第17話 トラックメイカー

 昼休み。羽崎正人は柏木奈乃とどうということもない話をしていた。


 昼食を食べ終わった後、隣の席の女子とその友達二人が話に加わってくる。最近は柏木と二人っきりで話をすることは少なくなった。柏木は人気者だからいつも誰かがいる。まあいいんだけどな。

 最近はかなりの頻度で柏木の家に遊びに行くようになった。奈乃に会いたいから。


 しばらく話をしていると、教室に強面の男が入ってきた。刈り上げにピアス。前に柏木を連れ出した男だ。


「話してるとこ悪いな」ピアス男子が俺達に言う。

 俺も女の子二人も返事をしない。

 いや怖いだろ、見た感じ。


「どうした? 江島くん」 柏木は普通に返事をする。

 ピアス男子は少し怪訝な顔をしてから、それを隠した。


「悪い柏木。今日の放課後、時間空けといてくれないか? また連絡するから。じゃあな」そう言って、さっさと立ち去る。

「用事ってなんだよ?」

 ピアス男子は返事をしないで教室から出ていった。

「理由ぐらい言えよ」柏木が独り言のように言った。

「なんなんだよ。返事も聞かずに」俺に向かって不満そうにグチる。その割にはどっか嬉しそうだった。

「柏木君、あの人と友達なの? ちょっと怖くない?」黙っていた女子が心配そうに尋ねる。

「別に怖くないぞ」そう言って柏木は笑った。




 柏木奈乃は家で着替えてから、待ち合わせの駅前に来ていた。


 江島貴史くんがやって来るのが見えた。

「江島くん!」手を振る。

 江島くんが何か苦虫を噛み締めたような顔をする。

 なんで?


 今日の江島くんは珍しくラフな感じ。ズボンが黒基調のジャージだった。それに白のスニーカー。白の柄Tシャツ。シルバーアクセサリーはしていたけどいつもより地味?

 それでもカッコいいけど!


「何?イベント? カラオケ?」

「いや、家に行く」

「?……うん」

「行くぞ」

「うん」

 おうち行くの? 待って待って!

 何の準備もできていない。心の準備も、それ以外の準備も!


 江島くんの家は駅から10分程度歩いたところにあった。

 普通の一戸建ての家だ。玄関に招き猫。

「おジャマします」

「今日は 誰もいないんだ」

 誰もいないの? 二人っきり?


 いきなり彼のご両親と会わずに済んでホッとする。手ぶらで挨拶ってないわよね。

 でも二人っきりで彼の家っていうのも、すごく緊張するんだけど。

 彼の部屋は2階だった。部屋はパソコンと見たこともない機材が壁の一面を占めていた。

 パソコンとキーボードピアノくらいならわかる。キーボードピアノあるんだ?


「座れ」

 床に正座する。

「これ聴いてくれ」彼がパソコンをいじると、スピーカーから曲が流れる。

 聴いたことがない曲だ。これはハードコアね。大体わかるようになった。

「これ歌詞」紙にプリントアウトされた歌詞を渡される。ワープロソフトで文字が打たれていた。


「えっと、これは何?」

「ああ、曲作ったから」

 江島くんって、曲作れるの?

 え? すごい!

 この曲、スッゴく良くない? カッコいい!


「すごい! この曲カッコいい! クールでグルービー!」

「……お、そうか」

 照れてる? 可愛い!


「歌詞覚えろ。メロディー付きの音源流すから練習しろ」

「え?」

「できれば今日中に録音したい」

「……え?」

 録音って何を? 何で私が練習するの?


「楽譜読めるか?」

 何を言ってるの? 私は首を横に振る。


 彼は曲を再生すると、私の横に座った。私の持っている歌詞を一緒に覗き込む。

 顔がとても近い!


 彼は私の耳元で歌う。

 なにこれ? ご褒美?



「おい、柏木。聞いているか?」彼の言葉で意識が戻る。

 ちょっとボーっとしてた。

「う、うん」

「一回歌ってみよう。立て」

 言われるままに立つ。

 彼が曲を最初から流す。

 それに合わせて歌う。


「お前、ちゃんと聴いてたか?」彼が不機嫌そうに言う。

 お前って言われた。何で不機嫌なの?


 彼はまた曲を流す。

 私の横に立ち、耳元で歌う。

 やっぱりご褒美かな?

 とても良い!


「柏木! ちゃんと聴け!」

 ビクッ!とした。


 耳元で怒鳴られた! 何で?


