第22話 妬みの矛先

 柏木奈乃は手を伸ばした。でも何もつかめなかった。


 高瀬雪穂ちゃんが私を覗き込んでいる。傷ついた表情を浮かべて。


 雪穂ちゃんにベッドに押し倒された。ビックリしてしまった。急に雪穂ちゃんが怖くなって泣きそうになる。体が震える。


 私が泣きそうになったのを見て、雪穂ちゃんも泣きそうな顔になる。そして私の顔の横に覆い被さるようにしてついていた手をどける。


 雪穂ちゃんに手を伸ばしたのは何でだろう?

 雪穂ちゃんに嫌われたくないから?


 でも、手を伸ばしてどうするの?


 体を起こす。ベッドに座り直す。

 雪穂ちゃんを見る。

 彼女はこっちを見ずにうつ向いている。


「ごめんね……」雪穂ちゃんはそれだけ言って、また黙ってしまった。


「ごめんなさい、雪穂ちゃん」もう一度手を伸ばす。でも触れることはできなかった。


「ごめんなさい。私がこんなんだから勘違いさせちゃったよね」涙が溢れてきた。嗚咽まじりになって話しにくい。

 でも、雪穂ちゃんが大好きだということはちゃんと伝えなくっちゃ……。


「雪穂ちゃんは、私の初めてのお友達なの……」

 女の子の格好してるときで、初めてお友達になってくれたのが雪穂ちゃんだった。


「私の事をわかっていて、同性としてお友達になってくれた、初めてのお友だちなの……」

 何を言いたいのかわからない。ううん、言いたいことは一つだけしかない。


「だから嫌わないで!」



 雪穂ちゃんは長い間呆然としていた。何を思っているのかわからない。

 怒っているかな?


 長い間、私の嗚咽だけが音を出していた。


「奈乃ちゃん、奈乃ちゃんにとって私は同性のお友達なんだ……?」

「……うん」

「……ごめんなさい。私は奈乃ちゃんを同性とは見ていなかった……」


「私が偽物だから……?」

「違うよ……。奈乃ちゃんは女の子だよ……」

 雪穂ちゃんが何を言っているのかわからない。


 彼女はとても言いづらそうにしていたが、覚悟を決めたように私をまっすぐに見る。


「私が……、私は女の子が好きだから……」

 ……?


「女の子としての奈乃ちゃんが好きです」


 ……?


 もう、頭の中がぐちゃぐちゃ……。


「私は雪穂ちゃんが大好き。でも、雪穂ちゃんを異性として見れない。ごめんなさい」

 何を言ったら良いのかわからない。

 バカみたいに同じ言葉を繰り返すだけだった。


「お願い。嫌いにならないで!」


「……奈乃ちゃんを嫌いになるわけ無いじゃない……」




 高瀬雪穂は机に突っ伏していた。

 朝の教室。


 普段、机に寝そべるなんてみっともない事はしない。言っても私は外面はよい方だから。

 自分で言うのも何だけど、本来の性格と、他人から見た性格は大分違う。


 本当の私は、どうしようもなく破廉恥なんだろう。


 私は皆を騙している。

 私は私自身を騙している。


 私は私がわからない。

 私は女の子であるらしい。そして、女の子は男の子が好きになるらしい。


 ごめんなさい。もうギブアップよ。


 私は男の子より女の子の方が好き。だって可愛いから。女の子の中でもより可愛い子が好き。


 女の子が好きな私は、男の子なのかしら?

 見たところ私は男の子には見えない。周りの人は、私を女の子だと思ってるみたい。


 どういう事かしら?


 柏木奈乃ちゃんと出会った。

 奈乃ちゃんはとても可愛い。私は可愛い奈乃ちゃんが好き。

 奈乃ちゃんは実は男の子だった。後から知った。

 私は奈乃ちゃん、つまり男の子が好き。

 男の子が好きな私は、女の子って事でいいよね?


 何だ。私って普通なのね。


 普通は、好きな子は押し倒すものよね?


 ……押し倒したら、泣かれた。

 こんなときは、普通の人はどうするの?



「雪穂、体調わるいの? 大丈夫?」

 友人の佐伯志歩が心配そうに声をかけてきた。


 私が机に突っ伏していることが珍しいから。


「どうして良いかわからない……」顔を伏せたまま、泣きごとを言う。志歩になら愚痴を言ってもいいよね。良い感じに慰めて。


「何が?」

「押し倒したら泣かれた……」

「……は?」

「好きな子は、普通押し倒すよね?」

「……、いや、ダメでしょ」

「泣かれたってことは、私って振られたの?」

「誰に?」

「……奈乃ちゃん」

「いや、誰? 私が知らない人?」

「……B組の柏木くん」


 志歩が一瞬固まる。そして、無言で背を向けて教室の出口に早足で向かった。


「待って、志歩! どこ行くの!?」私は慌てて立ち上がり、志歩を追う。


 B組は隣のクラスだ。私が追いつく前に、志歩はB組にたどり着いた。

「柏木いる?」

 教室に入ろうとしていた女の子に声をかけていた。

「柏木、お客さん」


「待って、志歩! 何しようとしてるの?!」

 志歩は私を無視する。とても不機嫌そうな顔をしている。これはマズイわね。


 柏木くんがやってくる。私を見て困った顔をする。


「あ、高瀬さん。おはよう。……どうかした?」

「ごめんなさい、柏木くん。志歩戻ろ?」


「雪穂に色目使うな。気持ち悪いのよ、オカマの癖に」

「志歩!!」

 柏木くんが驚いた顔をする。

 いえ、それ以上に周りが反応した。


 B組にいた全員が私たちを注目する。敵意を隠そうともせず。


「ちょっと、あなたいきなり何言ってんのよ!」近くにいた、女の子が怒りをあらわに志歩に食ってかかる。柏木くんを呼び出してくれた子だ。


 志歩はその子を無視して柏木くんをにらみ続ける。

 一人の男の子が走ってきて、柏木くんを庇うように、志歩との間に割り込んだ。


「君、失礼だろ」かなり怒っている。

「羽崎、いいから」柏木くんは羽崎と呼んだ男の子の前に出る。


「冷静になって。高瀬さんが困ってる」

 志歩は黙ったまま柏木くんをにらむ。

「志歩、いい加減にして!」何なの!? もう泣きそう……。


 志歩が踵を返して無言で立ち去る。


「ごめんなさい。柏木くん」

「俺はいいから……」柏木くんは志歩を目で追った。

「うん。ごめんなさい」私は志歩を追う。



「志歩、今のは何?!」私も怒っている。柏木くんにも悪いし。何より、私が可哀想すぎる。

 皆の前で柏木くんに振られたことを晒されただけじゃないの。

 私のために怒ったのかもしれないけど、最悪のやり方だわ。


 席に着いた志歩は私を無言でにらんできた。


 ……志歩は柏木くんだけじゃなくて、私に対しても怒っている。


 私、志歩を怒らせるような事した?



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