は何で俺に嫌がらせをするんだ?」
「心配なんだろ?」
「いや、嫌がらせだろ? 何で羽崎を俺の部屋に入れる必要があるんだ?」
「それは俺もわからない。那由多にとって俺が高評価なのも謎だ」
「……、悪い。那由多が迷惑をかける」
「いいよ。俺は迷惑じゃない。那由多はまだ子供だからな。仕方ないさ」
「……悪い」
「謝らなくていい」
「ああ。……着替えるから下で待っててくれ」
「俺は気にしないぞ?」
「俺が気にするんだ」
「そうか……」俺は立ち上がろうとして、那由多の言葉を思い出す。「柏木、左肩を見せてくれないか?」
「……那由多に言われたか?」
俺はうなずく。
柏木は視線を外し、少しためらってから俺の手を握っていた手を離した。「ペイントだから」そう言って右手で左袖をめくる。
タトゥーペイントか。
「カッコいいな」
「……後で怒るんだろ?」
「ああ」
柏木はため息をつく。
「下で待ってる」俺は立ち上がった。
奈乃のしたくは時間がかかる。その間俺は那由多とゲームをしていた。
格闘ゲーム。ガチな方の。
システムを熟知している那由多に一方的にボコられる。
那由多はとても機嫌が悪かった。
いつもパーティーゲームしかやらない理由がわかった。ガチのゲームでは俺が相手にならないからだ。
那由多のストレス発散に付き合ってやる。……心が折れそうなんだが……。
「……おはよう……」奈乃がオドオドとした様子で部屋に入ってきた。
今日は片側三つ編みにして、房を左肩から垂らしている。
飾り襟の白のブラウスに、ビビッドカラーの水色のロングのスカート。
前にクラス会にはいてきたスカートだった。
履き口にレース飾りのついた白のソックスをはいている。
「羽崎さんが好きな色だからって買った水色のスカートよね」那由多が奈乃を見て言った。
やっぱり俺が好きな色だから買ったのか。
何でわざわざ言った?
奈乃も戸惑っている。
「お姉ちゃん、男の人に合わせて服変えるよね? 付き合っている人いるのに、他の男にも色目使うの? ビッチなの?」言い方も、言ってることもトゲだらけだった。
那由多はイラついている。
奈乃が怯えた目をした。
「那由多、いい加減にしろ!」奈乃の怯えた目を見た瞬間に怒鳴っていた。
那由多が怯えて涙目になる。
「……ごめんなさい……」こわがって震えながら謝る。
「俺じゃなくて、柏木に謝れよ」謝るぐらいならはじめから言うな。
「羽崎ぃ……こわいよ。怒らないで」奈乃も涙目になる。
「! ごめん、柏木」落ち着こう。奈乃を泣かせたくはない。
しばらく沈黙が支配する。
「那由多ちゃん、お姉ちゃんの好きにさせてあげて。それで傷つくような失敗をしても俺が守るから」
「……や、約束……してくれますか……?」那由多が嗚咽混じりに言う。よほど怖かったようだ。
「約束する」俺は奈乃を見てそう断言した。この約束は奈乃との約束だ。
泣くのを我慢していた奈乃が頬を濡らす。
おそらくここ何日か我慢していた涙だろう。
俺は立ち上がって奈乃に近づき、そして抱き締めた。
奈乃の嗚咽が大きくなった。
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