第26話 仲直り

 柏木奈乃はベッドの上でスマホを見ていた。

 何もせずに、ただデバイスを見ていた。にらんでいると言った方が近いかな。


 いつもなら週末は、土日のどちらかで高瀬雪穂ちゃんとデートしてる。

 でも、この週末は雪穂ちゃんとのデートの予定がない。

 いつもなら雪穂ちゃんに誘われて、デートの約束をしている筈なのに……。


 前回の雪穂ちゃんの家での、おうちデート以降気まずい。

 後日、雪穂ちゃんのお友だちがB組の教室に突撃してきたのも気まずさを加速させた。これじゃあ、あのお友だちの思いどおりじゃないの。



 雪穂ちゃんは、私が女の子のときにできた初めてのお友だちだ。

 このまま疎遠になるのはイヤ。

 雪穂ちゃんがヘタレるのなら、私がやるしかないよね。

 がんばる。


 電話する口実はある。江島くんが作ってくれた。ううん、どちらかと言えば誘導した。


 私は頑張って、雪穂ちゃんに電話した。


『奈乃ちゃん!』電話してすぐに雪穂ちゃんが出た。すごく慌てた声をしていた。

 雪穂ちゃん、必死すぎ。どんだけ私の事好きなの?


 私は用意していた台詞を言おうとして、言葉に詰まる。声がでない。体が震える。息が荒くなる。


『奈乃ちゃん、大丈夫?』

 私の異変に気づいた雪穂ちゃんが、優しく話しかけてきてくれた。


 私は自分が思っていたより臆病で、雪穂ちゃんはとても優しかった。


 いつもの雪穂ちゃんに、私は落ち着きを取り戻す。


「雪穂ちゃん、私の事嫌いになったの?! どうしてデートに誘ってくれないの?! 嫌いになら無いで!」叫んでいた。それほど冷静じゃなかった。


『嫌いなわけ無い! 奈乃ちゃんの事嫌いになるわけ無い!』スマホの向こうで雪穂ちゃんが叫ぶ。


 すごくおっきな声でビックリした。ホントに雪穂ちゃん必死すぎ。


 嗚咽が止まらない私をずっとずっと待っていてくれた。ホント、私の事好きすぎなんだから。




 謝りたい。高瀬雪穂はずっとそう思っていた。

 スマホを見ている。

 謝るなら電話でもメールでもいい。とにかく奈乃ちゃんと話をしたい。


 謝りたいと言ったけど、その言葉は正しくない。

 私は何も悪いことしてない。

 奈乃ちゃんが好きなのは謝らない。押し倒したのも謝らない。奈乃ちゃんを泣かせたのも謝らない。


 奈乃ちゃんが伸ばしかけた手を取らなかったこと。


 私がちょっとだけ暴走して、好きな子を押し倒したのは仕方ないよね。私は聖人じゃないもの。


 奈乃ちゃんは私を怖がって泣いていた。それなのに、私に手を差しのべた。

 奈乃ちゃんに拒否されて傷ついた私に手を差し伸べようとした。私は自業自得なんだけどね。


 あの時手を取らなかったことを謝りたい。


『嫌いになら無いで!』奈乃ちゃんは叫んでいた。


 嫌いになんかなるわけないじゃないの……。




 夕方のカフェ。高瀬雪穂は紅茶に手をつけずにたたずんでいた。

 柏木奈乃ちゃんを待っている。


 駅前のカフェ。私の方が家が近いから先に着いているのは当然だ。

 奈乃ちゃんは泣いていたから、お化粧とかにも時間がかかるだろう。


 しばらく待っていたら、奈乃ちゃんが店に入ってきた。

 膝下丈の深い緑のワンピース。白の半袖のブラウスには緑のリボンをしている。白のストッキングに飾りリボンのついた茶色の靴。ロングヘアーは緑のリボンで左側にまとめて、肩から前に垂らしていた。


 チェーンで繋がった二つのイヤーカフを付けた右耳が髪から出されていた。初めて見る。

 左手には私が買ってあげた水色のシュシュ型ブレスレット。


 私の買ってあげたブレスレットを付けてきてくれたのは、私と仲直りしたいという奈乃ちゃんのメッセージなんだろう。

 なら、イヤーカフは何のメッセージ?


