第38話 海に向かう列車

 高瀬雪穂は車窓から見える海を見ていた。

 いや、車窓に顔を近付けて外の景色に見とれている柏木奈乃を見ていた。


 外の景色に目をキラキラさせる奈乃ちゃんはとても可愛い。


 海に向かう特急列車。

 観光地に向かう列車は流れる景色を楽しむために窓が大きい。

 二人掛けの広いクロスシート。窓際に座る奈乃ちゃんはずっと外を見ている。


 かねてから計画していた撮影旅行。

 私たちは海に向かっていた。


 奈乃ちゃんは体ごと窓に向けて両手を窓枠に手を掛けている。

 お口が開きっぱなしなのも可愛いわね。


 私は外の景色じゃなくて、景色を見ている奈乃ちゃんをカメラのフレームに納めた。


「もー。雪穂ちゃん。いきなり撮らないでよ」奈乃ちゃんが楽しそうに文句を言ってきた。

 奈乃ちゃんが楽しそうで私も楽しいわ。


 私は海側の座席を指定した。だから目的地に近づいてから、ずっと車窓に海が広がっている。


 私はカメラをしまってから、おやつを取り出す。

「奈乃ちゃん、食べる?」私はスティック菓子を一本取り出して奈乃ちゃんに差し出す。


 奈乃ちゃんはお菓子を少しのあいだ見てから、手を出さずにいきなり私の手に持ったお菓子にかじりついた。

 端っこからハムハムとかじりとる。


 え? え?


 何? 可愛い!


 小さなげっし類を餌付けしてるみたい。


 奈乃ちゃんは一本食べ終わると、私を見てイタズラっぽく笑った。

 わざとなのね。

 私をもだえ殺す気かしら?


 慌ててもう一本お菓子を箱から取り出して奈乃ちゃんに差し出す。

 奈乃ちゃんはそれにもかじりつく。


 もう! もう!

 とても可愛いわ!


 何なの、奈乃ちゃん!?

 今日はとても積極的ね。いつもならこんな事してくれないのに。


 お菓子を食べ終わった奈乃ちゃんは、幸せすぎて呆然としている私を見て、私の持っているお菓子の箱から一本取り出す。

 しまった! 私がモタモタしてるから、奈乃ちゃんが自分でお菓子を食べようとしてるじゃないの!

 私は奈乃ちゃんにエサをあげる機会を失ったことを後悔する。


 でも奈乃ちゃんは手に持ったお菓子を食べずに私の顔の前に差し出して小悪魔的な微笑みを浮かべた。


 え? 食べるの? 私が?

 人に食べさせてもらうなんて、そんな恥ずかしい真似はできないわよ!


 私がためらっているのを見て奈乃ちゃんは面白そうに笑った。

 私は恥ずかしいのを我慢してお菓子にかじりついた。


 最近は色々合ったけど、この撮影旅行は楽しくなりそう。


 初めてのお泊まり。

 私が食べたいのはお菓子より奈乃ちゃんなんだけど、食べさせてくれるかしら?




 海に向かう観光列車の二人掛けのシート。

 窓際の席で柏木奈乃は車窓から海を見ていた。

 住んでいる町に海がないわけじゃないけど、複雑なリアス式の海岸線は見ていて飽きない。


 シャッター音がした。

 振り返ると雪穂ちゃんがカメラを持って私を見ていた。


 私、間抜けな顔してなかった?


 雪穂ちゃんは楽しそうに笑う。

 雪穂ちゃんが楽しそうだと私も楽しい。


 雪穂ちゃんがスティック状のお菓子を差し出してきた。

 手を伸ばそうとしてやめた。

 雪穂ちゃんの手から直接かじる。

 上目使いで雪穂ちゃんを見上げると、彼女はビックリして顔を赤らめていた。


 雪穂ちゃんこういうの好きでしょ?


 つい、にやけてしまう。


 二本食べたところで、雪穂ちゃんが固まってしまった。

 ちょっとやり過ぎたかな?


 もう食べさせてくれなさそうなので雪穂ちゃんの持っている箱から、お菓子を一本取り出す。


 試しに雪穂ちゃんに食べさせてみる。

 口元に差し出されたお菓子を見て、雪穂ちゃんは恥ずかしがる。ためらって食べようとしない。


 雪穂ちゃんはあーんされるの恥ずかしがるくせに、私にはあーんしてくるんだ?


 ちょっとずるくない?


 ドキマギしている雪穂ちゃんが可愛くって笑ってしまう。


 雪穂ちゃんとは色々あったけど、彼女は私の初めてのお友だちだ。

 雪穂ちゃんが望むなら全てを受け入れたい。

 この前みたいに泣いたりしない。もう雪穂ちゃんを傷つけない。

 もう雪穂ちゃんにガッカリされたくない。


 雪穂ちゃんが何を期待して泊まりがけの旅行に誘ってきたのかわかっている。


 私は子供じゃない。



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