第42話 ダブルデート
羽崎正人は柏木奈乃にゲームセンターに誘われた。
もちろん奈乃の誘いを断ることはない。
奈乃の家まで迎えに行く。
「おはよー、羽崎ぃ」奈乃が出てきた。今日は妹の那由多はいないらしい。
「おはよう、柏木」
奈乃は玄関のカギを閉めると、直ぐに俺の腕にしがみついてきた。
「どうしたの? 柏木?」
「久しぶりだから」そう言って人懐っこく笑った。
そんなに久しぶりか?
今日の奈乃はボーイッシュだった。ボーイッシュ?
白の膝丈半ズボンに白の靴下、白のスニーカー。
白のTシャツに明るい色の半袖パーカー。
珍しくショートヘアで、ピアスとイヤーカフが目立つ。革ひもにストーンがついたペンダントをつけていた。
小さめのポシェットを肩からたすき掛けにしていた。
ボーイッシュというか……、普通に中性的な男の子?
いや、間違ってはないのだけど?
「ゲーセンに行くの久しぶりだな」
「うん」
学校帰りに寄ることはあったが、休みの日に奈乃と行くのは初めてだ。いや、奈乃の格好で一緒にゲーセン行くのが初めてか。
「久しぶりに修斗くんと格ゲーやりたかったから」
松野修斗か。同じクラスの格ゲーマー。奈乃ほど強くないが、知り合いのなかで奈乃の相手できるのは彼ぐらいか。
「呼び出したの?」
「うん」
「よくゲーセンに行くの?」
「修斗くんを誘ったのははじめて」
「松野以外とは遊びに行ったことあるんだ?」
柏木が、あっ、て顔をする。
「クラスの子と遊びに行ったのは一回だけ。女子会だったから羽崎は誘えなかった」言い訳じみた口調になってる。
いや、いちいち俺に断り入れる必要ないから。
そもそも江島や高瀬とは頻繁に会ってるよな?
待ち合わせのゲームセンター。
開店間際の時刻。入り口の近くで格ゲーマーとその彼氏の宇田川弘が既に来ていた。
「修斗くん!」奈乃が俺の腕から離れて駆け出した。
「奈乃ちゃん!」格ゲーマーが俺たちに気づく。
奈乃が腕を広げるのに会わせて格ゲーマーも腕を広げる。
奈乃は格ゲーマーに抱きついた。
「久しぶり! 修斗くん!」
「うん、久しぶり! 奈乃ちゃん!」
え?
あれ?
……奈乃から男子にハグしに行くのって初めて?
記憶を遡ってみる。いや、奈乃が俺以外の男子に自分からハグしに行くのは初めてだな……。
見ると格ゲーマーの彼氏も驚いた顔をしていた。
そして彼氏は俺に視線を移して、にらんできた。
いやいや、俺に当たるなよ!
「奈乃ちゃん、最近ゲーセン来てた?」
「ううん、夏休みに入ってから初めて」
奈乃たちは抱き合ったまま、楽しそうに話している。
しばらく話をしていると店が開き、二人は手をつないで入っていった。
おいてけぼりの俺と格ゲーマーの彼氏は二人の後について並んで店に入る。
気まずい……。
早速二人は対戦台で対戦してる。
前は奈乃がかなり優勢だったが、今回はギリギリだった。2ラウンド目を譲っている雰囲気もない。一ラウンド目をとられることもあった。
3クレ目でついに奈乃が負ける。
「すごい! 修斗くん強くなってる!」奈乃は嬉しそうに反対側の格ゲーマーに声をかけた。
「ずっと対策してたからね!」格ゲーマーも嬉しそうに返す。
「宇田川が練習相手になってたのか?」俺は格ゲーマーの彼氏に声をかけた。
まあ、見てるだけなのも暇だし。
「いや、強い奴に乱入で練習してた」
そうなんだ。
「俺じゃ練習にならない」そう不機嫌そうに言った。
あー、彼女? が知らない男と遊んでいるのを見てるだけだったんだな?
こいつらゲーム始めると連れの存在忘れるよな。
実際この後1時間近く俺と彼氏は放っておかれた。
格ゲーマーの彼氏と特に話すこともなく退屈していた。そして気まずい……。
「修斗、違うゲームもしないか?」彼氏が格ゲーマーに声をかけた?