 奈乃ちゃんは気まずそうに会釈をしてから席に着く。

 オーダーが終わるまで無言で待つ。


 すぐに店員さんがオーダーを取りに来た。


「奈乃ちゃん、来てくれてありがとう」微笑みかける。上手く笑えたかしら?

 奈乃ちゃんはぎこちなく微笑みを返す。奈乃ちゃんは少し自分を表現することが苦手なんだと思う。

 女の子として他人と関わることがほとんど無かったからだろうか?


「奈乃ちゃん。先ずは志歩が失礼なこと言ってごめん。あ、志歩は友達で、この前に奈乃ちゃんの教室に行った子ね」

 奈乃ちゃんはうつ向いて黙っていた。

 志歩にはきつく抗議したけど、全く反省する素振りは見せなかった。でもそれ以上は強く言えなかった。だって志歩も私の大切な友達だから。

 奈乃ちゃんにも志歩にも嫌われたくない。


 奈乃ちゃんはから謝罪を受け入れるとの返事はなかった。代わりに、

「雪穂ちゃんは、お友だちに大切にされてるね」と言った。

 暗い感情を感じた。


「私が気持ち悪いと言われるのは、覚悟してるか ら……」

 覚悟してるからといって、言われて平気なわけはない。


「奈乃ちゃんはB組の皆に愛されてるのね」

 あの時、クラスにいた全員が志歩に怒りの目を向けていた。誰一人例外無く。


「うん。……みんな大好き」奈乃ちゃんは少し恥ずかしそうにそう言った。


 もうひとつ、謝らなければ行けない。こっちが本題だ。


 奈乃ちゃんがオーダーしたコーヒーが届いてから話を切り出す。


「私は奈乃ちゃんが好き。男の子か女の子か関係ない。私は奈乃ちゃんが好き」

 私は奈乃ちゃんの目を真っ直ぐに見る。

 奈乃ちゃんも目をそらさない。ただ困惑はしていた。


「だから、押し倒したことは謝らない」

「……うん」

「……でも、あの時に差し出してくれた手を取れなかったことは謝るね」


「私も雪穂ちゃんに謝りたい。ビックリして泣いちゃったけど、雪穂ちゃんが嫌いなわけじゃない。雪穂ちゃんが望むなら、全部受け入れたかったんだけど……」

「うん。ありがとう。でも奈乃ちゃんに無理をしてもらいたくはないかな」

「勝手なお願いだとはわかってるけど……。これからもお友だちでいてください」奈乃ちゃんは頭を下げた。

「もちろんだよ。奈乃ちゃん」これが惚れた弱みって事ね……。




「雪穂ちゃんにお願いがあるんだけど」しばらくお話をしてから、奈乃ちゃんが切り出した。

 仲直りして直ぐにお願い事とか、したたかよね。もちろん断らないわよ。


 USBを渡された。

「曲のデータが入ってるの。聴いてみて」

 イヤホンを渡される。奈乃ちゃんのスマホから曲が流れた。


「待って、これ奈乃ちゃん?」曲が流れて直ぐに奈乃ちゃんの声だと気付いた。

「うん」

「カラオケ?」聴いたことの無い曲だった。

「オリジナル」

「奈乃ちゃんが?」

「ううん。歌だけ」

「誰の曲?」

「……江島くん」

「……」ピアス男子か……。

「MV作れる?」

「技術的には……」他にもセンスとかいるよね?

 奈乃ちゃんのお願いは断れない。


 イヤーカフはそういう匂わせなのね……。



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