第34話 初顔合わせ
「行こう」羽崎正人は柏木奈乃に笑いかけた。
奈乃は安心したように手を出してくる。
俺はその手をにこやかにとる。
手を繋いで歩きだした。
前を向いているときは、ムリに笑わなくてもいいよな。
奈乃はビビッドな感じにまとめてきた。
ショートヘアに野球帽。耳が出ているのでピアスも片方だけのイヤーカフも目立つ。
白地にカラフルな模様をちりばめた半袖パーカー。パーカーの前を開けて下に英字のプリントされた白のTシャツを着ている。
ボトムはジーンズ地の短パン。白のストッキングに白のスニーカー。
一応夏らしい格好。完全な薄着ではないが、薄手のストッキングとかは平気なのか?
これは誰に向けたファッションなんだろうか?
歩きながら奈乃と音楽の話をした。奈乃たちの音楽活動に興味があるフリをする。
奈乃は楽しそうに俺に話してくる。
俺も楽しそうに奈乃に笑顔を向ける。
黙んないかな、こいつ。
江島と高瀬に合う前に、委員長たちと合流した。
委員長と、俺の隣の席の女子。放課後とかにたまにお茶したりしている子。
「奈乃ちゃん。こんにちは」彼女が笑いながら近づいてくる。
俺は奈乃の手を離した。
「遥香ちゃん、久しぶり」
奈乃が手を広げる。彼女は奈乃をハグした。
奈乃も嬉しそうに彼女をハグする。奈乃はほっとしたように笑った。
仲の良い女の子の友達同士にしか見えない。
委員長は優しい目で二人を見ている。
「委員長も久しぶり」奈乃は彼女から手を離すと、委員長に両手を伸ばしてあいさつした。
「奈乃ちゃん、今日も可愛いね」委員長は奈乃の両手をとって笑いかける。
「えへへ」奈乃は嬉しそうに委員長の手をつかんだまま、上下に振った。
四人で待ち合わせ場所に向かう。ショッピングモール内のファミリーレストラン。
奈乃は委員長と隣の席の女の子の間で二人と手を繋いで歩いている。
親子か?
店の前に二人が待っていた。
江島貴史と高瀬雪穂は話もせずに気まずそうに立っていた。
私服の江島は学校で見るよりも威圧的な格好をしている。どう見てもガラが悪い。
高瀬も学校で見るのとはイメージが違う。ボーイッシュを通り越して、男装の麗人。そこらの男よりカッコ良くないか? ヅカなのか?
「江島くん! 雪穂ちゃん!」奈乃が委員長たちの手を離して二人に駆け寄る。わざとらしく二人の間に割り込んだ。
「おう」江島がぶっきらぼうに返事をする。気まずそうに誰とも目を合わさない。
「こんにちは。奈乃ちゃん」高瀬は少し身をかがめて奈乃に微笑みかける。
奈乃は嬉しそうな顔をした。
「やあ、はじめまして。僕は奈乃ちゃんと同じB組の学級委員長をやってる川原明人。よろしくね」委員長が爽やかに自己紹介をする。
「私は佐野遥香、奈乃ちゃんとお友だちなの」隣の席の女の子はにこやかに奈乃の肩に手を掛けて、奈乃を引き寄せた。二人から奈乃を取り返すかのように。
俺は挨拶せずに二人をにらんだ。それから奈乃に視線を送る。
「あ、羽崎。お友だちの羽崎正人」奈乃が視線に気付いて俺を紹介した。少し照れているように見えた。
「私は……」高瀬が自己紹介をしようとする。
「知ってるよ。二人とも有名だから」委員長がにこやかな微笑みでそれを拒絶した。
ファミレスで6人掛けのボックス席に座る。
奈乃は江島と高瀬の間に割り込むように座った。この二人を近づけたくないのか?