「……ごめん……、ヒロくん」格ゲーマーは目に見えてシュンとしおれた。こんなとこは奈乃に似てる。
対戦に勝ってCPU戦に入っていた奈乃が、ゲームを放棄して俺のところに来た。
「ごめん、羽崎ぃ……」
「いいよ」俺は微笑みかけて奈乃の頭をなでた。
その後四人で対戦できる音ゲーで遊んだ。
みんなやったことある程度だったが、奈乃と格ゲーマーは競うように高難易度の曲に挑む。
俺と彼氏は初心者難易度。実力に差があっても同じ曲で遊べるから、格ゲーに比べたら楽しめた。
それでも1クレしただけで俺と彼氏は筐体から外れる。
その後も奈乃と格ゲーマーはしつこく音ゲーで対戦していた。
何クレかやった後休憩した。
奈乃と格ゲーマーは休憩用のソファーに並んで座る。
二人で話をしたそうだったので、俺と彼氏は少し離れたところで立ったまま二人を見守っていた。
奈乃たちは手をつないだまま身を寄せるように話をしている。楽しそうに笑いが絶えない。
たまに内緒話をするかのように口を手で隠して耳元で何かをささやく。そして二人して俺たちの方を見てからクスクスといたずらっぽく笑いあっていた。
小柄な二人は仲の良い女の子の友達同士にしか見えなかった。
今日の奈乃はショートヘアー以外は女の子っぽい格好ではないし、格ゲーマーは男の子の格好なんだけどな。
奈乃たちは頬をすりすりするぐらい顔を近づけてクスクス笑っている。
何の話してるんだろ?
彼氏が不機嫌そうに俺をにらんでくる。
いや、俺に当たられても……。
昼過ぎまでゲーセンにいた後近くのファミレスで遅い昼食をとる。
食事の後も奈乃と格ゲーマーは手をつないだまま楽しそうにきゃっきゃしていた。二人は並んで座っていた。
途中、奈乃はトイレに立つ。このファミレスは多目的トイレがあることを確認済みだ。
「ねえ、羽崎。奈乃ちゃんと……、えっと……、付き合いはじめたの?」格ゲーマーが俺に尋ねてきた。奈乃が席を外すのを待っていたようだ。
「……いや」
「……」格ゲーマーは複雑な表情を浮かべた。
「どうして?」
「……何か雰囲気変わったかなって……」
「……」
「奈乃、無理してないか?」彼氏もそう思っていたようだ。
「奈乃ちゃん、対ありでした」
「修斗くん、対戦ありがとうございました。宇田川くんもまたね」
格ゲーマーカップルと別れた後、奈乃を家まで送っていく。
帰りもずっと俺の腕にくっついてきていた。
家に帰ると一階に那由多が降りてきた。
「那由多ちゃん、おじゃまするよ」
「羽崎さん、お帰りなさい。お姉ちゃんを送ってきてもらってありがとうございます」
「那由多ー、私にお帰りなさいは?」
「お姉ちゃんは着替えてきたら?」
「着替えなくてもよくない?」
「いいから、お姉ちゃんは服着替えてきて!」那由多は不機嫌にそう言いはなった。
奈乃は不機嫌な那由多に戸惑いながらもリビングから出ていく。
那由多は俺と話をしたいのか?
「どうしたの? 那由多ちゃん」
那由多は無言でソファーを勧めてきた。
俺がソファーに座ると、那由多は俺の前の床に座った。
しばらく待っていたが那由多は何も言わないので、「どうかした?」と、もう一度声をかけた。
「……ごめんなさい、羽崎さん」彼女は泣きそうな顔で頭を下げた。
「何が?」謝罪される心当たりがない。……まあ、奈乃がらみだろうな……。
「お姉ちゃん、お友達と泊まりがけの旅行に行ってました。……聞いてましたか?」
「……いや」聞いてないな。
「……お姉ちゃんが何をしたいのか私にはわかんない……」
那由多は姉思いの良い子だよな……。
奈乃は着替えてからリビングに降りてきた。
最近よく部屋着にしているオーバーサイズのTシャツ。膝上まで裾で隠れていて、下に何をはいているのかわからない。
「私、部屋に行きます。一時間は戻りません」といつも通りの言葉を残して那由多はリビングから出ていった。
奈乃は俺の隣に座る。そして俺の肩に頭を預けてきた。
「なあ、那由多ちゃん、何か変じゃないか?」
「……さあ……」
心当たりがあるようだ。
「柏木、聞いて欲しいことが有るなら俺に言え。妹に心配かけさすな」
「ん……」
奈乃が自分から話をするまで待つ。
「羽崎ぃ……、私、雪穂ちゃんと付き合うことにしたから……」
……。
そうか……。
奈乃は俺が心配していた中でも、最悪な選択をしたようだ……。
奈乃が泣いているのじゃないかと思って、抱きしめる。
奈乃は泣いていなかった。
でも俺にしがみついて顔を胸にうずめた。
泣かずに震えている奈乃をずっと抱きしめていた。
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