第32話 サークル始動
柏木奈乃は白のスクリーンの上に座っていた。
高瀬雪穂ちゃんのお家におじゃましている。
物がとても少ない客間。畳の部屋の壁にロールスクリーンが設置されている。天井から下ろされたスクリーンは床に緩くカーブして、足元の畳を隠していた。
写真館でよくある撮影用の背景スクリーンだ。
雪穂ちゃん家の客間は簡易スタジオと化していた。2台のライトスタンドが眩しい。これも撮影用の本格的な照明だった
これらは全部、最近雪穂ちゃんが買ったらしい。
雪穂ちゃん家はお金持ちなのね。
三脚に据え付けられたカメラの前に雪穂ちゃんが立っている。
黒のスラックスに白のカッターシャツ。腕には黒のアームバンド。髪は珍しくバックに固めていた。
雪穂ちゃん、イケメン過ぎる。
はぁー、カッコいい……。
私が雪穂ちゃんに見とれていたのに気づいたのか、彼女はファインダーから目を離すと、私に向かって微笑んだ。
何このイケメンスマイル?!
どぎまぎしてしちゃう!
私が顔を赤らめた瞬間にシャッター音がした。
雪穂ちゃんはファインダーを覗いていないときもシャッターを切る。ホント、油断できない……。
「変な顔してなかった? いきなり撮らないで」
「奈乃ちゃんが可愛くないときなんて無いわよ。どの瞬間も最高に可愛いわ」
ふむぅー。
なんて恥ずかしい事を平気な顔をして言えるの?
その瞬間にも雪穂ちゃんはシャッターを切る。
今日はMV用の撮影じゃない。つまり雪穂ちゃんの趣味の撮影だ。
MV用の撮影のときはグリーンマットのスクリーンを使った。服もパンク系の黒くてジャラジャラさせたファッションだった。
今日は白のワンピース。髪も長いストレート。
なんだけど露出が多い。
胸元も脇も開いている。下には何も着ていないので肌が露出している。足も短い裾から素足が出ている。靴下も履いていない。
雪穂ちゃんが選んで買ってくれた服。
「雪穂ちゃん。肌、出過ぎじゃない?」
「キレイよ?」
「……恥ずかしい……」
雪穂ちゃんは私の言うことを全く聞いてくれない。
ファインダーを覗く雪穂ちゃんは私を被写体としか思ってないのかな?
言われるがままにポーズをとる。だんだんと要求が高くなってくる。
普段なら絶対にしないようなポーズをさせられるのも、そんなに悪くはないかな?
高瀬雪穂はファインダーを覗いていた。
奈乃ちゃんは白のスクリーンの上に膝を抱えて座っている。それを横からレンズに納める。
短い白のワンピースの裾が太ももから覗いている。正面から見たら、ワンピースの中が覗けるね。
正面を向いてもらおうかしら?
膝を抱えた奈乃ちゃんは顔を膝の上に乗せて、少しだけこちらを向いている。半開きの目が私を見ている。
何なの、この誘惑するような小悪魔感。
「……恥ずかしい……」
奈乃ちゃんはそう言うけど、私が指示するポーズを忠実に再現してくる。
いや、それ以上かも。
奈乃ちゃんって、素で小悪魔よね。
ワンピースの下には何も着ていない。広く開いた胸元や脇から白い肌が覗く。
女の子なら開いた脇から膨らみが見えるはずだけど、奈乃ちゃんにはそれがない。
まだ胸が膨らむ前の女児にも見えるし、そうでないようにも見える。
このアンバランスな色気は奈乃ちゃんにしか出せない。
何なのこの背徳感溢れる色気は!
誘ってるの?!
奈乃ちゃん、誘ってるのよね?!
押し倒したい!
私は興奮しながら、冷静に奈乃ちゃんをカメラに納める。
「疲れてない? 大丈夫? 奈乃ちゃん」
少し休憩。
熱くなった照明を消して、奈乃ちゃんに冷たいミネラルウォーターを渡す。
クーラーを効かせているけど、ずっと照明に照らされている奈乃ちゃんは疲労している筈。
「うん。大丈夫だよ」そう言って奈乃ちゃんは笑う。
MV撮影してから、スタジオ撮影が楽しくなったらしい。
野外と違って、私しかいないスタジオで奈乃ちゃんものびのびと撮影を楽しんでいる。
休憩の後、奈乃ちゃんは衣装を変える。
黒のミニのフレアスカートに白の半袖ブラウス。襟と袖が薄く模様が入って可愛い。
前半と違って元気な奈乃ちゃんを写真に納めた。
「奈乃ちゃん、撮影旅行のことなんだけど」
「うん」
「日程決めたいんだけど、いい?」
「うん」
「……泊まりになりそうなんだけど、いいかしら?」
「……」奈乃ちゃんは少し緊張した顔をする。「うん、いいよ」少し赤くなってる。目を反らして、そして頷いた。
今度は泣かさないようにしよう。
下心を気取られないように、いや、バレバレな気もするけど、事務的に撮影旅行の打ち合わせをする。
それともうひとつ。
「MV、江島くんは見てくれたかしら?」
「うん、とても気に入ってたみたい」
「そう」
MVは2曲。ボーカル入りと、インストゥルメンタルをそれぞれで、計4本作成した。
インストはCGのみ、ボーカル入りが奈乃ちゃんとCGの合成。
CG合成のためにグリーンマットも買った。
一曲目はロックな奈乃ちゃんを。
二曲目は男性ボーカルと女性ボーカルを奈乃ちゃん一人で二役した曲だった。だから女の子な奈乃ちゃんと中性的な奈乃ちゃんの二種類の素材写真を使った。
どちらも出来は自信ある。
特にボーカル入りは奈乃ちゃんの魅力が惜しみ無く詰め込まれている。
奈乃ちゃんにも気に入ってもらえた。
クライアントにも気に入ってもらえたようで良かった。
「動画チャンネルの事で江島くんと話をしたいのだけど?」
「うん。江島くんには私から伝えるね」
奈乃ちゃんは江島くんの連絡先を教えてくれない。多分、江島くんにも私の連絡先を教えていない。
奈乃ちゃんは動画の事があまり詳しそうでないので、伝言は不安があるのよね……。
「直接、江島くんと話をしたいのだけど?」
「イヤ」奈乃ちゃんがはっきりと拒絶する。
私が江島くんを好きにならない事はわかってるよね?
江島くんが私の事をまだ好きだと思ってるのかしら?
江島くんの気持ちは私にはわからない。
「奈乃ちゃん、江島くんに電話して? それから私に変わってもらえるかしら?」
奈乃ちゃんはムッとした表情で考え込む。しばらくしてからしぶしぶ電話をした。
「奈乃です」
「え?え?」奈乃ちゃんが動揺する。
「むぅー」すねた声を出す。
江島くんとはこんな感じで話するんだ。
楽しそうね。
……モヤモヤする。お腹のなかに何か暗いものが溜まっていくみたい……。
奈乃ちゃんにスマホを渡される。
江島くんとは事務的に打ち合わせをした。
必要以上に事務的になったかもしれない。江島くんも事務的に話をする。
ぶっきらぼうなしゃべり方が少し怖い。
『na-no channel』という共同名義で開設した動画チャンネルに私がアップすることにした。同時にSNSも開設する。
私が一番インターネットに詳しそうだったから。
『ありがとう。高瀬』電話の向こうで江島くんがお礼を言った。それは誠実な感謝の言葉に聞こえた。
「いえ、共同サークルだから、お礼を言われるまでもないわ」
奈乃ちゃんに喜んでもらうためだもの。労力は惜しまないわ。
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