第19話 お兄さんになって

「羽崎、今日は空いているか?」

 羽崎正人は柏木奈乃に声をかけられた。ホームルームが終わり、帰り支度をしているときだった。

「空いてるよ」答えは決まっている。俺が柏木の誘いを断ることは基本ない。

「ゲーセン行こう」

「ああ」

 俺も柏木もゲーム好きだ。

 どちらかと言うと、家庭用ゲーム機で遊びたい。柏木の家に行けば奈乃と遊べるから。


 でも、柏木はどちらかといえばゲームセンター派だ。たまに柏木のゲームセンター遊びにもつきあっている。


「柏木、ゲーセンでなにやるの?」近くの席の男子がゲーセンという単語に反応した。

「格ゲーがメインかな」

「俺も格ゲークラス」彼は同好を見つけて嬉しそうだ。

「一緒にいくか?」柏木が彼を誘う。

「行く」


 彼は彼の友人も誘った。

「また格ゲーかよ。好きだな、お前」彼の友人は呆れたように言ったが、ゲームセンターにはついてきた。



 ゲームセンターに着いて、とりあえず対戦台に行く。

 俺と柏木で対戦した。俺はあっさり負ける。

 クラスメイト二人とも交代したが、柏木は一度も負けなかった。


「柏木、強いな」

「あ、……うん」俺が何となしに誉めると、柏木は少し照れた。

 照れかたが奈乃っぽかった。まあ、同じ人なんだけどな。


 向かいの対戦台には、格ゲー好きのクラスメイト。その後ろで彼の友だちが応援している。


 また、柏木が勝った。

「羽崎、勝ったよ」柏木が嬉しそうに俺に笑いかけてきた。俺も笑い返す。

 楽しそうな柏木は、ほとんど奈乃のようだった。

 こっちが素の柏木なんだろうな。


 クラスメイトが連コインしてくる。

 その後ろで応援している彼の友だちが、筐体越しにこっちを見てきた。


 にらまれた。


 ……。柏木、勝ち過ぎるなよ……。



 さんざん柏木が勝ち過ぎた後、柏木を格ゲーから引き剥がした。連勝し続ける限りゲームは終わらない。どこかで切らなければならなかった。


「柏木に勝てないから、違うゲームがしたい」

「え?……、ごめん……」柏木は目に見えてシュンとしてゲームを終わらせた。


 その後4人でレースゲームをしてから解散した。レースで1位になったのも、やはり柏木だった。


 俺は柏木と二人で、柏木の家に向かって歩いていた。


「あの二人、すごく仲いいんだな」柏木は羨ましそうに言った。

「だな」俺はムッとしたので、そっけなく答える。

「え? 羽崎、どうした? 何か気にさわる事言ったか?」柏木が焦った顔で俺を見る。


 立ち止まって柏木を見る。

 柏木も立ち止まって見上げてくる。


「俺は柏木の事を仲の良い友達だと思ってたのだけど、柏木はそうは思ってなかったのか?」

「え? ううん、ごめん」

 不安気な柏木は、奈乃と同じ表情をしていた。




 柏木家にお邪魔する。

「ただいま」

「おじゃまします」


 パタパタと柏木那由多が玄関に出迎えに来た。


「羽崎さん、いらっしゃい」

「こんにちは、那由多ちゃん」


「何で羽崎にだけ挨拶するんだよ」柏木が那由多に文句を言う。

「兄さんはさっさと着替えてきて」

「はいはい」柏木が2階に行く。


「洗面台使いますか?」


「コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」


「待っている間、ゲームしますか?」


 那由多の接待が凄い。


「どうしたの? 那由多ちゃん」ソファーに座ってコーヒーを頂きながら、那由多と話をする。


 那由多は真面目な顔をして、俺の前の床に座った。背筋の伸びた綺麗な正座だった。


「羽崎さん。お姉ちゃんを見捨てないで下さい」そう言って那由多は頭を下げた。


「何言ってるの!?」コーヒーを吹き出すかと思った。


 那由多は口ごもる。可哀想なくらい冷や汗をかいていた。

 姉思いのいい子だね。


「那由多ちゃん。お姉ちゃんは今までずっと我慢していたんだ。今までできなかったことを取り戻したいんだと思う。だから大目に見てあげようよ」

「羽崎さんはそれでいいんですか?」那由多は不満そう。

「柏木の、お姉ちゃんのやりたいようにさせてあげたい」少し言いづらいけど、「俺だって問題を先送りしたいよ。いろいろな覚悟がいるよね」


 那由多は俺の言いたいことを理解して、口を閉じた。

「ごめんね。優柔不断で」

「いえ、私こそごめんなさい。羽崎さんを追い込むような事を言いました」那由多はもう一度頭を下げた。


「羽崎さんが、お兄さんになってくれたらいいなって、……、私のわがままです」




「羽崎ぃー、お待たせー」奈乃が着替えてきた。


 白のキャミソールに、大きめの白のTシャツ。下は七分丈の小さな柄の入った茶色のステテコのような柔らかめの生地のパンツ。


 暑くなったからか、涼しげな格好をしてきた。


「何の話してたの?」奈乃が俺の隣に座る。体をくっつけるほど近くに。


「お姉ちゃんが浮気しているって、バラしておいたから」那由多は冷たい目で奈乃をにらむ。


 奈乃はビクッとして固まった。


「私2階行くから。一時間は絶対に降りてきませんから」そう言って部屋から出ていった。


「つきあってもいないから、浮気ではないよね」

 できるだけ優しく話しかける。

 柏木はオドオドした目で見上げてくる。少しはやましいらしい。


「柏木の好きにしたらいいよ。後悔がないように」

 それでも柏木は不安そうだった。


「俺は柏木の味方だから。甘えたいならどれだけでも甘えさせてやるよ。好きなだけやりたいことをやればいい」


 柏木が潤んだ目で俺を見上げてくる。

「だって、俺たち友達だろ?」


「うん」柏木の顔がパッと輝いた。すかさず俺に抱きついてくる。



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