第16話 カラオケで踊るな

 柏木奈乃は一人部屋で音楽を聴いていた。


 江島貴史くんに買ってもらったCDだ。

 学校から帰って服を着替えてからずっとCDを聴いている。


 ベッドに寝転がってスマホをいじっていたら、電話がかかってきた。


 江島くんだった。


 慌てて起き上がり、通話にする。


「奈乃です!」

『いや、だから何がだよ?』江島くんが楽しそうに笑った。


 また笑われた! 何で?


「え? え?」

『ああ、悪い。江島だ』

「うん」

『出てこれるか?』

「うん」

『20分後に駅前な』

「うん」

『じゃあ』通話が切れた。

 ……? 20分後?


 !?


 慌てて着替える。

 駅まで歩いて20分はかかる。ゆっくりしている暇はない!

 メイクもしていると言えばしている。でも急いで確認する。


「出掛けてくる!」玄関に向かう。

「今から?!」妹の那由多がリビングから顔をだす。

「うん」

「……気を付けてね」

「うん」急いで玄関から出る。

 夏の夕方はまだ明るい。



 駅前には既に江島くんが来ていた。


 紺のジーンズに白のスニーカー。黒のTシャツ。前見たのとは柄違い。シルバーアクセサリーを首や指、もちろん耳にもピアス。

 やっぱりカッコいい!


「江島くん!」駆け寄りながら手を振る。


 江島くんはビックリした顔をしてから、苦笑いを浮かべた。


 何で?


「待った? ごめんね」少し息が切れる。ずっと早歩きしてきたから。頑張って笑顔を向ける。

「おう。……何で、ゼイゼイ言ってるんだ?」

「言ってない!」

「……そうか」


 着替えもメイクも含めて、約束通り20分で来たんだからほめて!

 今日の服はどうかな? ほめて!


「じゃあ、行くか」江島くんは歩きだす。

 あれ?

 私は彼についていく。


「どこ行くの? イベント?」

「ん? いや、カラオケ」


 カラオケならそんなに急がなくても良かったんじゃ……?


 カラオケ屋さんに入る。

 小さな部屋に入ると、江島くはソファーに座ってすぐに選曲を始めた。

 どこに座ろうかと考えたけど、彼の隣に座った。


「この曲歌える?」

 リモコンのパネルを見ると、知っている曲だった。前に江島くんにお勧めしてもらった曲。

 マイナーだと思ってたけど、カラオケにあるんだ?

「うん」

 彼はリクエストを入れる。

「はい」マイクを渡された。


 えっと……、歌えばいいの?


 なんだかわからないけど、頑張って歌う。

 彼はじっと私を見ている。にこりともしない。


 彼に楽しんでもらおうと、テンション高めに笑顔で熱唱した。


「じゃあ、これ」

 歌い終わっても彼は拍手も無しで、次の曲を入れる。

「立って歌え」

「うん」


 次の曲も頑張って歌う。やはり、彼は考え事をしているかのように、にこりともしない。


 それが何曲か続いた。

 彼がお勧めしてくれた曲は全部覚えたよ!

 ほめて!


「配信されてるのはこんなもんか」そう言って、曲を探すのをやめた。


 最後まで彼はにこりともしなかったし、拍手もしなかった。

 つまんなかった? 退屈だった?

 何でほめてくれないの?


 彼は帰り支度を始める。


「江島くんの歌も聴きたい」

「いや、俺はいい」

「……」

「おい! 泣くな!」彼は私を見て慌てる。「何で泣くんだよ?!」


「泣いてない!」

「ええ……」彼は困ったように頭をかいた。


「私、……つまんない?」

「いや、ぜんぜん」

「……」

 彼はもう一度、リモコンを手に取った。

 私は彼の隣に座る。

 彼は曲を入れた。


 彼は歌にはあまり自信がないのか、少し照れているようだった。目線を合わしてこない。


 何か可愛い。


 ライブのときみたいに、立ち上げって踊る。

 彼に笑いかけると、余計に恥ずかしがる。


 歌も下手じゃないし、カッコいいのに、何で恥ずかしがるのかな?


 私は楽しくって踊りながら一緒に歌った。


 曲が終わると、彼は恥ずかしさをごまかすかのように、

「遅くなったから帰るぞ。送っていく」と言った。


「うん」



 帰り道。


 江島くんはずっと考え事をしているようだった。


「音楽聴こ?」

「いや、今日はいい」こっちを見ずに答える。


 イヤホンの距離になりたいのに。

 手をつないでくれないかな……。



 江島貴史は柏木奈乃を駅前で待っていた。


 約束の時間は20分後にだった。柏木の家からは20分はかかる。準備とかはあるだろうから時間通り来るとは思ってなかった。と思っていたら約束通り柏木はやってきた。


 早いな。


「江島くん!」柏木が大きな声を出して手を振っりながら近づいて来る。

 大きな声出すなよ、恥ずかしいな。


 今日の柏木もイケていた。いつも通りビビットな感じ。

 白基調で原色をあしらったストリート系のジャンパー。ピンク色のショートのランニングパンツ。左ももにメーカーロゴが入っている。白のストッキング。白のスニーカー。ベースボールキャップ。束ねた髪をピンク色のシュシュでまとめて、肩から胸に垂らしていた。


 柏木が嬉しそうにしてるので微笑み返す。


 なんでこいつはいつも嬉しそうなんだ?


 カラオケ屋での柏木の歌はとても良かった。低音から高音まで表情を乗せて歌う。

 男でこれだけ高音が出るのは貴重だ。

 柏木にお勧めした曲を何曲か入れる。


 柏木の声質と音域を確認できたので帰ろうとするが、柏木は俺も歌えと言う。

 いや、俺が歌いに来たんじゃないんだけどな。柏木には説明をしていないから分からないか。


 なぜか柏木は泣きそうな顔をした。俺は慌てて曲を入れる

 機嫌を治した柏木はノリノリで踊りだした。

 カラオケボックスで踊るなよ、恥ずかしい奴だな。


 帰り道、柏木は曲を聴きたがったが断る。頭の中で曲が鳴り響いていて、余計な音を入れたくない。

 ふと柏木を見ると泣きそうな顔をしていた。

 なんでこいつはいつも泣きそうな顔するんだよ!俺が悪いのか?

 まいったな。どうすりゃいいんだよ?


「悪い柏木、なんか気に障ったか?」

「別に」

「怒ってるだろう?」

「怒ってないよ」

「いや、怒ってるだろう?」俺は柏木に向かって手を広げるジェスチャーをした。ただのボディーランゲージで何の意味もない。

 何故か柏木は俺の手をじっと見てくる。


 手がどうしたんだ?俺は差し出した手を少し柏木の方に差し出した。

 柏木は俺の手をじっと見てから、おずおずと手をとった。

 手を繋ぎたかっただけか。女子が友達同士でもたまに手をつなぐを見たことはあるが、男同士で手をつなぐのはあんまり見たことないな。

 だが男だからおかしいとかおかしくないとか、言いたくもないので柏木の好きにさせることにした。


 ずっと頭の中で、曲が鳴り響いている。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る