第43話 嘘
何も予定の無い夏休みの1日。
柏木奈乃は一人ベッドに寝転がっていた。
江島くんの電話番号を呼び出している。後は発信ボタンをタップするだけなんだけど……。
やりたいようにやれ、と言ってくれた親友の言葉を思い出す。
私は私のやりたいことをする。
『柏木、どうした?』江島くんの声。
「奈乃です」
江島くんの笑い声。
え? 何で? 何でいつも笑われるの?
『悪い。柏木だな?』
「会いたい!」
『……』
何か戸惑っている?
『……いいぞ。うちに来るか?』
「うん」
『今日は母親がいるけど構わないか?』
「!……うん」
江島くんの家族に会うのは初めて。何かお土産を買っていこう。
お昼過ぎに江島くんの家についた。
玄関のドアを開けた江島くんがキョトンとした顔をした。
え?
「何か変だった?」
「……いや……。今日は大人しい格好なんだな?」
「ん……、お母様に会うかなって……」
江島くんが変な顔をする。
あれ? 何かおかしな事言ったかな?
お母様、て言い方が変?
「あー、挨拶してくか?」
いつもは2階の江島くんの部屋にまっすぐ行くけど、今日はリビングに通される。
「母さん、ちょっといいか?」
「何?」
「連れが来たんで……」
「どうしてわざわざ?」
江島くんの母親はリビングでテレビを視ていた。
リビングの入り口に立っている私たちを見て一瞬固まる。
「……」母親は慌ててテレビを消し立ち上がった。
「いらっしゃい。……貴史がこんな可愛いお嬢さんを連れてくるなんて」すごくにこやかに出迎えてくれた。
大丈夫かな? 私、受け入れてもらえるかな……。
「彼女さんなの?」
お母さんちょっと舞い上がってる? 何か可愛いお母さんね。
「ちげーよ」
……。
「だって、女の子が遊びに来るなんて初めてでしょ?」
そうなんだ!
「いや、こいつは……」江島くんが私を見る。
私の事、何て紹介するんだろ……。
「……、いや、いいや」江島くんはそう言って視線をはずした。
……。
「えっと、柏木奈乃です」そう挨拶してお辞儀をする。
「ようこそ、いらっしゃい」
「これを……」手土産に持ってきた箱菓子を差し出す。
「まあ、悪いわね」そう言って受け取ってくれた。
「柏木さんは、貴史と同じ学校?」
「はい」
「貴史って何か変な格好していて怖くない? 学校で上手くやってるか心配だったけど、こんな可愛いお嬢さんの友達がいるなんて」
「もういいだろ。部屋行くから。柏木、来い」江島くんがリビングから出ていく。
照れてる江島くん、可愛い!
私はもう一度お辞儀をして江島くんを追いかける。
「ゆっくりしていってね!」背中に好意的な声をかけられた。
ちゃんと自己紹介しなかったけど、よかったかな……。
江島くんの部屋に入る。
今日の江島くんはジーンズに、Tシャツ。その上に長袖のシャツを前ボタンを外して着ていた。
暑いのに長袖なんだ? クーラーの効いた部屋にいるから?
飾りも少ない。ピアスしか着けてない。
お母さんがいるから?
おとなし目の江島くんも格好いいんだけどね。何か可愛いし!
江島くんはパソコン前のイスに座る。いつもの場所だ。
私もいつも通り床に正座する。
やっぱり長袖は暑かったのか、江島くんはシャツを脱いだ。
!
「タトゥー?!」大きな声を出してしまった。
いきなり大きな声を出してしまったので、江島くんが驚く。
江島くんの左の前腕にタトゥーが有った。三日月みたいな円がいくつも重なっている幾何学模様。
「格好いい! 私もしたい!」
「え?」
「どこで入れるの? お揃いのタトゥー入れたい!」
「……、いや、これペイントだから……」
江島くんは困り顔で私を見てくる。
私、何か変なこと言った?