委員長が奥に座って佐野が真ん中に、俺は通路側に座る。
ドリンクバーの飲み物が揃ったところで、俺の向かいに座っていた高瀬がタブレットを差し出してきた。
委員長が自前のイヤホンを取り出し隣に座っている佐野にイヤホンの片方を渡す。
俺はMVを既に見ていたので、委員長と佐野の二人で視聴する。
向かいに座っている三人は少し緊張した様子で委員長たちをみている。
「いや、凄いね。三人ともレベル高いよ」視聴し終わった委員長が感心したように言った。
「奈乃ちゃん、歌うまいね。動画の奈乃ちゃんもカッコいいし!」佐野が楽しそうに奈乃を誉めた。
奈乃も嬉しそうに照れる。
しばらくみんなで動画の話をする。委員長も佐野も動画の出来を褒めた。俺も何も喋らないわけにはいかないので、一応動画の感想を言った。忌々しいことに高評価な感想しかなかった。
頃合いをみて俺の隣に座っている佐野を見る。
佐野も意図を察してくれて、打ち合わせどおりの行動をおこした。
「ねえ、奈乃ちゃん。見たいお店があるんだけど、一緒にいかない?」佐野は奈乃に声をかける。
場にそぐわない誘いに奈乃が困惑する。
「いっておいでよ」俺は奈乃を促す。
察した高瀬も、「いいよ。いっておいで」と奈乃に微笑みかけた。
江島だけが不機嫌そうに俺たちをにらんだ。
奈乃と佐野が二人で手を繋いでファミレスから出ていくのを見送った。
奈乃がいないなら取り繕う必要もない。
「で、柏木を見世物にしようと言ったのはどっちだ」俺は怒りを隠す気はない。二人をにらみつける。
「あぁ?」江島は俺をにらみ返してくる。なかなかの迫力だ。だか引く気はない。
高瀬も無言で俺をにらんでくる。こっちもなかなかの迫力だ。高瀬は学校では人当たりのいい美少女で通っているが、こっちが本性か。
「奈乃ちゃんを見世物にする気はないわ」
「ボーカルを頼んだのは俺だ」
「ミュージックビデオに出てもらったのは私よ」
二人はお互いに主張しあう。
主導権を取り合っている? 奈乃を取り合っているようにも感じられて、ムカつく。
「奈乃ちゃんの特異性を話題にして、自分達の作品の注目を集めようとしている。そう思われても仕方ないんじゃないかな?」委員長が穏やかな口調で俺の感じたことを代弁する。穏やかなのは口調だけで、その目つきは攻撃的だった。
「特異性?」江島が不思議そうに聞き返した。
俺も委員長も、高瀬でさえ江島の発言の意味を取りかねた。
江島は委員長の言った意味がわからないのか?
「柏木の何が特異なんだ?」江島は本当に意味がわからないらしい。俺たちが困惑していることにすら困惑している。
「……」俺たちの誰もが説明できなかった。したくなかったから。
「……、柏木が女の格好をしていることか?」江島は俺たちがあえて口にしなかった事を口にした。「俺たちの界隈じゃ、先鋭的なファッションは特に珍しくないぞ?」
こいつはバカなのか?
「お前の界隈の話はしてない。動画サイトを見た一般人がどう思うかだ」イラつく。
「はぁ? 何が問題なんだ?」
本当にわかってない。怒鳴りそうになる。
委員長が軽く手を挙げて俺の言葉を止める。
「動画を見る不特定多数に、奈乃ちゃんのそのファッションに心ない事を言う人間も含まれるってことだよ」
「そりゃ作品に批判的な奴もいるだろうが、それを怖がっては作品なんか発表できないだろ」
「それは江島くんの覚悟だよね? 奈乃ちゃんにその覚悟があるのか? 確認したのかい?」
「それは……」江島が自信なさげな顔をする。
それは高瀬も同じだった。
この二人は奈乃に何のリスクの説明もしていない。そういうことだろ。
「柏木は……、私は珍獣じゃない。って言ったんだ」奈乃が俺に言った言葉だ。
二人は黙ったままだ。
「僕たちは悪意無く奈乃ちゃんを傷つけた」委員長が静かに俺の話を引き継いだ。「奈乃ちゃんは好奇な目で見られるのを怖がっている。僕たちはぶしつけな無邪気さで彼女を傷つけたんだ」
委員長は悲痛な表情を浮かべる。
実際にはあの時、委員長はその場にいなかった。俺たちのクラスで唯一非難されることを免れた人物が、それでも後悔を見せる。
あの中でもっとも非難されるべき者は俺だろう。
「クラスのみんなは奈乃ちゃんを傷つけたことを後悔している。誰もがもう奈乃ちゃんを傷つけたくないと思っている。奈乃ちゃんが傷つけば、クラスのみんなも傷つく」
委員長は強い意志をもって二人をにらんだ。
「俺のクラスの誰も傷つけることは許さない」
俺も高瀬も、委員長の強い言葉に言葉を失っていた。
ただ江島だけがため息をついて、困惑したように言葉をはいた。
「柏木はそんなに弱くないぞ?」
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