第21話 ピロートーク

 高瀬雪穂はアルバムブックを持ってきた。


 ベッドをイス代わりにして、柏木奈乃ちゃんと二人ならんで座る。

 左に座る奈乃ちゃんと一緒にアルバムブックを見る。


 今まで撮った奈乃ちゃんの写真を光沢紙にプリントして自作写真集にしてある。


 厳選した可愛い奈乃ちゃんが沢山。奈乃ちゃん、喜んでくれるかな?


「……」奈乃ちゃんはしゃべらずに写真集に見いっている。


「この写真とか、特に気に入っているの。ISO設定を低くしてね、露出を多くして、奈乃ちゃんの表情を柔らかくしてるの」特に意味のある事は言ってない。写真の説明をするフリをして奈乃ちゃんに近づいただけだから。


 奈乃ちゃんからいい香りがする。何つけてるのかしら?


「雪穂ちゃん?」

「え?」

「どうかした?」

「ううん、何でもないわよ?」


 いけないわ。奈乃ちゃんの匂いにちょっと持ってかれそうになったわ。


 奈乃ちゃんは私の真横にいる。腰が当たるか当たらないかのギリギリ。足も当たりそうなんだけど、奈乃ちゃんは揃えた足を少し私と反対側に倒している。こっちに倒せばいいのに……。


 肩や腕は、さっきからよく当たる。わざと当たりに行ってるから。

 奈乃ちゃんは特に気にしてない。


 行けるよね?

 これ、行けるわよね?


 今日は家族いないって言ってあるのに、おうちデートOKって、OKって事よね。


 うん。深呼吸。鼻息荒いのカッコ悪いよね。クールに行こう。

 大丈夫、私はクールだ。

 後はスマートにベッドに押し倒すだけよ。


「雪穂ちゃん?」

「え?」

「大丈夫? 呼吸が荒いけど?」

「だ、だ、大丈夫!」

「?」


 奈乃ちゃんが心配そうに見上げてくる。

 可愛い!


「雪穂ちゃん、顔赤いよ?」

 奈乃ちゃんは立ち上がり、私の前に腰をかがめて立つ。いつもと違って、少し見下ろされる。これは、……新鮮で良い!


「お熱あるんじゃない?」

 いきなり顔を近づけてきた。

 え?


 奈乃ちゃんの手が私の前髪を上げる。そして奈乃ちゃんの額が、私の額に当たる。


 ふぇええ?!


「ん? お熱は無い?」


 あ、だめ……。


 力が抜けた。


 背中からベッドに倒れこむ。


「雪穂ちゃん!? 大丈夫!?」奈乃ちゃんが覆い被さるように覗き込んでくる。奈乃ちゃんの両手が私の顔の左右に置かれる。


 近い! 近くてとても良い!


 目を閉じる。ここは奈乃ちゃんに任せよう!


「雪穂ちゃん?! 待って! 救急車呼ぶから!」


 慌てて上体を起こし、奈乃ちゃんのスマホを持つ手つかんだ。


 天然かな……?




 柏木奈乃は高瀬雪穂と写真を見ていた。


 ベッドの横に座る雪穂ちゃんがとても近い。ドキドキするんだけど。


 雪穂ちゃんがとても楽しそうに写真の話をしてくる。何を言っているのか全然わかんないけど、雪穂ちゃんが嬉しそうだからまあいいか。興味ありそうなフリをして適当に相槌をうつ。

 だって雪穂ちゃんが楽しそうだと、私も楽しい。


 でも、写真の全てのモデルが私なのは何とかして。感想に困るよ。



「お熱あるんじゃない?」

 耳元で雪穂ちゃんの荒い呼吸が聞こえる。

 ? 雪穂ちゃん、体調わるいの?

 私は立ち上がって、彼女の正面にまわる。前髪を上げて、額と額をくっつける。


「ん? お熱は無い?」


 雪穂ちゃんは背中からベッドに倒れこむ。


「雪穂ちゃん!? 大丈夫!?」私は慌てて、両手を彼女の顔の両脇について覗き込む。


 顔が赤い。目も潤んでいる。呼吸も荒い。

 雪穂ちゃんは何か思いつめた表情をして、目を閉じた。


 ええ?! 大丈夫なの?!

「雪穂ちゃん?! 待って! 救急車呼ぶから!」


 雪穂ちゃんは上体を起こし、スマホを持つ私の手をつかんだ。


 ん? 大丈夫……なの?




 再びベッドに二人ならんで座っている。

「雪穂ちゃん、ビックリするからイタズラはやめてね」

 雪穂ちゃんがふてくされたような顔をする。

「何で機嫌悪いの?」


「天然なの? 鈍感なの? それともからかわれてる?」彼女は独り言のようにぶつぶつ言っている。

 何を言っているの?


「私、すごく恥ずかしいのだけど」彼女は両手で自分の顔を覆い隠す。

 何が?


「奈乃ちゃんのバカ!」

 えー、何で?

 バカって言われたけど、本当に怒っているようには見えない。

 何なの? 今日の雪穂ちゃん。情緒不安定で分かりにくい。


 ……、いつも通りか……。


「うん、そうね。奈乃ちゃんにリードを期待したのが間違いね」おっきな独り言ね。


「奈乃ちゃん」雪穂ちゃんが私を見る。さっきまでの気持ち悪さがなくなって、いつも通りのハンサムな表情。

 あ、やっぱりカッコいい。何でいつもこの顔をしてくれないのかな?


「ごめん。奈乃ちゃんが悪いんだからね」

 え? 私、何かやらかした?


 雪穂ちゃんの両手が私の両肩をつかむ。そしてゆっくりとベッドに押し倒された。


 え?


「奈乃ちゃんが押し倒してきたのに、何もしてくれないから……」雪穂ちゃんがすごく真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに言う。


 何言ってるのか全然わかんない。

 押し倒してないよ? 雪穂ちゃんが自分で倒れたんだよ?


 あと、何を期待していたの?!


「……」




 高瀬雪穂は柏木奈乃をベッドに押し倒して、そして後悔していた。


 奈乃ちゃんは涙目で震えながら私を見ている。


 泣かすつもりなんか無かった。


 どうして嫌がられないと思ったのだろ?

 どうして奈乃ちゃんを私の思いどおりにできると思ったのだろ?


 奈乃ちゃんはお人形さんじゃない。当たり前のことなのに……。



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