第15話 駅前で待ち合わせ

 柏木奈乃は自室のベッドの上に座っていた。

 手に持ったスマホをじっと見つめている。

 何も起こらない。何もしてないから、何か起こるはずはない。


 昼間に高瀬雪穂ちゃんとデートの後、一旦家に帰っていた。


 私はとっても頑張って、電話をかける。メールじゃなくて電話の方がいいと思ったから。


 しばらくして電話が繋がった。


『おう、柏木か』電話の向こうから江島貴史くんの声が聞こえた。

「ふぇ、え、えっと、奈乃です」

 電話の向こうで吹き出す声がした。


『なのです。って、何がだよ』

「ふぇ? え? え? 」

『わかった。落ち着け。柏木だな。何の用だ?」


「えっと、えっと」

 何か笑われた。何か笑われた。何で?!


『よし、柏木。深呼吸だ』

 ?? 深呼吸する。


『で、何の用?』

「えっと、今、だいじょうぶ?』

『だいじょうぶだ』

「会える?」

『今からか?』


 ダメなの?!


「……」

『わかった。会う。泣くな!』

「泣いてない」

『ならいい。今どこ?』

「家」

『30分後に駅前でいいか?』

「うん」


 通話を切る。


 やった!


 ベッドの上で飛び跳ねた。

 思ったより大きい音がした。


「お姉ちゃん!?」隣の部屋で妹の那由多の声がした。

 パタパタとスリッパの音。隣の部屋のドアが開く音がして、私の部屋の前でとまる。


「どうしたの? お姉ちゃん?」

「……」しまった。どうしよう?

「開けるよ? いい?」

「うん」

 ドアが空いて心配そうな顔で那由多が部屋の中を覗く。何も起きてないことを確認してから部屋に入ってきた。


「どうしたの?」

「ごめん」

「何が?」

「……」

 那由多がため息をついた。「お姉ちゃん、心配させないでね?」

「うん」


 私はベッドから降りて、机の上に置いてあったクッキーの袋をポーチに入れる。


「ちょっと出掛けてくる」

「今から?」

「うん」

「もう暗くなるよ?」


 日も長くなったけど、そろそろ暗くなる時間だった。


「だいじょうぶ」私は帽子を取って部屋からでようとする。

「あれ? お姉ちゃん、服変えた?」

「うん」

 私は服を着替えていた。雪穂ちゃんと会っていたときとは違う服だ。


 雪穂ちゃんと会うときは、雪穂ちゃんが好きそうな服にしていた。

 江島くんはきっとこっちの服の方が好きだと思う。

 だから着替えた。


「……、羽崎さん?」

「……」

「お姉ちゃん?」

「……行ってきます」

 非難するような目で見てくる那由多を置いて家を出た。




 駅前にたどり着く。

 既に江島くんは来ていた。


 紺のジーンズに白のスニーカー。黒の柄Tシャツ。パンクなのかな? シルバーアクセサリーを首や指にじゃらじゃらつけてた。もちろん耳にもシルバー系のピアス。

 今までなら道で会ったら怖くて避けてたけど、よく見るとカッコいい!


「江島くん!」

 つい、離れたところから大きな声を出しちゃった。

 江島くんがこっちを見て、ちょっと困った顔をした。




 江島貴史は柏木奈乃に呼び出されて、駅前に来ていた。

 休みの日の夜はイベントがない限り作業をしている。

 作業の邪魔をされたくなかったので断ろうかと思ったが、何故か電話の向こうの柏木が泣きそうになったと思って、会うことにした。


 今日も柏木はストリート系のファッションでビビッドでイケていた。


 白で胸にワンポイントの半袖パーカー。革ひもにストーンのペンダントをつけている。ボトムはデニムの色落ちした膝上丈のスカート。黒のレギンスに白のスニーカー。つばを後ろに回したベースボールキャップ。

 三つ編みの髪を青のシュシュでまとめて、肩から胸に垂らしていた。


「江島くん!」柏木が大声で呼ぶ。

 大きな声出すなよ、恥ずかしいやつだな。


 柏木が笑顔で走ってくる。


「こんばんは」俺の目の前で柏木がとても嬉しそうな顔でニコニコしている。

 何がそんなに嬉しいのだろう?


「おう」俺は返事をする。

 柏木はまだ機嫌良さそうに俺を見ている。

 用事あるんだろ? 柏木が話を進めないので、俺から促すことにする。


「で、何の用?」

「え?」柏木が傷ついた表情をする。

 いや、何の用か訊いただけだろ?!


「あー、いや……。暇潰しでも構わないぞ?」柏木の傷ついた表情とか見たくない。何故かそう思った。


「うん」柏木はポーチからちいさなふくろを取り出した。

「クッキー焼いたから、江島くんに食べて欲しくって……」不安そうな表情で、おずおずとクッキーを差し出す。

「ああ、ありがとう」俺はそれを受けとる。


 柏木は俺を見たまままだ何かもじもじしている。


 用事終わったから帰るって訳にはいかなさそうだ。


「時間あるなら、ちょっと茶でもしてくか?」

「うん!」嬉しそうに破願した。



 お茶してくといったけど、自販機で飲み物を買った。柏木にはアップルジュースを買ってやった。俺はミネラルウォーターを買った。


 駅前の植え込みの縁に並んで座っている。

 柏木は何かずっとはしゃいでいる感じだった。


「これ、食っていいか?」柏木にもらったクッキーを見せる。

「うん。食べて」

 俺は一つ食べる。普通の味だった。手作りで普通の味なら十分だろ。

 柏木は期待に満ちた目で俺を見ている。

「うまいな」

 柏木が嬉しそうな、恥ずかしそうな顔で笑う。

「食う?」柏木にクッキーを差し出す。

「江島くんが食べて。江島くんに食べてもらいたい」

 そうか。


「よく作るのか?」

「ん……、たまにかな」

 柏木は何か微妙な表情をした。

 ん? 初めて作ったのか? まあ、お菓子作りが趣味の男はあまりいないよな。

「また作ったら食べてくれる?」

「おう、食べる」

 柏木はまた嬉しそうな顔で笑った。足をパタパタさせてとても嬉しそうだった。



 それからこの間のライブの話になった。どうやら柏木はライブが気に入ったらしい。

 俺も自分の好きなものの話なので、つい熱が入る。

 俺がオススメの曲を教えると、スマホの動画を検索しだしたので、公式動画を教えてやった。

 柏木はお気に入りに登録すると、イヤホンをつけて曲を聴いた。


「はい」イヤホンの片方を俺に差し出す。

 俺は受け取って耳にはめる。

 柏木は俺にもたれて一緒に画面を覗いた。


 こんなにくっつかなくても、イヤホンは届くだろうに。



 完全に日が暮れる。

「そろそろ帰るか?」

 柏木は不満そうな顔で返事をしない。

「帰るぞ。送っていく」

「……うん」

 イヤホンを外して立ち上がる。

 柏木も不満そうに立ち上がる。

 イヤホンを柏木に返そうとしたが受け取らない。

「もっと、一緒に聴く」

 もう一度イヤホンをつける。

「手をつないでいい?」

 手を差し出した。

 柏木は嬉しそうに手を握ってきた。


 柏木は俺が買ってやったCDをスマホに取り込んでいた。

 曲と一緒に柏木は歌った。


 柏木の歌は好きだ。



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