江島貴史は音楽を聴きながら学校の課題をしていた。
進学校だからな。課題が多い。
夏休みはバイトもしている。小遣いは結構もらっているが音楽は金がかかる。
時間のある夏休み中にもう何曲か曲を作りたい。
動画を投稿するなら何作か定期的に投稿したい。そのためにストックは多い方がいい。
忙しい夏休みだった。
電話がかかってきた。
柏木からだ。
『会いたい!』電話の向こうで柏木が言った。
泣いているのか?
……気のせいか……。
「……いいぞ」
断ってはいけない気がした。今日は課題ができないらしい。
今日の柏木はいつもと服装が違った。いつもはパンクかストリートだが、今日は大人しい。
薄い緑色のロングスカート。襟を首まできっちりと止めた白のブラウスにスカートと同色の夏用のカーディガン。
こんなガーリーなのは初めてだ。
親がいると言ったからか?
「お母様に会うかなって……」
やはりそうか。でも何でわざわざ挨拶を?
お母様という言い方もなんだかな……。
それに柏木は緊張しているように見えた。
まるで付き合ってる彼氏の両親に挨拶するみたいな雰囲気なんだが……。
「彼女さんなの?」
やはり母は勘違いした。
「いや、こいつは……」何と紹介しよう?
柏木を見る。
不安そうな顔をしていた。
柏木は男だって言っていいのだろうか?
いや、男なんだが……。
柏木が男だと言っても、俺の母なら失礼な態度をとらないとは思うが……。
「……、いや、いいや」
後で説明しよう。
柏木が緊張しているように見えたので、早々に退室する。
部屋に戻ってからシャツを脱いだ。親の前では流石にタトゥーペイントは気まずいから長袖シャツを着ていた。
「タトゥー?! 格好いい! 私もしたい!」
え?
「お揃いのタトゥー入れたい!」
柏木は本物のタトゥーだと思っているようだ。
本物だと思っているのに、迷いなくタトゥーを入れたいと言ったのか?
一生消えないのに俺とお揃いのタトゥーを?
……。
「……、いや、これペイントだから……」
柏木にタトゥーペイントの説明をしてやった。
「二、三週間で消えるんだ。今度イベントあるからそれに合わせてペイントした」
そう言った瞬間に柏木は不機嫌になった。
わかってたけどな!
「いや、柏木も誘うつもりだったんだって!」
柏木の機嫌取りにムダに時間を費やす羽目になった。
結局ハグして頭を撫でて大人しくさせた。
柏木とイベントにお揃いのタトゥーペイントをして行くことになった。
夜まで音楽の話をしていた。
夕飯時に母が柏木に夕食を勧めた。柏木は緊張した面持ちで誘いを受ける。
そんなに緊張するなら断ればいいのにと思ったが、柏木の好きにさせる。
三人で食卓に着く。
食事に箸をつける前に柏木は告白した。
「えっと……、あ、あの……」
柏木は青い顔で冷や汗をかいている。呼吸も荒く過呼吸でも起こしたのかと思うほどにまともに喋れない。
母が俺の彼女と勘違いしたから、誤解を解くために自分が男だと言おうとしているのだろうか?
そう言えば柏木は今まで自分の事を男だと言ったことがなかった。
「柏木、俺が説明しようか?」
見ていられない。
母も柏木の様子に驚いて、心配そうにしている。
柏木は悲壮な顔をしながらも首を横に強くふった。
仕方なしに俺達は柏木を見守る。
「わ、わ、……私は……、お、お、……おと……こ……です」最後は消え入りそうな小さな声だった。
うつむいて固まる。
母も驚いてる。でもそれは短い時間だった。
「そうなのね。その服、似合ってるわよ」そう言って笑顔を向けた。
柏木は顔を上げる。泣きそうな顔をしていた。
「ごめんなさいね」母は柏木に謝る。
何を謝ったんだ?
母は俺に非難する目を向けた。
何故だ?
柏木奈乃は嘘を吐いた。
私は男です。
私は女です。
どちらも嘘を吐いているとしか思えなかった。
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