第29話 ミュージックビデオ

 高瀬雪穂はカフェで一人エスプレッソを嗜んでいた。

 眠い。


 最近寝不足。お肌に悪いよね。


 奈乃ちゃんとの待ち合わせ。仲直りしてから初めてのデートだ。

 奈乃ちゃんと気まずくなったあの日からあまり寝てない。眠れない。


 最初の数日間は後悔と、そして私を受け入れてくれなかった奈乃ちゃんへの怒りで眠れなかった。


 奈乃ちゃんと仲直りしてから、また眠れなくなった。いや、寝食を忘れて奈乃ちゃんの曲のMVを作成してたから。

 その手のMVたくさん見た。


 興が乗ってCGに3Dモデルとかも勉強した。奈乃ちゃんの曲って、ハードコアって言うの? そういう作りをしたMVが多かったから。


 ……凝りすぎた。寝てない……。



 奈乃ちゃんが店に入ってきた。


 白の無地のTシャツに膝下丈の深い緑のワンピース。白のストッキングに飾りリボンのついた茶色の靴。今日はショートヘアー。暑いからね。

 茶色のリボンの飾りがついたローファーを履いた。いつものシュシュ型のブレスレット。私とデートするときはいつも着けてくれるね。


 そして、……?!


「ピアス?!」

 奈乃ちゃんは恥ずかしそうに微笑んで、横髪を耳の後ろにすいてからイスに座った。

 短い髪を更に耳にかからないように耳の後ろに流してピアスを目立たせている。

 黒のガラスのシンプルなデザインだった。


「お待たせ、雪穂ちゃん」奈乃ちゃんが得意そうに、少し照れながら笑いかけてくる。

「……こんにちは、奈乃ちゃん。今来たところよ」


 いや、私は奈乃ちゃんのピアスから目が離せない。


「ピアス、開けたんだ」

「どうかな?」

「とても可愛いわよ」


 おとなし目の小さなピアスが奈乃ちゃんに似合ってる。とても可愛い。

 でも黒なんだ? 奈乃ちゃんなら水色とかピンクにしそうなのに。

 ……、選んだのは奈乃ちゃんじゃない……。


「今度、ピアス、プレゼントさせて?」

「ん……、これファーストピアスだからしばらく変えれないよ?」

「次のピアスは?」

「……セカンドピアスも用意してあるから……」

「……」

「ごめんね、雪穂ちゃん」

「ううん、またショッピングに行こうね」

「うん」

 奈乃ちゃんを可愛く飾るのはピアスだけじゃない。


 ……悲しくなんかないわ……。


 奈乃ちゃんはコーヒーを頼んだ。何も入れずにブラックで飲んでる。

 奈乃ちゃんはブラックも平気なんだ。私は眠気覚ましにエスプレッソだけど。


 私は緊張してる。この間の事があるから嫌がられたらどうしよう?

 奈乃ちゃんを家に招待したい。今回は下心はない。れっきとした理由がある。

 でも、奈乃ちゃんは嫌がるかも知れない。


 ……。


 会話が途切れる。

 奈乃ちゃんは不思議そうな顔をして私を見てくる。両手でコーヒーカップを包み込むように持って。

 可愛い……。


 私はカメラバックからカメラを取り出す。標準レンズを付けて奈乃ちゃんをカメラにおさめる。


 奈乃ちゃんは面食らったような表情で固まっていた。

 うん、可愛い。

 ちゃんと私が何を撮りたいのかわかってるわよね。


「あの、雪穂ちゃん……。お店の中でおっきいカメラは……」

 大丈夫。焦点はシビアにして、他の人の顔とかは判別できないぐらいピントをずらしてるから。


 ……。

 違う!

 そうじゃない。

 私は奈乃ちゃんをお家にお持ち帰りしたいのだった!


「奈乃ちゃんに頼まれていたMVできたわ」


 頼まれたのは奈乃ちゃん。ピアス男子に頼まれたからじゃない。


「もう?」

「見る?」

「見たい」

「家来る?」

「……行く」

 ちょっと間があったわね……。



 奈乃ちゃんが私の部屋にいる。

 ちょっと緊張している気がする。私はそれに気付かないフリをする。


 パソコンを起動する。

「奈乃ちゃん座って」ゲーミングチェアに奈乃ちゃんを座らせる。

 奈乃ちゃんの肩越しにパソを操作する。わざと奈乃ちゃんの肩に触れるように密着してマウスに手を伸ばす。

 触れた瞬間に奈乃ちゃんは、ビクッと体を固くしたけど、触れたままにしていた。


 フルスクリーンでMVをながした。




 柏木奈乃はカフェのドアを開けた。

 高瀬雪穂ちゃんがテーブルに一人座っていた。ドアに向かって座っている。私が来るのが見えるように待ってたのね。


 今日の雪穂ちゃんもカッコいい。

 黒のTシャツの裾から白のシャツが覗いている。黒のチノパンに白のスニーカー。男の子の服みたい。

 疲れた顔をしている。大丈夫かな?


「ピアス?」雪穂ちゃんが驚いてる。

 私はピアスがよく見えるように髪を耳の後ろに流しながら席に着いた。

「どうかな?」 可愛い?

「とても可愛いわよ」彼女は複雑な表情をしていた。

 誰に買ってもらったか分かってると思う。


「家来る?」雪穂ちゃんは疲れた顔をしているのに、目だけをギラつかせて私を見る。

 分かりやすくて、ちょっと怖い。


「……行く」




 出来上がったMVを見せてもらった。

 MVを見ている間、ずっと体に触れてくるけど気にしないフリをしていた。ちょっとドキドキする。

 後、部屋中私の写真だらけで怖い。


 MVは想像以上だった。前に見せてもらった私の動画のときから雪穂ちゃんの技術もセンスも疑ってはなかったけど、初めてのMVでここまで作ってくるとは思わなかった。

 雪穂ちゃん、何者?


「すごくカッコいい!」

「そう」雪穂ちゃんが嬉しそうに、そして得意そうに言った。どや顔の雪穂ちゃんも可愛いくってカッコいい。


「イラストとか使ってるMVもあるけど、私、イラスト描けないのよね。練習するとしても、すぐには使えないと思うの」


 時間あればイラストも描けるようになるのね? 雪穂ちゃんならホントにできそう。


「奈乃ちゃんの写真を素材に使いたいんだけどどうかな?」

「? これでも十分スゴいと思うけど?」

「どうせなら奈乃ちゃんの歌だけじゃなくて、可愛い奈乃ちゃんもみんなに見てもらいたいから」

 え? いや、いらないから。恥ずかしいから。


「奈乃ちゃん、ストリート系の服を持ってるわよね?」

 最初に雪穂ちゃんと会ったときはストリート系のファッションだったかな? 覚えてたんだ。

 普段、雪穂ちゃんと会うときはガーリー系を意識してたから。その方が雪穂ちゃんが好きそうだと思ったから。


「持ってるけど……。私、必要?」

「必要よ! 奈乃ちゃんが必要じゃないシーンなんかないわ!」

 ……こわい……。


「クライアントに聞いてみて」

 江島くんに?

「電話してみて。私が訊いてみるから」

「……ダメ」

「どうして?」

「……訊くなら……、私が訊くから……」

 江島くんが雪穂ちゃんの事、好きだってこと忘れてる?


 ……雪穂ちゃんだから忘れてるかも……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る