第44話 クラス会でのお披露目
羽崎正人は柏木奈乃とクラス会に向かっていた。
今日も暑い日だった。夏休みももう終わりに近い。
我が2年B組の積極的な委員長は、夏休み中もクラスの集まりを作っている。
川辺の日帰りキャンプのあと海水浴もやった。最初の日帰りキャンプに参加できなかったクラスメイトたちのために。
みんな奈乃の水着がそんなに見たいのか?
いや、見たいか。
委員長は前回参加できなかった奴らと奈乃の日程を合わせるのに苦労していたが何とか夏休み二回目のクラス会をやりきった。
委員長は夏休み前の約束を守った。クラス全員に奈乃と遊ぶ機会を作るという約束を。
お前ら奈乃のこと好きすぎだろ。
今回の開催場所は駅前の貸し会議室。小さなイベントスペース。
今日の奈乃はビビッドな水色のロングスカート。白に縦ストライプの首まできっちりボタンを止めたシャツ。
大きなひまわりの造花をつけたパナマ帽から両肩に三つ編みを垂らしている。
奈乃は俺の手を繋いで機嫌良さそうに歩いている。
「そのスカート、初めてだよな?」
「ん? どう?」
「似合ってる」
奈乃は嬉しそうに笑って、「羽崎ぃ、水色好きだよね!」と言った。
まるで俺のために水色のスカートを買ったみたいな言い方じゃないか……。
ビルのエレベーターを降りると、貸しスペースの前に委員長達が待っていた。
奈乃は一度俺を見てから手を離してみんなのところに駆け出す。
「みんな、 久しぶり!」奈乃は先頭にいた委員長の両手をとって笑いながら振り回した。
委員長も笑いながら手を振り回す。「奈乃ちゃん、今日も元気だね。可愛いよ」
「えへへ」
奈乃はみんなに挨拶しながら部屋に入る。
男子とは両手を繋いで、女子とはハグしながら言葉をかわす。
何故か格ゲーマーにはハグしていた。
奈乃の中では格ゲーマーは女の子扱いなのか?
「やあ、羽崎」委員長ににこやかに声をかけられた。
「お疲れ」返事を返す。
今回の件は委員長に丸投げしている。彼が何故ここまで奈乃のために動けるのか。いやクラスのためか?
どちらにしても委員長の献身には頭が上がらない。
みんなが奈乃を独り占めしないのと同じように、奈乃もみんなとまんべんなく話をする。
俺は少し離れたところから奈乃を見守る。
もともと俺の一番仲の良い友達は奈乃だったから、奈乃が他の奴らに取られているときは、大体俺はボッチになる。
俺が一人なのに気を使ってか、隣の席の女子や格ゲーマーとその彼氏が相手しに来てくれた。
「この間のMV観せるのかな?」隣の席の佐野さんは、先にファミレスで奈乃たちのMVを観ている。
彼女は備え付けられた大型のディスプレイを見ながら言った。
「そうらしい」委員長からそう聞いている。
「MVって?」事情を知らない格ゲーマーが尋ねてきた。
「委員長から説明があるから待って」こういうのは委員長に任せた方がいいだろう。
クラス会の始まる予定時間になる。参加できる全員が揃ったことを確認して部屋の真ん中に置いた机にお菓子や飲み物を並べ始めた。
奈乃が俺のところに来る。
持ってきた大きなカバンからやはり大きな箱を二つ取り出し奈乃に渡す。
いつも通り奈乃はお菓子を作ってきていた。
今回は菓子パって事なので大量のクッキーを何種類も焼いた。主に奈乃の妹の那由多と俺が。
家庭用のオーブンでは一度にたくさん焼けないので時間がかかった。
昨日は丸一日お菓子作りに費やした。
那由多は根気よく奈乃にお菓子作りを教えた。
那由多は姉思いの良い子だよな。
おかげで俺のお菓子作りのスキルが大分上がった。
……何でだ?
