第33話 夏休みはゲーム三昧
羽崎正人は柏木奈乃の家に来ていた。
夏休み中の平日の昼下がり。
今日は奈乃一人だ。妹の那由多は留守だった。
那由多からは今朝メールが来ていた。
ー今日は夕方5時まで絶対に帰りません。お姉ちゃんをよろしくお願いします。
何をよろしくするんだ?
相変わらず、那由多のプレッシャーが凄い。
今日は奈乃に呼び出された。
その奈乃は俺の横に座ってゲームをしている。二人並んでソファーに座り、奈乃は膝の上にアケコンを置いて格ゲーに夢中だ。
奈乃は世界中の誰かと対戦中。最初は俺とやっていたけど、俺がやめてからも一人でやっている。
奈乃は俺にゲームの話をしてくるが、俺は奈乃ほどゲームに詳しくない。
はっきり言って、退屈だ。
奈乃は退屈している俺を放っておいて、一人でゲームをするやつじゃない。
「柏木、何かあったか?」俺は奈乃が対戦を一区切りさせたところで声をかけた。
奈乃が固まる。
やっぱり何かあったか。
俺に言いたい事があるけど、言いづらかったのでゲームに逃避していたんだな。
分かりやすいよな、こいつ。
そういうところも可愛い。
奈乃はアケコンに手を掛けたまま、おずおずと俺を見上げてきた。
上目遣いの奈乃も可愛い。
今日の奈乃は白の半袖夏物のパーカーを着ていた。フードは水色。左袖だけ水色のチェック柄。左裾に水色の模様が入っている。
ボトムは黒の短めの半ズボンジャージ。白の短い靴下を履いていた。
つまりほとんどが生足。
水着以降、生足を解禁している。ちゃんと手入れしてるんだな、とキレイな奈乃の足を見ながら思った。
「羽崎ぃー。じろじろ見ないで。恥ずかしいよ」頬を赤らめて抗議してくる。
「見てない」いや、見てた。
「むぅ」奈乃はアケコンを膝までずらして、露出している太ももを隠す。
「で、どうしたの?」俺は奈乃が話しやすいように、優しく笑いかける。
「ふゅむ……」奈乃がテレテレになって真っ赤になる。そのくせ上目遣いで視線を俺から離さない。
しばらくの間見つめ合う。
そして奈乃は目を閉じて下を向いた。再び目を開けて俺を見上げていたときにはちゃんと話をする顔になっていた。
「羽崎に見てほしいのがあるんだけど……」
「……」何か嫌な予感がする。
いや、嫌な予感は正しくない言い方だ。
ただの俺の感傷だ。
「うん。何?」
「待ってて」そう言ってアケコンを横に置くと、俺の隣から立ち上がった。
DVDプレーヤーの映像が、居間のテレビに写し出される。
奈乃は緊張した面持ちでテレビの画面を見ている。
?
俺と顔を合わせたくない?
ミュージックビデオだった。
打ち込み系の音楽に合わせてCGの映像が始まる。
インディーズに見えるがセンスが良い。
音楽も悪くない。
特に序盤から世界観に没入させる映像に才能を感じる。
イントロの後、ボーカルが入る。
「え?」奈乃の声だった。一音目でわかった。音はいじってあるが、奈乃の声を間違うわけがない。
コラージュされた人物の写真がMVに挿入される。これもエフェクトがかかって分かりにくいが奈乃だった。
2曲MVを観てから、奈乃は映像を止めた。
奈乃は緊張した面持ちで、それでいて得意げにも見えた。
これはドヤ顔にもなる。
奈乃の歌はとても良かった。使われていた奈乃の写真も良かった。
肝心の曲が良い。
そして映像作品としての完成度は高かった。機材や技術的な面では自主製作の範疇を越えていないが、センスは軽々とそれを越えていた。
「誰が作ったの?」思い当たるのは二人。
奈乃は不安げな視線で俺を見上げる。
「曲は江島くん、MVは高瀬さん」
やはりあの二人か……。
俺に黙ってあの二人とこんなのを作っていたのか……。
「羽崎?」奈乃が怯えたような顔をする。
俺は感情を圧し殺す。
「柏木、歌上手いんだな?」俺は笑って奈乃の頭を撫でた。
柏木はほっとしたように微笑んで、嬉しそうに頭を撫でられていた。
なに笑ってんだこいつ!
「えっとね。これ動画サイトに投稿しようって話しになってて……ふみゅっ」
奈乃を俺の胸に抱き寄せた。
「ふぅ……、何?」
奈乃は俺の胸で塞がれた口を、顔を横向くことで喋れるようにする。
俺は両手で奈乃の頭を抱き寄せたままにしていた。顔を見られないように。……多分怖がらせるから。
「柏木、江島と高瀬を紹介してくれない?」軽く聞こえるように言う。
「どうして?」
「んー、MVとか興味あるから。どうやって作るのか訊いてみたいかな?」
何のつもりでこんなものを作ったのか問い詰める。
「そうなの? わかった……。でも、一人づつで良い?」
「ん? 二人まとめて会わせろよ?」
「ん……」
? 何をためらっている?
「あの二人で作業したこと無いって言うか……」
「……二人を会わせたくないのか?」
「……」
奈乃は嫉妬している?
どっちにだ?
抱き寄せていた手をゆるめる。それから奈乃の頬を両手で挟んで目を覗き込む。
奈乃は怯えたように目を泳がせた。
「二人とも呼び出せ。今すぐに」
「……う、うん」
奈乃が電話をしている間に廊下に出て俺も電話をする。
委員長に電話をして事情を話した。
『すぐ行く』即答だった。そして、奈乃の相手をする人間をもう一人ぐらい呼ぶように言われた。
よく奈乃と話をしている隣の席の女子に電話をした。こちらは事情を話さずにお願い事だけした。
彼女は事情を訊くこと無く引き受けてくれた。
奈乃はクラスメイトに愛されている。
「出れるか? 柏木」
「待って。着替えさせて」
ラフな格好では会いたくない相手なのか……。
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