「悪い。泣くな。大きな声だして悪かった。な?」

「……う、うん」

 ちゃんと江島くんの歌、聴いてたのに……。

 ご褒美じゃなかったの?


 何度か練習した後、「じゃあ録音するから」とスタンドとマイクを持ってきた。


 ……え? 私が歌うの?


 彼はパソコンの前に座るとヘッドホンをする。

「レベルチェックな。歌え」


 曲が流れる。言われるがままに歌う。

「もっと声だせ!」

 頑張って歌う。



「OK。チェックするから座ってろ」

 何回か歌った後、彼がこっちも見ずにそう言った。ずっとパソコンの画面を見ている。


 仕方ないので、床に正座する。

 彼がパソコンをいじっている間、ずっと彼の後ろ姿を見ていた。



 ……。

 江島くんはまだパソコンをいじっている。こっちを見ない。

 ……。


 ……。えー?

 もしかして私の事、忘れてない?

 もう1時間くらい放っておかれているんだけど……。


 ……声かける? ううん、ジャマしちゃ悪いし。


 ……スマホでもいじってようかな? ううん、待ってろて言われたのに、スマホいじってたら感じ悪いよね?


 ……。ホントに忘れてない?


 ……泣いていいかな……。



 江島くんはイスに座ったまま伸びをした。

 一段落着いたようだ。

 ヘッドホンを外して、首を回す。立ち上がりながら振り返る。


 私と目が合う。

 彼は驚いたように後ずさりして、机に腰を打ち付けた。


「……」

「……悪い、柏木。……持たせた……」


 私の事、忘れてたよね……。




 江島貴史は柏木奈乃を自宅に連れ込んだ。


 柏木は床に正座して、部屋をキョロキョロと見渡している。何か緊張してるのか?


 今日の柏木はパンクだった。黒の半袖シャツには英字がプリントされていて、首まできっちり止められた襟には、シルバーのチェーンがついていた。膝丈のスカートも黒。白のレギンス。長い髪はまとめずにいた。


 なんだろう。本人はカッコいいパンクのつもりだろうか? 可愛い感じになって、微笑ましいのだが。

 ニワカかな?


 俺の作った曲を柏木に聴かせる。柏木の声質、音域に合わせたつもりだ。柏木が初めてなのも考慮してBPMも抑えている。

 可愛さとカッコよさを合わせた、柏木をイメージして作った。


 緊張する。柏木に気に入ってもらえるだろうか?


「すごい! この曲カッコいい! クールでグルービー!」柏木が興奮した感じで、目を輝かせながら言った。

 全部おんなじような意味なんだが……。


「……お、そうか」とりあえず気に入ってもらえたようで、ほっとする。


 柏木は楽譜が読めないようなので、耳で曲を覚えてもらう。俺が歌って見せる。


 何故か柏木の集中が悪い。

「柏木! ちゃんと聴け!」

 柏木が、ビクッとする。見ている方が驚くぐらいビクッとした。

「悪い。泣くな。大きな声だして悪かった。な?」

「……う、うん」


 潤んだ目で俺を見る暇があったら、曲を覚えてくれ。


 何度か練習して、録音にこぎつける。


「OK。チェックするから座ってろ」


 柏木の歌は期待どおりだった。

 何回も録音した中から、フレーズごとに一番良いのを選ぶ。

 最初は録音チェックだけのつもりなだったが、ついつい作業を進める。


 完成した。結局一気にやってしまった。ノっているときはこんなもんか。


 ヘッドホンを外して立ち上がる。


 振り返ると床に誰か座っていた。

 ビックリして後ずさる。腰を机に打ち付けた。

 ヘッドホンしてたから、人がいることに気付かなかったのか?


 ……柏木だった。


 ……忘れてた。


 柏木は今にも泣きそうな顔をしている。


「……悪い、柏木。……持たせた……」


 あ、泣いた。


「ごめん。マジで悪かった。泣くな!」

「泣いてない!」

 怒鳴り返してくる。マジで怒ってるなこれ。


 柏木の前に膝をつく。手を出そうかとしてわたわたしてしまう。

「うぅっ……」柏木が涙目でうなる。拳を握りしめて胸の前で震わせている。


 怒って帰らないところを見ると、機嫌をとって欲しいんだな? どうすれば良い? わからん!


「悪い、柏木。何したら機嫌なおる?」


「ハグして! 頭なでて!」


 ハグして、頭なでた。

 大人しくなった。



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