第41話 奈乃ちゃんの初めての夜

 柏木奈乃はホテルのバスタブに浸かっていた。


 高瀬雪穂との撮影旅行一日目。

 雪穂ちゃんは皇族や国賓が泊まるような格式のあるホテルをとってくれた。

 夕御飯も桁が二つ違った。

 フランス料理なんて初めて。


 雪穂ちゃんは私をとても大切に扱ってくれる。

 申し訳なさが先にたつ……。


 お風呂から上がる。

 ノーメイクで雪穂ちゃんの前に立つ勇気はなかった。学校でメイクせずに会ったこともあるのに……。

 メイクしてウィッグをつける。


 メイクを落とさずに寝るなんて、肌に悪いことはわかっている。


 鏡を見る。

 偽物の少女が映っていた。

 ピアスが鏡に映る。ピアスのガラス飾りに触れてみる。

 彼は私を受け入れてくれるが、認識には決定的な乖離が有った。

 彼は他人の趣味を否定しない。ただそれだけだった。


 でも、雪穂ちゃんは私を必要としてくれる。

 雪穂ちゃんを悲しませる事をしたくない。



 雪穂ちゃんがお風呂に入っているあいだ、海を見ていた。

 暗い夜の海は何も見えない。


 バスルームから出てきた雪穂ちゃんはお化粧を落としていた。

 何のメイクもしていないのに綺麗だった。

 雪穂ちゃんは本物の女の子だった。


「電気消して」

 見られたくない。


 雪穂ちゃんは優しくしてくれる。おでこにキスされた。

 そして顔を雪穂ちゃんはの方に向けさせられた。目を閉じる。


 口に舌を入れられる。

 押し倒された。


 こわい……。


 目をギュッとつむる。

 終わるまでずっと目を閉じていよう。雪穂ちゃんの気が済むまでずっと目を閉じていよう。


 手を頭の上にあげて枕をきつく握りしめる。


 ペチコートを脱がされた。性器を触られる。

 ずっと愛撫されていたのに起たなかった。

 雪穂ちゃんに触られても何も興奮しない……。


 どうしよう?

 雪穂ちゃんを傷つけたくない。


 雪穂ちゃんが咥えてきた。舌で刺激してくる。奥まで咥えたのかえずきそうになっている。

 雪穂ちゃんが私のために頑張ってくれている。


 嬉しい。


 それ以上に申し訳ない。罪悪感に囚われる……。


 雪穂ちゃんが私の上に跨ってくる。

 重たい……。激しく動かれて痛い……。


 雪穂ちゃんが何か声をあげていてうるさい。聞こえないふりをしてやり過ごす。


 ずっと目を閉じてガマンする。


 それでも性器への刺激のため射精した。

「雪穂ちゃん」痛い。動きを止めてほしくて雪穂ちゃんの腰を掴んだ。


 果てて脱力する。

 雪穂ちゃんも脱力して覆い被さってくる。

 重い……。

 弛緩した人の体は重たい。自分で体重を支えてほしい。


 雪穂ちゃんの浴衣もいつの間にかはだけていた。

 直接触れる肌と肌の汗が気持ち悪い。

 雪穂ちゃんはボーイッシュでハンサムだけど体は女性らしかった。柔らかく結構大きな乳房が素肌の胸に押し付けられる。雪穂ちゃんが女性であることを思い知らされて、気持ち悪い……。


「……愛してる、愛してる……」雪穂ちゃんの譫言のような声が耳にはいる。


 幸せそうな声。

 良かった。雪穂ちゃんが幸せそうで私も嬉しい。


 ……雪穂ちゃんと幸福感を共有できないことに罪悪感が増す。


「……ん……」

 重いからどいて欲しい。

 そんな事は言える筈が無かった。


 二人の荒い呼吸を他人事のように聞いていた。


 ふと、江島くんの顔が思い浮かんだ。

 江島くんが好きな雪穂ちゃんは私とセックスをした。それを江島くんが知ったらどんな顔をするだろう?

 暗い優越感と嫌悪感……。


 いろんな事が頭の中をぐるぐるしてる。


 雪穂ちゃんは大切なお友だちだ。

 雪穂ちゃんを愛せたら良かったのに……。


 羽崎の言葉も思い出す。


『柏木は俺が守ってやるからな。だから柏木はやりたいようにやれ』


 これが私のやりたかったこと……?


 誰も傷つけたくない。私も幸せになりたい。

 どうしたら良かったのだろう?


 誰か教えて欲しい。


 泣きそうになるのをガマンする。

 泣いたら雪穂ちゃんを傷つける。


 ……。


 羽崎、助けてよ……。




 夜明け前。まだ暗い時間に柏木奈乃は目を覚ました。

 昨日の夜、雪穂ちゃんに抱かれた後、そのまま寝てしまったようだ。


 明かりのついていないホテルの部屋。バスルームから雪穂ちゃんが出てきた。すでに服を着替えてメイクも済ませていた。


「ごめんね、奈乃ちゃん。起こしてしまった?」

「ん……。どうしたの?」

「折角だから夜明けの写真でも撮ろうと思って」

 ……、モデルは要らないの?


「風景だけだから奈乃ちゃんは寝ててもいいわよ?」

「……行く」


 外は暗い。まだ4時前だった。

 夏の夜明け時間は早い。急いで準備する。


 はだけた浴衣を合わせてベッドからおりる。気持ち悪かったのでシャワーを浴びた。


 夜中も開いているフロントに鍵を預けてタクシーを呼んでもらう。


 昨日撮影した漁村に向かう。

 漁港の近くで撮影の準備をする。

 レジャーシートを敷いた。

「奈乃ちゃんは座っていて」

 私はシートの上に足を崩して座る。


 雪穂ちゃんは東の空をじっと見ていた。

 朝の早い漁港に他人の気配がしだす。

 空は茜色に染まりだした。


 雪穂ちゃんは完全に太陽が昇るまでずっとファインダーを覗いていた。


 1時間近く、何も喋らなかった。

 私はずっと黙って雪穂ちゃんを見ていた。

 雪穂ちゃんは風景から視線を外すことはなかった。


 雪穂ちゃんは撮影に満足したのかファインダーから顔を外した。そして伸びをする。後ろを振り返って私と目が合った。


 雪穂ちゃんは驚いた顔をする。

 そして慌てたように、「ごめんね、奈乃ちゃん。退屈してた?」と取り繕った。


 江島くんと同じことするのね。

 馴れたよ?



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