第25話 イヤーカフ

 柏木奈乃は居間で妹の那由多とゲームをしていた。

 学校が終わってからの早い時間。両親はまだ帰ってきていない。


 スマホの呼び出しが鳴った。電話だ。

 画面を見る。

 江島貴史くんだった。


 ゲームをポーズして、慌てて電話に出る。


「はい。奈乃です!」


 電話の向こうで笑い声が聞こえた。


 笑われた、笑われた。何で? 何でいつも笑われるの?

 ??


『ああ……、悪い柏木』まだ江島くんは笑っている。

「?」どうして?


『柏木、いますぐ俺の家にこい。できるだけ急いでくれ』それだけ言って電話が切れた。


 ……。?!


「那由多、ごめん。出かけてくる」

 那由多は黙っていたが、とても冷たい目で見てくる。


 部屋に戻って急いで準備する。




 江島くんの家の近くで先に電話を入れる。

「奈乃です」

 電話の向こうで笑い声が聞こえる。

 何で?


『玄関開ける』

 江島くんの家に着いた。

 玄関前で江島くんが迎えてくれる。

「江島くん!」

「よお」


 今日の江島くんもラフな服装していた。

 お家だからね。

 黒基調のジャージのズボン。黒の柄Tシャツ。いつも通りのシルバーアクセサリーにピアス。

 いつも通りカッコいい!


 私もアクセサリー増やしてみたけど、誉めてくれるかな?


 2階に通される。

「新曲、出来た」

「聴きたい!」

「お、そうか」江島くんは嬉しそう。


 曲を聴く。


「カッコいい! これ好き!」

「あ、うん……」江島くんが照れている。


「でも、これ二人で歌うの?」

「男性と女性の2パートな」

「誰が歌うの?」

「柏木」

「? もう一人は?」

「2パートとも柏木」

「同時に歌えないよ?」

「いや、トラック分けるから」

「?」

「……、技術的なことは柏木が知らなくてもいい」



 男声パートと女声パートを別々に録音して、後で合わせるらしい。


「今度の土曜日、録音するから練習してこい」

「うん」

 やっぱり私が歌うんだ……。スマホに音源データを入れられた。


「これってどこかに出すの?」私は床に正座している。江島くんはパソコン前のイスに座っていた。

「んー、そうだな……」江島くんは歯切れが悪い。

「せっかくだからネットに上げたいとは思うんだが……。音声ファイルだけじゃ誰が聴いてくれるのか……」

「?」

「MVつけて動画サイトにでも投稿すれば見てもらえるかもな……」

「投稿すれば?」

「いや、MVとか作れない。俺は曲しか作れない」

「……」


 そう言えば動画作れる人に心当たりあるけど……。ちょっと気まずい。


「おい、誰か作れるやついるのか?」

「あ、うん……」

「紹介しろ」

「え?……」


 待って、江島くんって雪穂ちゃんの事好きじゃなかった? フラれてたけど。


 ……、江島くんを雪穂ちゃんに紹介するの?

 ……ムリ!


「イヤ……」

「はぁ? 何でだ?」

「……女の子だから……」

「いや、別にいいだろ?」

「……」

「まて、何で泣くんだ?! 意味わかんねー!」


 意味わかんないのは、私の方だよ!




 江島貴史は柏木奈乃に泣かれて困惑していた。

 何でこいつはすぐに泣くんだ?

 俺、何か泣かすようなこと言ったか?

 動画作れるやついるなら、紹介してくれって言っただけだろ。


「柏木、もう泣くな」どうしていいかわからない。「なあ、どうしたら泣き止んでくれるんだ?」

「ハグして!」


 またか。何でだ?


 泣かれるのは苦手だ。イスから立ち上がり、柏木の対面に腰を下ろす。両手で抱き寄せる。

 柏木は大人しく俺の胸にもたれ掛かってきた。


「泣くな、柏木」

「むぅ」抗議するように唸る。

「動画作れるやつ紹介してくれって言っただけだろ?」

「イヤ」

「何でだよ?」

「私以外の女の子と仲良くなるのイヤ」

「えぇ……」

 私以外の女の子? 何言ってんのこいつ。柏木は男だよな?


「……柏木、俺は自分の曲を多くの人に聴いてもらいたいと思っているんだ。動画がその手段になるなら、試してみたい。手伝ってくれないか?」

「私が聴く」

「はぁ? いや、柏木以外にも聴いて欲しい」

「私以外が聴かなくてもいい」

「……、いや、なんでだ?」

 まじで話が通じないぞ?


「どうして私以外の人が聴かなくっちゃいけないの?」


「……」これは切りがない。あまりの話の通じなさにムカついてきた。ハグしていた手を離し、柏木を押しやる。

「柏木、俺に手を貸してくれないのか?」


 柏木は不安気な表情をする。

「え?……ううん……」ハグして欲しそうに手を伸ばしてくる。

 柏木の両手をつかんで押し止める。


「頼む、柏木。手を貸せ」

「う、うん」

「動画作れるやつが女だろうが関係ないだろ。別に女紹介しろって言ってる訳じゃないんだ」

「……、雪穂ちゃんだけど……」

「……高瀬か……」


 何か最近フラれたような気がするな……。

「……」

「……」

「私から頼んでみるね」

「……おう、頼む」

「江島くんは、絶対に雪穂ちゃんと直接話しちゃダメ」

「? お、おう」何だ? 極端すぎないか?


「手」

「ん?」掴んでいた柏木の手を離す。

「ん!」柏木は手を広げる。

 あ、ハグの続きか。ハグする。

「撫でて」

 頭を撫でる。……何でだ?

 柏木が嬉しそうなので、まあいいか。


「ん? イヤーカフ?」

 柏木のあたまを撫でていると、柏木の右耳にイヤーカフがつけられいるのに気づいた。

 いや、髪の毛が左にまとめて肩から前に垂らしていた。右耳のイヤーカフが目立つ髪型にしてあった。ゴールドで耳の上部と中部をの二ヶ所止めてチェーンで繋がっている。

 やべ、気づかなかった。これ、誉めないと不機嫌になるやつだ。


「カッコいいな。最近買ったのか?」

「うん!」俺の胸に埋めていた顔を上げて、嬉しそうに言った。

 やっぱ、褒められるの待ってたな。


 今日の柏木は黒のTシャツの背中には白字でパンク系のイラストがプリントされている、膝丈のデニムのスカートに黒のレギンス。イヤーカフと同じゴールドのチェーンネックレス。


 最初に誉めておかないから、拗ねられてこじれたか。


「私もピアスにしたいんだけど、穴あけるの怖かったからイヤーカフにしたの」

 そうか。

「江島くんとお揃いのピアスにしたいな」

 俺と?


「ピアス、空けてくれる? 江島くん」


 まじか……。



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