「諸君! 今日は我が2年B組のクラス会に集まってくれてありがとう」委員長がモニター前に立ってクラス会の開始を宣言する。
「先に注意事項だ。今日の事はSNSなどにアップすることは禁止する。メールやLINEで友達にシェアすることも禁止だ」
みんなが面食らっている。ま、そうなるよな。
「理由は今から流す動画を観てもらったらわかると思う。今から写真も録音も禁止だ。スマホはしまってくれ」
みんなは素直に委員長に従う。うちのクラスの委員長はなかなか信頼されている。
奈乃は委員長にDVDを渡す。
委員長は部屋の照明を消す。遮光カーテンが閉められた部屋は暗くなった。電源の入れられたモニターが黒く光る。
奈乃は俺のところに来て不安そうに手を繋いできた。
俺は奈乃の手を強く握り返す。
用意されていたプレイヤーで動画が再生された。
ファミレスで観たときよりも1曲増えて3曲。それぞれインストとボーカル入り。6曲が流される。
最初に1作目のボーカル入りのMV。
ボーカルが流れた時点でみんなは奈乃の歌声だと気づいた。
ざわつく。
一曲目が終わったところで委員長が、「とりあえず最後まで聴こう」と言ったので、ざわつきは収まる。
みんな、行儀よく最後まで聴いていた。
6曲目が終わってから照明がつけられる。
みんなが一斉に俺達の方を見る。
いつの間にか俺の背中に隠れていた奈乃がビクッとするのがわかる。
みんなが俺達の方に来ようとしたときに委員長が口を開いた。
「押し掛けるな! また同じ間違いをするつもりか!」
奈乃が初めてクラス会に来た日。みんなは奈乃を取り囲んで質問責めにした。
そして奈乃を泣かせた。
その過ちを繰り返すのかと委員長は言った。
みんなはふみとどまり、委員長を注目する。
「奈乃ちゃん。いいかな?」モニター前に立った委員長は奈乃に向かって手をさしのべた。
委員長は俺を見る。大丈夫、と言うようにうなづいた。
俺は背中に隠れて不安そうにしている奈乃を振り返り、「行っておいで」と優しく言った。
奈乃はしばらく俺を見上げてから、「うん」と言って、手を離した。
部屋の前で委員長と並んで立つ奈乃はオドオドしていた。
委員長が手を差し出すと、すがるようにその手を握りしめる。
「奈乃ちゃん、歌上手だね。カッコ良かったよ」委員長が優しく奈乃に話しかける。
「え? ……あ、……うん」
「いつから曲作ってたの?」
委員長はみんなが聞きたいことを代表して訊くつもりのようだ。
「えっと……えっと、な、夏休みに入る前から」
「曲は誰が作ったの?」
「えっと……あ、……え、江島くん」
「E組の江島くんだね」
「う、うん」
「夏休み前から、たまに奈乃ちゃんのところに来ていたね。ピアスしたちょっと怖い感じの男子だね」
委員長はみんなに誰の事かわかるように説明した。
「江島くんは怖くないよ!」奈乃は必死な感じで江島をかばう。
「あ、うん。そうだね」委員長は奈乃の言葉に逆らわない。
「動画を作ったのは誰かな?」
「えっと、……雪穂ちゃん」
奈乃が高瀬の名前を出したとたんに、場の空気が険悪になった。
奈乃がビクッとしてキョドる。
委員長がみんなをにらんでおとなしくさせる。
前に委員長が、クラスの全員が高瀬のことが大嫌いだ、と言ったのはホントらしい。
「C組の高瀬さんだね」
「……、う、うん……」不安そうに返事する。
「これはネットにあげるんだね」
「……うん」
それから委員長が一通り説明した。
「奈乃ちゃんが、歌以外で余計な注目されることを避けたい。みんなは動画のコメントに書き込んだり、SNSで発言することはやめてくれ。例えおかしな書き込みがあってもスルーしてほしい。言ってることわかるよな?」
その後、クラス会はカラオケ大会になった。
奈乃は江島に頼んで、カラオケ音源を作ってもらっていた。ボーカル版とインスト版はアレンジが違うので、インスト版ではカラオケにならないらしい。
奈乃はみんなの前で2曲歌った。残り1曲は一人で2パート歌うため、生では歌えないらしい。
みんなの前で歌う奈乃はとても緊張していた。何ヵ所か失敗していたがそれでも歌いきった。
みんなに誉められて奈乃は嬉しそうだった。
「羽崎ぃー。どうだった?」
「良かったよ。頑張ったな」そう言って頭をなでてやると、嬉しそうな顔をした。
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