第39話 記念写真
柏木奈乃と高瀬雪穂は駅に降り立った。
雪穂ちゃんは沢山の荷物を持ってる。大きなキャリーバックの外にカメラバック。撮影機材の入ったバックパック。大きなバックを3つも持ってる。
それに比べて私は小さな手持ちのバックと、小さな肩から掛けたポシェット。
私の服も雪穂ちゃんのバックの中だ。雪穂ちゃん的には撮影用の衣装という扱いらしい。
「ひとつ持つよ?」
「いいわよ、奈乃ちゃん。ありがとう」雪穂ちゃんは何でもないという風に微笑んだ。
雪穂ちゃんは私より大きくて力持ちだからね。
終着駅は階段がないフラットだった。そのまま改札を出る。
ホテルは目の前に建っていた。
白くて大きな建物で風格があった。ちょっと高級そうなんだけど、ここで合ってるの?
「雪穂ちゃん……、ここ高そうじゃない?」
「奈乃ちゃんと泊まるのだから、これくらいはね」そう言って雪穂ちゃんは笑った。
私は全くお金を払っていない。だからいくらするのか知らない。
雪穂ちゃんは、私はモデルだから旅費は全部雪穂ちゃんが持つと言われた。
雪穂ちゃんちはお金持ちなのね。
ホテルにチェックインして荷物を預ける。
ちょっとドキドキしたけどあっさりとチェックインできた。
雪穂ちゃんは大人っぽくて未成年らしく見えないし、女の子二人連れに見えたかな?
タクシーを呼んでもらって、一つ目の撮影場所に移動する。
どんな素敵な海岸だろうかとワクワクしていた。だってリアス式海岸が有名な観光地だから。
タクシーが停まったのは、ごちゃごちゃした小さな漁村だった。
「……」
「うん。イメージ通りね」
唖然としている私と違って、雪穂ちゃんは満足そう。
雪穂ちゃんの私のイメージっていったい何なの?
雪穂ちゃんはバックパックから三脚や折り畳んだレフ板を取り出す。そしてカメラバックからカメラを取り出した。
「探検しましょ?」
……、雪穂ちゃんが楽しいなら私も楽しいよ……?
今日の雪穂ちゃんはプロのカメラマンみたいだった。
チノパンにスニーカー。白の半袖シャツの上に黒のカメラマンベスト。黒の帽子をかぶっている。
雪穂ちゃんって、結構形からはいるのね?
小さな漁村は坂道と石垣だらけ。
風情があるといえばあるんだけど、そこらじゅうに網や貝殻が置いてある。
入り江の中に筏がいくつも浮いていた。
「あの筏何?」
「真珠貝の養殖よ」
雪穂ちゃんは物知りなのね。
「後で真珠のピアス買ってあげる」
え? そんなに簡単に買える値段じゃないよね?
高瀬雪穂はファインダー越しの柏木奈乃に見とれていた。
夏の陽射しに輝く奈乃ちゃんは可愛い。陽射しに輝いて見えるだけじゃなくて、奈乃ちゃん自身が光ってるんじゃないかしら?
奈乃ちゃんは避暑地の夏のお嬢様風コーデだった。私がコーデしたんだけどね。
白のノースリーブのワンピースにレースアップのサンダル。そして定番の白のパナマハット。
今日は素足にしてもらった。
リアス式の複雑な海岸線。海に浮かぶ岩礁。漁船と養殖の筏。そして巨大な白の吊り橋式の道路橋。
乱雑な漁村と美しい自然と無機質な建造物を背景に避暑地風お嬢様な奈乃ちゃんをフレームに納める。
どちらにも所属しない曖昧な風景。
肌の露出の多い服は奈乃ちゃんの中性的な魅力を引き立てる。
そう言えば天使に性別は無かったわね。
漁村の食堂でお昼ごはんを食べる。
観光客が来ても良いような綺麗なお店。でも地元や近郊向けの大衆食堂。料金が大衆食堂並みだから。
炭火で海鮮を焼く。
奈乃ちゃんは貝に目を輝かせていた。
「何これ?! キレイ!」
大振りの二枚貝で、白や赤や黄色に紫。同じ種類の貝なのに色がバラバラでカラフル。
「アッパッパ貝よ」
「アッパッパ?」奈乃ちゃんが面白そうに笑う。
「おっきいエビ!」味噌汁にエビが入っていて驚いている。大きさの割にエビの頭が大きくて髭が器から飛び出している。
「伊勢エビね」
「お味噌汁に?!」
何を見ても楽しそうね。泊まりがけの旅行でテンションが上がってるのかしら?
はしゃいでいる奈乃ちゃんはとても可愛い。
食べ終わったあとも奈乃ちゃんは貝殻を並べて眺めている。
目をキラキラしている奈乃ちゃんが可愛くって写真に撮った。
不意に写真に撮られた奈乃ちゃんは驚いた顔をして私を見る。そして笑いながら、「貝も撮って!」と言って、貝殻を並べて手に持った。
色とりどりの貝殻を見せびらかすようにカメラに収まった奈乃ちゃんは今日一番の楽しそうな笑顔だった。
今日初めてのスナップ写真。
これは私の作品じゃない。
その後、またタクシーに乗って山の上の展望台まで登った。
山にせり出すように広いウッドデッキが設置されて沢山の観光客で賑わっていた。
眼下に複雑な地形の山と海が広がる。海に小島や岩礁が点在している。
何枚か風景写真を撮ったがここは私の望む場所じゃなかった。ここで奈乃ちゃんを撮っても観光地のスナップ写真にしかならない。
展望台の欄干に手を掛けて奈乃ちゃんと二人景色を観る。観光地としては素晴らしい展望だと思う。
実際に奈乃ちゃんは美しい景色を観て喜んでいた。
奈乃ちゃんが楽しんでいるなら無駄足じゃ無かったかな?
「お写真撮らないの?」
「ええ、折角だから観光もしておかないとね」私は微笑んで答えた。期待どおりの撮影スポットじゃなくてガッカリしていることは顔に出さない。
私はカメラをバックにしまった。
奈乃ちゃんは私の言葉が腑に落ちないのか少し考える。そしてポシェットからスマホを取り出すと近くにいたカップルに声をかけた。
「すみません。写真撮ってもらえませんか?」
え? 奈乃ちゃんが他の人に話しかけるとこ初めて見たわ?
……奈乃ちゃんはいつも何かにおびえている。
カップルの女の人は快く受けてくれた。
奈乃ちゃんは景色を背景に私の隣に立つ。
そして私の腕に抱きついてきた。
え?
奈乃ちゃんは平然とスマホのカメラに向かって笑いかける。
奈乃ちゃんに腕に抱きつかれたことに動揺したが、何とかカメラに向かって微笑む。
今までで奈乃ちゃんからスキンシップを求められたことなんて無かった。いつも私の一方通行で、それがずっと不安だった。
嬉しい。
泣きそうになる。
「はい、チーズ」撮影を引き受けてくれた女の人の声が聞こえた。
ずっとこのままでいたい。
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